I Aim to Be an Adventurer with the Jobclass of “Jobless”

First Holiday • Battle of Rafi and Sail ②

バサッ、バサッと大きな翼を羽ばたかせ宙を舞うコカトリス。

八足の足で地を這うように動くバジリスク。

二体はまるで連携でも取るように、ラフィたちに迫ってきました。

ラフィ達は右方向に走り、一定の距離を保ちます。

「セイル、接近戦は危険です。

風の魔術でコカトリスを撃ち落とせますか?」

「わからねえが――」

セイルは一旦足を止め、両手を巨鳥に突き出し魔術を行使する。

「切り裂き、切り割き、切り刻め――」

詠唱を始めると、目視できるほどの風が形成され、

「――旋風(ワールウィンド)!」

その叫びとともに、風の中級魔術がコカトリスを風の渦に巻き込みました。

でも――

「コオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」

咆哮と共に、バサ! バサ! バサ! と白い翼をばたつか、コカトリスは強風を発生さ、風の刃が掻き消した。

「……ちっ――」

相手は中級程度の風の魔術なら無効化できてしまうようだった。

風の魔術では相性が悪いようだ。

戦術学の授業では、コカトリスには風の魔術も十分通用すると聞かされていましたが。

ただ同じ魔物(モンスター)でも、

「個体差があるから、同じ戦術で上手くいくとは限らないわよ」

なんてラーニア教官が言っていたのをラフィは思い出しました。

(慌てるな……コカトリスの弱点は……?)

と、思考を始めようとしたラフィに向かって、巨鳥は急降下してきました。

二本足をラフィに向け、そのまま押し潰そうとしているようでした。

「――これでも、くらいなさい!」

予(あらかじ)めポシェットから取り出しておいた巻物(スクロール)を読み上げました。

「雷撃(ライトニング)」

瞬間、一直線に稲光りを走らせた光速の雷光がコカトリスに直撃した。

麻痺しているのか、ビクビクと痙攣したように震え、急降下していた巨鳥はその場で静止し――。

ドカン――! と轟音を立て落下しました。

「やりました!」

巻物(スクロール)というのは魔術を修得していない者でも、たった一度だけ無条件に行使できる魔法道具(マジックアイテム)です。

巻物に魔術が封じ込められているので、発動は封じられた魔術名を読み上げるだけで発動できます。

無詠唱で行使できるという利点はあるのですが、使ってしまうと巻物(スクロール)は燃え尽きてしまいます。

かなり貴重品なのでおいそれと使う物ではありませんが、今が使いどきでしょう。

「ラフィ、足を止めるんじゃねえ!」

そう叫んだセイルに、思い切り右手を引き駆け出しました。

「な、なにを――ぁ!?」

瞬間――先ほどまでラフィの立っていた場所にあった草花が、バジリスクの吐いた息(ブレス)により石化したのです。

喜びも束の間、蜥蜴(とかげ)の化物がコカトリスの援護に入るように、素早い動きで追いかけてきます。

本当なら、ここで墜落した巨鳥に追撃を加えたいところですが……。

あの蜥蜴(とかげ)の動きが思っていた以上に速く、足を止めるわけにはいかない。

動き回りながら、

「兎、まだ巻物(スクロール)はあるか?」

「数は多くありませんが、中級魔術の巻物(スクロール)が数枚ほど。

後は回復薬と状態回復薬が毒と麻痺で一本ずつあるくらいですね」

「……オレも今朝貰った回復薬があるくらいだ。

状態異常にも効果があるものらしいが、石化にも効果があるかはわからねえ」

効果がわからないって、未鑑定の道具と変わらないじゃないですか。

せめて石化に効く薬があればよかったのですが。

今それを悔やんでいても仕方ないです。

「……お前、魔術は使えるんだっけっか?」

「初級程度であれば。

あの魔物(モンスター)相手には役立ちませんでしたが……」

実は一つだけ……この状況でも使える魔術もありますが。

「防戦一方かよ……」

苦渋を舐めるように言ったセイルに、

「……死なないことが大事ですよ。

マルスさんが来るまで持ちこたえられれば、ラフィたちの勝ちです!」

どちらにしても、倒すことができない以上は時間を稼ぐしかない。

「とにかく、今は時間を稼い――」

バサッ、バサッ――。

翼を羽ばたかせる音が聞こえ、ラフィの視線は音の方に向きました。

「……もう麻痺が」

想像していた以上に早く、コカトリスは状態異常から回復してしまった。

再び二対二という状況になるが、こちらが圧倒的に不利。

「――腹を括るしかねえな」

「……どうするのですか?」

「魔術で効果的にダメージを与えられないなら、

接近戦で攻めるしかねえだろ?」

「馬鹿ですか! あの二体に接近戦で挑むなど自殺行為です!」

「オレだって死ぬつもりはねえって言ったろうが!

