I Aim to Be an Adventurer with the Jobclass of “Jobless”
First day of class ⑤ Reason for strength
* マルス視点 *
それから少しして、
「……ぅっ?」
眠っていたエリシアの瞳が、ゆっくりと開いた。
「おう、起きたか?」
「……マル……ス?」
まだ意識がはっきりとしていないのだろうか?
エリシアは不思議そうに俺を見ていた。
「……ボクは……」
それから次第に、エリシアは意識がはっきりとしてきたようで、
「……ああ、そうか、ボクは……マルスと戦って……」
「ああ。約束通り、可能な限り本気でな」
「……もしあれが実戦だったら、ボクはまともに戦うことすらできず、君に殺されていたんだろうね……」
エリシアは、悔しそうに顔を歪めた。
その瞳には涙が浮かんでいる。
「どうして、ボクはこんなにも弱いんだろう」
まるで胸中の言葉が漏れ出すみたいに、エリシアは不満を吐き出した。
「これでも、努力してきたつもりなんだ。強くなる為に、物心着く前から毎日訓練してきた。でも、その結果がこれ」
それは自分の弱さに対する嘆きだ。
弱いことが罪だと認識している者の言葉だ。
「マルス、ボクはどうしたら強くなれるかな?」
真摯な瞳を俺に向けるエリシアだったが、
「……さあな。今よりももっと訓練するとかじゃねえか?」
明確な答えなど、俺は持っていない。
努力だけで全てがうまくいくほど、世界は平等ではない。
この学院の生徒たちは、当然まだまだ成長過程だ。
だから、努力次第ではエリシアに限らず誰もがある程度は強くなる可能性を秘めているけれど、多くのものはある程度どまりだろう。
でも、それでも上を目指すというならば、足を止めることは許されない。
「ダメなんだ。ボクはもう……努力だけじゃ、強くなることはできないんだよ」
エリシアは目に涙を溜めていた。
それは、今にも零れ落ちそうなくらいだ。
(……強くなれないってのはどういう意味だ?)
この学院の生徒など、まだまだ成長過程にあるのが当然のはずだ。
エリシアの言葉に疑問を感じたが、
「マルス、どうしてキミはそんなに強いの?」
俺がその疑問を口にする前に、続けて質問された。
「どうして、と言われてもな」
「その強さは、正直異常だと思う。ここの生徒の身でありながら、教官と互角かそれ以上の力があるんじゃないかって、ボクは思った」
どう答えを返したものか。
当然のことだが、俺も最初から強かったわけじゃない。
戦い方なんて知らなかった俺に、戦う術(すべ)を与えてくれた人がいた。
それを与えてくれた師匠(アイネ)は、幸か不幸か、俺には生き抜く為の才能があると言っていた。
師匠(アイネ)が教えてくれたことを、俺は死に物狂いで吸収していった。
生きる為に強くなった。
強くならざるを得なかった。
才能、環境、努力、その全てが揃っていたからこそ、俺は強くなれたのだと思うし、そのどれかが欠けていたら、きっと今の俺はいない。
だから、どうしてと問われたら努力は当然として、運(であい)と才能に恵まれたから強くなれたのだ。
だから、
「努力とか才能以上にさ、そうならないと生きていけなかったから、俺は強くなるしかなかった」
考えた末に、俺はそう答えた。
こんな曖昧な答えではエリシアは納得してくれないかもしれない。
そう思っていたのだけど、
「……そうか……」
深く頷き。
「強くならなければ死ぬような環境下で生き抜けば自ずと強くなれる。
うん……確かにそれは道理だね。ボクはまだまだ甘かったんだな。
もっと本気にならなくちゃいけなかったんだ……」
エリシアは真剣な表情のまま、真面目に俺の言葉を受け取っていた。
「なあ、俺からも聞いていいか?」
「? ボクに答えられることなら」
俺の言葉にエリシアは戸惑いを見せたが、直ぐにそう答えてくれた。
ここまでの会話で、エリシアの強くなりたいという気持ちはわかった。
だが、
「どうして強くなりたいんだ?」
冒険者育成機関にいるような人間に、こんなことを聞くのもおかしな話かもしれないが、ここの生徒の中でもエリシアの強さに対する想いは少しばかり特殊な気がしたのだ。
「……ある人に、ボクが強くなったことを認めさせる必要があるんだよ」
真剣で真摯な眼差し。
エリシアという人間の本質を映すような嘘のない瞳。
「その為に、ボクはこの学院に入った。
そして、ボクの目的を成す為には、この学院を一番の成績で卒業する必要がある。でも、今のままじゃそれも無理だ」
話すかどうか躊躇うように、少しばかりの間があって、
「ボクの身体を見て、キミはどう思った?」
突然、そんなことを聞いてきた。
「どうって……男にしては、小柄な方だと思うぞ」
俺はエリシアの身体を観察して率直な意見を伝えた。
そんな俺の言葉にエリシアは頷き返し、
「……そうだよね。鍛えたとしても筋肉もつきにくいし、他の男子生徒と比べても身体能力で明らかに劣っている。まともにぶつかり合ったら、勝負にならないんだ」
まるで、自分がそういう経験をしてきたとばかりに、エリシアは悔しそうに顔を歪ませていた。
「あらゆる技術が全て互角だったなら、そういうことになるかもな。
だが、身体能力だけでどうこうなるほど実戦は甘かないぜ?
一瞬の思考、冷静な判断力が物を言う場面もあれば、魔術や技能(スキル)が使えるかどうかで、大きな差が生まれる」
「だからこそボクは、自分の欠点である身体能力の差を埋める為に魔術を覚えた。この学院に入る前から、多くの魔術書を読み訓練を重ねた。だからボクは、今までどうにか戦ってこれた」
「今まで……?」
会話の中にあった違和感を、俺は口に出した。
今までとはどういうことだろうか?
「今のボクは……魔術が使えないんだよ」
淡々と答える振りをしていたエリシアだけど、その身体は何かに怯えるみたいに震えて――
「遅くなってすみません! お怪我は大丈夫ですか?」
と、シスターが大慌てで医務室に飛び込んできた。
そのままシスターは周囲を見回した。
「あ、あれ? 先程、ラフィさんから、気絶して目覚めない方がいると聞いたのですが……?」
どうやらラフィが大袈裟に伝えたらしい。
「……もう目が覚めました。大丈夫です」
言ってエリシアはベッドから起き上がった。
「そ、そうですか? 外傷はありませんか?」
「はい。本当に大丈夫です。話が大袈裟に伝わってしまったみたいで。お騒がせしました」
「……そうですか。もし、少しでも気分が悪くなったら、いつでも呼んでください」
「はい。ありがとうございます。行こ、マルス」
呼びかけられ、俺はエリシアと共に医務室を出た。
「教室に戻るのか?」
「うん。戻って授業を受けるよ」
エリシアはそれだけ言って口を閉ざした。
それから特に会話もないまま、俺達は教室に戻るのだった。