How to keep distance from a beautiful girl

043 The boy is determined.

駅前のロータリーでバスを降ろされて、俺たちは一斉に解散になった。

辺りは既にすっかり暗く、寄り道をする生徒も多くはないらしい。

駅に向かうやつ、歩いて帰るやつ、それぞれが各々の帰路に着く。

恭弥たちと別れて、俺も歩き出した。

隣には、家が近い友達が一人。

もちろん、橘理華だ。

「……」

「……」

水族館を出てからの俺たちは、まだ一言も会話をしていなかった。

何を、どんな顔で話せばいいのか。

それがわからず、俺は今もずっと、口を噤んでいることしかできない。

俺は、予防線を張っていた。

いつか拒絶されるなら、最初から近づかない方がいい。

自分の自由を失うなら、友達なんて作らない方がいい。

そうやって、それでも友達でいてくれる相手を、探さない理由にしていた。

それで良いと思っていたし、恭弥以外にそんなやつはいないと思っていた。

もしいるとしても、わざわざ探したいとは思わなかった。

そこに、橘理華が現れた。

橘は言った。

俺と友達でいたいと。

友達を作って欲しいと。

あの時、俺は泣いた。

100パーセント、嬉しくて泣いた。

なんて単純なやつだろう。

結局俺は、そういう相手を求めていたんだ。

そういう言葉を、かけて欲しかったんだ。

このスタンスは変わらなくても、その上で俺を受け入れてくれる相手が現れたら、嬉しくてたまらないんだ。

何を言うよりも先に、俺は礼がしたかった。

泣いた俺のそばにいてくれたことにも、かけてくれた言葉に対しても、今横にいてくれることにも。

「……あのさ」

「あの……」

声が重なる。

橘はチラリとこちらを見ると、どこか安心したような顔で首を振り、俺に続きを促した。

「……悪かったよ、今日は」

「何が悪かったんですか?」

「……まあ、なんだ。困らせたろ? 勝手に、その……泣いたりして」

「困りはしましたが、悪いと言われる覚えはありませんよ。泣いたあなたと一緒にいたのは、私の意思ですから」

「そ、そうは言ってもだなぁ……」

言葉に詰まる俺を、橘はクスッと笑いながら見ていた。

「……ありがとな、いろいろと」

「いろいろ、と言うと?」

「い、いろいろだよ。いいだろ、べつにそこは」

「えー」

「えー、じゃない」

普段とは違う橘の子供っぽい反応に、俺も思わず笑ってしまう。

俺たちは二人でクスクス言いながら、夜の道を並んで歩いた。

知らないやつが見たら、さぞ不気味な光景に違いない。

「……決めたよ、俺」

「何を決めたんです?」

「もう、噂や悪目立ちは気にしない。本当にやりたいようにやって、それでももし寄ってくるやつがいたら、その時は拒絶しないで、付き合ってみる」

「……そうですか」

「たぶん、離れていくやつの方が多いだろうけど、でも、構わない。俺には恭弥と橘がいるし、二人が離れていったって、それが俺だ。だからもう、いいんだ」

「ふふっ。なんだか、前向きなのか後ろ向きなのか、わかりませんね」

橘は嬉しそうだった。

その反応で、俺もなんだか嬉しくなってしまう。

「でも、素敵だと思います。楠葉さんらしいというか、のびのびしていて」

「まあ、俺の気の持ちようが変わるだけで、大したことじゃないけどな」

「気の持ちようが一番大事だと思いますけどね、何事も」

「お前、お婆さんみたいなこと言うなあ」

「なっ、酷いですよ!」

「いや、良い意味でな? 良い意味で老婆」

「良い意味と言えばなんでも許されると思っているでしょう」

「良い意味だからな」

「……楠葉さんは悪い意味でずるいです」

拗ねたように歩幅が小さくなる橘。

軽く振り返るようにしながら、俺も歩くスピードを落とす。

「……お腹すきました」

「俺も」

「美味しいものが食べたいです」

「美味しいものと言えば……」

「……焼肉?」

「いや、橘の料理だな」

「ええっ。どうしてこんな日に……」

「雷の時の貸しは?」

「うっ……悪い意味でずるい」

「頼むよ、今日食いたいんだ」

「……わかりましたよ、もう」

もう一度横並びになって、俺たちはゆっくり歩いた。

不満そうだった橘も、すぐに柔らかい表情に戻ってくれる。

「買い出しは手伝ってくださいね」

「もちろん」

「メニューのリクエストは?」

「え。リクエストあり?」

「作れるものなら」

「マジか。ちょっと真剣に考えるわ」

「あんまり期待はしないでくださいよ」

「いや、するだろ期待。あんなに美味かったし」

「プレッシャーです」

「重圧は人を強くするんだぞ」

「重圧とは無縁そうなあなたに言われても」

「おいこら」

心が軽い。

気が楽だ。

こんな気持ちになれたのは、間違いなく橘のおかげだった。

「あ」

「ん、どうしました?」

「いや、なんだかんだ、言ってなかったなと思って」

「……なんです?」

「ありがとな、橘」

「……いえ、友達ですから」

「さすが友達」

「すぐ調子に乗る」

橘がジト目でこちらを見る。

その視線から逃れるように、ニヤけた顔を見られないように、俺は歩く速度をまた上げた。