だからこそ生き残る為に、お互いが一番得意な技を生かすしかねえだろ!」

……それは、確かに一理あります。

ですが、あまりにも危険過ぎます。

「お前が納得できなくても、オレは勝手にやる」

どうやら本当にセイルは腹を括っているようです。

ですが、それが生き残る為の覚悟だというのなら。

私は足を止めました。

それに倣って、ラフィの手を引いていた狼人(ウェアウルフ)も足を止め、

「おい、なに止まってやがる!」

「セイル、ラフィを見なさい」

絶対に使いたいくなかった切り札を使うことに決めました。

「こ、こんな状況で、テメェーはなにを!?」

勘違いしている馬鹿狼の瞳をラフィは見つめます。

そして、

「心を奪う、恋は盲目――」

誘惑の魔術を行使する。

すると一瞬、セイルの瞳から光が消えた。

これで誘惑は完了した。

でも、ここからさらに魔術を重ね掛けする。

「二人を妨げる者から、愛する者を守る騎士へと」

これは誘惑の派生魔術。

「さあ、目覚めなさい」

誘惑にかかっていることを条件に、能力を最大限まで引き出す魔術――能力向上(レベルアップ)。

「……? あれ? オレは……?」

「セイル、敵が来ます!」

呆けるセイルを一喝し、敵がいることを知らせる。

「敵――!? そうか、あいつらが……!」

「そうです。あの魔物(モンスター)がラフィたちの恋路を邪魔する敵です!」

「わかった。

安心してくれラフィ! オレが必ず君のことを守ってみせる!」

……あぁ……。

この魔術の代償は、一定時間の恋煩い。

相手を愛していれば愛しているほど効果は大きいのです。

単純なセイルは、抵抗する術もなくラフィの誘惑にドップリとハマっている。

自分がしでかしたこととは言え、この衝撃は計り知れません。

ですが、今はそんなことを気にしている場合ではないので、

「ラフィは後方から支援するので、セイルは前衛をお願いします」

「ああ、任せてくれ愛しの兎人(ラビット)」

普段なら絶対に言わないだろうクサい言葉と、

さらにはウィンクまでして、狼人(ウェアウルフ)は地を蹴った。

その速度は、ラフィが目に追えないほど速い。

コカトリスが疾走する狼人(ウェアウルフ)を迎え撃つように翼を激しく羽ばたかせた。

発生した疾風が、幾千の風の刃となりセイルを襲うが、

「おせえっ!!」

その刃の一閃はセイルに触れることすらなく、

「今度はこっちの番だな、クソ鳥野郎っ!」

力強く地面を蹴り、さらに加速した狼は上空の目標に突撃するように跳躍しました。

本来なら自殺行為にも見えましたが、コカトリスはその速度に付いていけず。

「オラオラオラオラッ!!!!!」

魔石により形成された鋼鉄の爪による乱舞が、巨鳥の真っ白な羽毛にまみれた肉体を赤く染めていく。

空から滴り落ちる魔物の血液が、地に咲く花を赤く彩った。

ダメージを受けたコカトリスからの反撃はなく、そのまま重力に引かれ落下していくセイルが、

「いい所にいやがる。――風よ!」

落下方向とは逆に風の魔術を発生させ急降下する。

落下のポイントは、バジリスクの真上。

「ウラァッ!!」

圧倒的加速によるセイルの殴打が、バジリスクの鱗に打ち込まれ、ガンッ――という強烈な音が響いた。

「ちっ――」

ですが、セイルの口から漏れたのは明らかな不満でした。

鱗を貫通し肉体に突き刺さったはずの鋼鉄の爪ですが、それはバジリスクにとって致命的な一撃にはならず。

緑の巨体を揺らし、背に乗っているセイルを振り落とそうと暴れまわりました。

空からはコカトリスが迫ってきていました。

迫る巨鳥に気付き、距離を取る為に飛び退くセイルに、

「セイル!」

バジリスクは息(ブレス)を吐きかけました。

ラフィは慌てて巻物(スクロール)を開き、

「旋風(ワールウィンド)」

書かれていた風の中級魔術を読み上げると、バジリスクを中心に渦巻き状の風が巻き起こる。

ダメージを期待したのではない。

吐かれた石化の息(ブレス)を吹き飛ばす為です。

「セイル、大丈夫ですか?」

後退してきたセイルに声をかけると、

「すまないラフィ、全身は免れたが……」

セイルは右腕で、灰色の鉱物のようになった左腕を抑えていました。

バジリスクの息(ブレス)を受けてしまったようです。

ラフィが、もう少し早く巻物(スクロール)を使えていたら。

「もう、無理はしないでください。

ここからはラフィがなんとかします。

だからあなたは一度下がってください」

「安心してくれラフィ、まだオレは戦える」

闘争心は一切消えていない様子のセイル。

能力向上(レベルアップ)で大幅に能力が向上していたとしても、片腕が石化した状態で戦うのは危険過ぎる。

「ここからはやはり距離を取りながら戦いましょう。

石化に対抗する術がない以上、これ以上の近接戦は危険です」

「……なら、オレがあいつらを引き付ける!

