俺とセイルが三階に着いた時だった

ドン! と勢いよく扉が開く音が聞こえた。

俺とセイルは音のした方向に振り向いた。

すると目に入ったのは、白銀の髪をなびかせ走る少女が一人。

って――あれ?

「――ま、マルス!?」

それは、エリシアだった。

俺に気付くと、エリシアは慌てて足を止めた。

もしかして俺を追いかけようと、部屋を飛び出してきたのだろうか?

「さ、さっきはその……」

「ああ……」

少しばかり気まずさを感じる。

話さなくちゃいけないことは色々あるはずなのに、言葉が出てこない。

まず、さっきのことを謝った方がいいだろうか?

「……?」

セイルが眉を顰(ひそ)めた。

怪しむように俺達を見ている。

エリシアは、はっ――とセイルを見た。

今やっとセイルの存在に気付いた。

そんな顔をしている。

「せ、セイル! どうしてマルスと一緒にいるの?」

「っ――……」

セイルは口を閉ざした。

「まさか、マルスに何かするつもりじゃ!?」

「変な勘ぐりするんじゃねえ! ただ俺は……」

何かを言いかけて、セイルは再び口を閉ざした。

このままだと埒(らち)があかなそうだ。

「……取りあえず、セイルの部屋に行こうぜ?」

「ま、マルス、いいの?」

エリシアは戸惑ったような声を上げた。

俺の言ったことが余程意外だったのかもしれない。

「ああ、元々そういう話だったんだ」

「マルスがいいなら、ボクは構わないだけど……。

――ねえ、ボクも一緒に行っていいかな?」

セイルではなく、俺に聞いてきた。

俺のことを心配しているのだろうか?

「俺はいいが……」

俺はセイルを見た。

「……――勝手にしろ」

すると、吐き捨てるように言って、セイルは再び歩き出した。

俺達も、セイルの後に続いた。

隣を歩くエリシアの姿を見て、俺はほっとしていた。

思っていたよりも早く部屋を出てきてくれたな。

本当は直ぐにでも話を聞きたいが、エリシアのあの反応を見るに、俺以外にも女であることを隠しているはずだ。

だとしたら、話をするなら二人きりの時がいいだろう。

「ここだ」

三階の一番左奥の部屋の前でセイルの足は止まった。

「同じ階だったんだな」

俺達の部屋とは真逆の位置にあるのがセイルの部屋らしい。

セイルが扉を開ける。

入ってくれ。と促されたので、俺達は部屋に入った。

「同室のヤツは?」

当然といえば当然だが、この部屋は俺達の部屋と全く同じ作りだった。

部屋の広さ、机、ベッドなどは一切同じだ。

全て学院側が支給しているものなのだろう。

違うのは個人の私物くらいだろうか?

二人部屋のはずなのに同居人の気配はない。

机には荷物も置いてあるので、同居人がいないわけではなさそうだが。

「今はいねえよ。今頃、医務室で寝てるんじゃねえか?」

「なんだ。体調不良か?」

「……そんなとこだ」

一瞬の間があったが、セイルはそう答えた。

「で、ここまで連れてきた理由はなんだ?」

「……聞きたいことがある」

荒っぽい印象のセイルに似合わない、神妙な顔に変わった。

一体、何を聞かれるのだろうか?

「今日、ラスティー先輩と戦ったと聞いた。それは本当か?」

ラスティーって、さっきエリシアが戦ってた狼人か?

確認も兼ねて、俺は隣にいるエリシアに顔を向けた。

するとエリシアは、小さく首肯した。

「ああ。でも、戦ったのはエリシアだぜ?」

「こいつが……!?」

セイルは瞠目した。

が、直ぐに呆れたように苦笑し、

「おいおい、くだらねえ嘘言ってんじゃねえぞ!」

「嘘じゃないぞ? 戦ってエリシアが倒したんだ。なぁ?」

「……う、うん」

「倒した……だと?」

俺の言葉に頷くエリシアを見て、

「落ちこぼれのお前が、どうやったらラスティー先輩を倒せるってんだっ! ああん?」

セイルは威嚇するように声を荒げた。

こいつ、何を怒ってんだ?

「魔術で倒したんだよな?」

「……うん」

「は……?」

頷くエリシアを見て、セイルは口をポカンとあけ、マヌケ顔になっている。

「魔術? お前、魔術が使えるようになったのか?」

「まだ、完全ではないけど」

「……嘘だろ?」

「いや、嘘を吐く意味がないだろ?」

俺が言うと、

「はぁ……」

と、セイルは溜息を吐いて、力が抜けたみたいにベッドへ腰を落とした。

「……じゃあ、ラスティー先輩は、お前じゃなくてエリシアに負けたってのか?」

セイルのヤツ、ようやく信じる気になったようだ。

俺はその時に何があったのか、セイルに話してやった。

エリシアが補足説明として、

「自分の力だけで勝ったわけじゃない」

なんて言っていたが、あの場に俺がいなくてもエリシアは勝っていたと思う。

最後まで黙って聞いていたセイルは、

「そうか……」

話が終わると顔を伏せた。

「結局、お前は何が聞きたかったんだ?」

「……あんたがラスティー先輩と戦ったって話を聞いた。

その時に、他の狼人も何人かやられたともな」

その狼人達の復讐をするつもりなのだろうか?

だが、セイルは襲い掛かってくる素振りすら見せていない。

「勘違いすんなよ。オレがあんたをここに呼んだのは、謝る為だ」

「謝る?」

なんでだ?

謝られるようなことは何もないのだが。

「……お前らが狼人(ウェアウルフ)に襲われたのはオレが原因だ」

セイルが原因?

