I Aim to Be an Adventurer with the Jobclass of “Jobless”
Eupitel College quarters ① Meet Nerfa
入学試験が無事終わり学院長室から一階まで降りてきたところで、
「授業は、明日から受けてもらうってことでいいかしら?」
ラーニアがそんな確認をしてきた。
「それで問題ない。ところでラーニア――」
「一つ言っておくけど、学院ではあたしを教官と呼びなさい。
一応、他の生徒に対するケジメがあるのよ」
「了解。ところで教官殿、俺はどこで寝泊りすればいいんだ?」
「学院の生徒は学院の宿舎に寝泊りするのよ。今から案内するから付いてきなさい」
言われるままに後に付いて行く。
学院を出ると直ぐ右に曲がり、真っ直ぐ進んでいく。
歩きながらいくつかの建物が目に入った。
全て授業で使う施設だろうか?
「あそこの大きな建物は図書館。あっちは教会ね」
冒険者の育成機関に、教会があるというのは意外だった。
「なんで冒険者を育成する機関に教会が? って顔をしてるわね?」
どうやら顔に出ていたらしい。
「当然の疑問だと思うわ。でも話せば単純な話よ。ウチの学院の教官にシスターがいるの」
「ここの卒業生で、シスターに鞍替えするヤツがいるのか?」
「んなわけないでしょ! 聖職者の使う治癒魔法は一流なの。
だから学院の教官として招いているのよ。
それに、中立的な立場の聖職者がいると、国家間の争いに巻き込まれずに済む。つまり、学院の治安の問題よ。
万一戦争になった際、この場所が中立であるということの証明になるし、攻め込まれずに済む可能性が高くなるの。
教会はこの国に限らず世界中にあるからね。
万一教会に攻め込もうとでもしたら、世界中の信徒を敵に回すことになる。
よほどの大バカでもない限りは、それは避けるでしょ?
最近は情勢も落ち着いていてここ数十年は大規模な戦争は起こってないけど、戦争が絶対に起こらないとは言いきれないし。
学院は万が一にも備える必要があるってこと。
シスターの派遣は、教育の一環という以上に大きな意味があるのよ」
(なるほど……)
ここが冒険者育成機関とはいえ、生徒を預かっている以上は、学院側にも生徒を守る責任があるってわけか。
なら、最悪を想定した準備をしているのも頷ける。
「冒険者育成機関の教官も、色々大変ってわけだ」
「そういう面倒事も含めて、教官の仕事なわけよ。
冒険者を育成するっていうのは、多くの問題があるからね」
なんとなくだが、その問題というのは想像がつく。
冒険者ギルドが優秀な人材を輩出していけばどうなるかを考えれば、自ずと答えはでるだろう。
国に優秀な人材がいれば、当然国力は増していく。
最大手ギルドの冒険者は一騎当千の猛者ばかりと風の噂が立つほどだしな。
この冒険者育成機関が王立――というのも、国の出資で運営されているということなんだろう。
強力な冒険者の育成が国力に結びつくと考えている証拠だ。
冒険者を育成するのは、視点を変えてみると、戦争の道具を大量生産しているのと同義なのかもしれない。
「まあ、仮にどんな問題があったとしても、俺の目的は変わらないよ」
やるべきことは決まってる。
「友達を作る。でしょ? ふふっ、いい目標だと思うわよ。
ここは競争社会だから難しいかもしれないけど、それでも信頼できる仲間を作っておくのはいいことよ。
それにあたし個人としては、子供はうだうだ面倒なことを考えないで青春を謳歌すればいいと思ってるしね」
「青春……か」
今まで俺には縁がなかったものだけど、この学院にいれば体験できるのだろうか?
「それにあれよ! 友達だけじゃなくて、もっと親密な、ね」
「ね? って言われても、何を言ってるんだかさっぱりわからんが?」
「またまた~!」
肩をポンポンと叩かれた。そしてラーニアは、まるで俺をからかうみたいにゲスい笑みを浮かべてこっちを見ている。
一体、こいつは何が言いたいんだ?
「でも、男子と女子の宿舎はちゃんと分かれてるの。残念だったわね」
言って今度は俺の背中をボンっと叩かれた。
さっきよりもキツい一撃に、思わず咳き込みそうになった。が、その代償にラーニアが何を言いたいのかはやっと理解できた。
「つまり、恋人を作れと言いたいわけか」
「そうよ。これからは毎日学院に住む生徒たちと一緒に過ごすわけだから、イヤでも毎日顔を合わせるわけ。
そうなってくれば当然、仲良くなる男女もいるでしょう。
うちは生徒間の恋愛に口出しするような固い校風ではないから、節度さえ持ってくれているなら処罰はないのよ。なので、思いっきり青春を謳歌しなさい!」
他人の恋愛の心配するなんて、おばちゃんかこいつは。随分と回りくどい言い方をするな。
(でも……恋人か……)
考えもしなかったけど、確かにそういうのも悪くないのかもしれない。
恋人ともなれば将来的に家族になる可能性もあるわけだし、身内のいない俺にとっては、一生を共に過ごしてくれる相棒の存在が、恋しくないかといえば嘘になる。
「さて、着いたわ。ここが男子生徒の宿舎よ」
いつの間にか宿舎に着いていた。
学院の荘厳とした佇まいが嘘のように、宿舎は木造の落ち着きのある建物だった。
勿論、大人数が住むことを想定して設計されている為、一般的な家としてはかなりデカいのだが、無駄な豪華さなどはなく、ただ住む為に作られたような質素な印象があった。
「普通だな」
「冒険者の育成に関係ない部分には、基本的にお金を掛けないのよ。
ちなみに部屋に鍵もないから気をつけなさい」
鍵もないというのは少し物騒な気もするが……。
ここは学院の敷地内ということを考慮すれば問題ないのだろう。
「俺の部屋はもうあるのか?」
「ええ、あんたの入居はもう申請してあるから、既に準備されていると思うわ」
そうして俺たちは宿舎の中に入った。
すると、
「お待ちしておりました!」
明るく溌剌とした女性の声に、俺たちは出迎えられた。
「ネルファ、こいつが話してた編入生よ」
ラーニアに『ネルファ』と呼ばれた、俺たちを出迎えた女性は、不思議な格好をしていた。
「かしこまりました!