どういうことだろうか?

「やっぱり……」

そう言ったのはエリシア。

どうやらエリシアは勘付いていたようだ。

「どういうことだ?」

「多分、あの狼人達は、セイルの敵討ちにきたんだよ」

「……そうだ」

セイルは苦々しそうだったが、エリシアの言葉を素直に認めた。

「敵討ち? なんで俺とエリシアに?」

「そりゃ、マルスがセイルを倒したからだよ」

「……」

今度はセイルは無言だった。

が、否定しない所を見るに、これも正解のようだ。

「言っておくが、オレが頼んだわけじゃねえぞ。

だけどな、それがオレたち狼人の習性なんだ」

セイルは説明した。

狼人は、この世界のどの獣族よりも群れ意識が強いのだそうだ。

血の繋がりなくとも、狼人(ウェアウルフ)にとって群れは家族同然。

一人仲間がやられれば、次から次に別の仲間が必ず報復に向かう。

相手を狩り殺すまで、その報復は終わらない。

「オレがお前にやられたって、誰かに聞いたんだろうよ……。

それでラスティー先輩は、お前に報復しようとしたんだ」

なるほど。

だからあんなに狼人がいたのか。

「まあ、習性ならば仕方ないだろ」

「……それだけか?」

「うん? どういう意味だ?」

「オレに文句とかねえのかよ?」

文句?

「お前、俺に文句を言われたいのか? ……そういう性癖か?」

世の中には痛みを快感とする者もいるらしい。

人の趣味や性的嗜好をどうこう言うつもりはないが、まさかセイルがそうだったなんてな。

「勘違いするんじゃねえ! オレのせいでお前らは襲われたんだぞ?

怪我をするかもしれねえ、下手したら死んでたかもしれねえ!

なのに、なんでお前はそんな平然としてやがるんだっ!」

「平然とって……別に俺もエリシアも死んでないが?」

「だとしても、襲われたのは事実だろ!

その原因を作ったのは俺だ! だったら、俺にやり返せ!」

……ああ、なるほど。

やられたからやり返すのが当然。

こいつはそう思ってるわけか。

狼人(ウェアウルフ)にとってはそれが当然かもしれないが、

「必要ないだろ? それに、実際に戦ったのはエリシアなんだぜ?

エリシア、お前はセイルをどうしたい?」

「え、ぼ、ボク……?」

セイルはエリシアを直視した。

いきなり俺に話を振られたせいか、エリシアは戸惑いを見せたが、

「いや、ボクも別にそういうのは……」

なぜか遠慮がちだ。

実際、エリシアは迷惑を被(こうむ)ったわけだし、文句くらいは言ってもいいだろうに。

「でも、流石に毎日襲うのはやめてほしいかな」

そう言って苦笑した。

「なんなんだお前ら……」

セイルは頭を抱えた。

本気で戸惑っているようだった。

「そもそもさ、狼人(ウェアウルフ)の習性を考えたら、

お前は謝ってないで俺達に報復しなくちゃいけないんじゃないか?」

何せ、エリシアは複数の狼人(ウェアウルフ)を倒してしまったわけだしな。

俺が疑問を告げると、セイルは顔を上げた。

「今のオレじゃ、いや、オレたちが束になって掛かってもあんたには勝てねぇ」

「だから報復しないと?」

「オレは、あんたに報復されると思った。

オレがあんたに負けたせいで、仲間もあんたと戦った

オレたち全員、あんたに殺されるかもしれないと思った」 

何度も言うが、実際に戦って倒したのはエリシアな。

なんでみんな俺が倒したと思ってるんだ?

まさか、誰かがそういう噂を流してるんじゃないだろうな?

……流石に考え過ぎか。

「俺が負けなきゃ、仲間はあんたと戦う必要なんてなかった」

「……まあ、そういうことになるな」

「だから、仲間たちは悪くねえんだ。

もしあんたの怒りが収まらないなら、オレのことは好きにしてくれていい。

その代わり、仲間達のことは許してやってくれ」

セイルは頭を下げた。

この荒っぽい男が、仲間の為に俺に頭を下げた。

家族を守る為に、誇りまで投げ出して。

「……そういう話か」

この襲撃の原因となった自分の身を差し出すから仲間を助けてくれ。と。

それを言う為にここまで連れてきたのか。

「さっきも言ったが、報復なんてするつもりはない。俺もエリシアも無事だったからな」

「……本当か?」

「ああ。エリシアも問題ないよな?」

「うん。でも、また襲撃とかはできればやめてね」

「……それは、オレが責任を持って仲間達に伝える」

セイルの瞳に嘘はなさそうだ。

「俺はいつでも相手になるから、好きな時にかかってこいと言っておいてくれ」

「は?」

「俺と勝負がしたいってんなら、それは歓迎だぜ。

だがエリシアやラフィ、俺の友達に手を出すならその時は容赦しない」

狼人ではないが、俺も友達や仲間は大切にすると決めている。

「お前らと一緒だ。仲間思いなのはいいことだろ?」

俺の師匠も、生前よく言ってた。

命懸けで仲間を守れって。

だからかな。

俺は、狼人達の行動が間違ったことだとは思えなかった。

どんな種族でも、想いは一緒だ。

誰だって仲間は大事なんだ。

それは至極当然のことだ。

「……ははっ……」

乾いた声でセイルは笑う。

「気に入らねえと思ってたけど、あんた案外いいヤツだな」

「そうか? でも、俺もお前と同じことを思ってたとこだ」

そして、俺とセイルは笑いあった。