マルスさんですよね? わたしはネルファ・マクシミリです。
今日から責任を持ってお世話致しますので、宜しくお願い致します」
「ああ、宜しく頼む」
そう言いつつも、俺は彼女の姿が気になって仕方がなかった。
料理もしていないのに、エプロンのような白いドレスを着ているし、頭にはカチューシャ……というには少し目立ち過ぎるような白い髪留めを付けていた。
年齢は俺と同じくらいかそれよりもいくつか下だろうか?
垂れ気味の瞳と左右に均等に結った髪、何より目測だが一五十センチメートル前後の身長が、彼女の幼さを助長しているように感じた。
「彼女はここのメイドね」
(メイド……)
一部の貴族や王族が身の回りの世話の為に、そう言う名の使用人を雇うというのを聞いたことがあったけど、まさか俺自身が世話になる日がくるなんて。
「あんたらのお世話係だから。色々と手間をかけるでしょうけど、見放さないであげてね」
お節介なことを言うラーニアに、
「勿論でございます。では、早速お部屋にご案内致します」
ネルファは満面の笑みで答えた。
建物は一階から五階、その上に屋上があるらしい。
各階二十部屋、一階から三階までは二人部屋で一、二年生と一部の三年生が、四階から五階は一人部屋で三年生が使用しているらしい。
収容人数は最大百六十人で、宿舎にいる男子生徒は俺を含めて百四十七人だそうだ。
「ラーニア、なぜ三年だけ一人部屋なんだ?」
「この学院は実力主義だからね。格上が優遇される仕組みになってるのよ」
「中には三年よりも優秀な者だっているんじゃないのか?」
「勿論、例外はいるわ。
ただ、三年生はこの育成機関の教育を受けて、三年間生き残ってきた人材。
多くの者は天才ではないけれど秀才の集団、エリート揃いなわけね。
では、ここで簡単な質問。
集団生活で問題があって、十対十で三年と二年が戦闘をした場合、どちらが勝つかしら?」
「よほどの実力者がいない限りは、三年が勝つというわけだな」
「その通り。あんたは気にしたことないでしょうけど、グループで行動するのなら調和を乱さないというのも重要になるのよ」
「……調和ね」
集団の中で和を乱す者がいれば裁かれるというわけか。
「ただ、一対十でも相手を制することができるならそれもよし。それを出来るヤツがいないから、今この場所は三年が優遇されている。それだけの話よ」
「なるほど。シンプルでいいな」
それなら俺も、なんとかやっていけそうだ。
話の切りが良いところで、先頭を歩いていたネルファの足が止まった。
「マルスさんの部屋はこちらです」
連れてこられたのは三階の右奥。
三階ってことは、二人部屋だよな?
「住んでいるヤツはいるのか?」
「はい。ラーニアさんが、入学されたばかりのマルスさんを気遣って二人部屋の方がいいと」
「ふふ~ん! あたしの気遣いに感謝なさい!」
偉そうに胸を張っているラーニアだったが、友達を作りにこの学院に来た俺としては、確かにありがたいことだった。
「そうだな。感謝しておくよ」
「あんたが言うと、なんか皮肉っぽいわねぇ。もっと素直に感謝できる子になりなさい」
(あんたは俺の親か……)
一応、これでも本当に感謝しているつもりだ。
「マルスさんの同居人――エリシアさんという方なのですが、学年はマルスさんと同じ二年生です。今は授業で学院にいらっしゃいますが、既に許可は取ってありますのでご心配なく」
「わかった。ありがとな、ネルファ」
「とんでもございません。主のお世話をするのはメイドの務めでございます。
それでは、わたしは夕食の準備がありますので一度失礼します。
何かありましたら直ぐにお声掛け下さい」
まるでお手本のような御辞儀をして、ネルファは去っていった。
(ここでは食事の準備も彼女がしているのか……)
ということは、俺の生殺与奪は彼女に握られているんだな。
ネルファだけは敵に回してはいけないようだ。
「ほら、ここで立ち呆けててもしょうがないでしょ。部屋に入るわよ。
まだ話しときたいこともあるんだから」
部屋の主の許可も取らず、ラーニアは扉を開け部屋に入った。