だからその間にキミだけでも逃げてくれ!」

何を言ってるんだこの狼男は。

二人で生き残る為に、こうして共闘しているというのに。

いや、これも能力向上(レベルアップ)の魔術による弊害かもしれない。

「ラフィだけ逃げられるわけないでしょう。

あなたが死んだら、マルスさんが悲しみます」

「……だったら、オレはなんとしてもここを切り抜けなくちゃならないな」

そう言って、再びセイルは敵を見据えました。

旋風により発生した渦巻きはすでに消え、二匹の魔物(モンスター)も、ラフィたちを見据えています。

「コカトリスはそれなりにダメージが蓄積しているはずです。

セイル、あなたはコカトリスに攻撃を集中させてください」

せめて一匹でも倒せれば、かなり余裕はできる。

「わかった。

だが、バジリスクはどうする?」

「あいつはラフィが引きつけておきます」

「引き付ける!? キミにそんな危険なことをさせるわけにはっ!」

言うと思いました。

本当に、恋は盲目と言いますが。

「もしラフィが心配なら、少しでも早くコカトリスを倒してください。

それまでラフィは、絶対に死にませんから」

セイルは躊躇していましたが、近付いてくる敵を見て、

「……わかった」

渋々頷きました。

「では、行きますよ」

「ああ」

そして、セイルはコカトリスに直走(ひたはし)った。

駆け出したセイルに合わせて、バジリスクが口を開きました。

石化の息(ブレス)を吐こうとしているようです。

(やらせません……!)

残り二枚のうちの一枚だが、ラフィは迷うことなく巻物(スクロール)を開きました。

「――地槍(アーススピアー)!」

ゴゴゴゴゴ――と地鳴りが響き、バジリスクがいる真下の地面が盛り上がった。

地面を貫くような形で、地から槍が飛び出しバジリスクを襲う。

その槍の衝撃で体勢を崩したバジリスクの息(ブレス)をセイルはかわし、コカトリスに近付くことに成功しました。

第一段階は成功です。

(後はラフィがバジリスクを引き付ければ……)

自分の行動を邪魔されたことに怒りを覚えたのか、バジリスクの目はラフィに向いてしまいました。

これで、注意を引き付けることに成功はしましたが。

ラフィの持つ巻物(スクロール)は残り一枚。

これでなんとか救援が来るまでも耐え切らなくては……。

時間を稼ぐ為、ラフィは逃げるように走り出しました。

当然のようにバジリスクは追ってきました。

走りながら、最後の巻物(スクロール)を確認します。

最後の一枚は火の魔術です。

でも、この魔術ではあの迫り来る魔物(モンスター)に有効打を与えられるとは思えません。

徐々にバジリスクが距離を詰めてくるのがわかります。

ドシ、ドシ、ドシ――と地を踏む足音が近付いてきます。

それはまるで死の宣告のように、ラフィの耳に響いて。

でも、ラフィには振り向いている余裕すらありません。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

息が切れてきます。

自分の体力のなさが呪わしいです。

(……うぅ……こんなことなら、もう少し基礎訓練をしておくべきでした。

こんなことになるなら、マルスさんと一緒にコゼットさんを追っていれば良かった。

もっと装備を整えてくれば。もっと魔術の勉強をしていたら……)

様々な後悔が流れ込むように脳裏を過ぎる

今更後悔しても意味がないとわかっているのに。

(こんなところで死にたくない……!)

死んだら終わりだ。

ここで死んだら、何も残らない!

そんなのは絶対にイヤだ!!

ラフィ――マルスさんと必ず添い遂げるのですから!!!

最後の覚悟を決め、ラフィは振り返りました。

目前にはバジリスクの顔が見え、大きく口を開いていました。

磨き上げられたように鋭い牙が今にもラフィを噛み砕こうとしています。

全身が恐怖に震え上がりそうになるのを堪えながら、

「――火爆破(エクスプロージョン)」

最後の巻物(スクロール)を開き、火の中級魔術を使いました。

いくら強靭な鱗に守られていたとしても、体内まで鍛えられるわけがない!

ラフィを飲み込もうとせんとする口目掛けて、炎の塊を撃ち込みました。

そして――バジリスクの体内からドカアアアアン! と炎の塊が爆発。

「ぐぅ……!?」

その爆破の勢いでラフィの身体は吹き飛び、

「がはっ――」

ガン――と樹木に全身が打ち付けられました。

呼吸ができなくなるほど苦しくて、でも辛い身体をなんとか起こします。

敵を確認しなければ……。

バジリスクの身体から煙が上がっていました。

活動を停止したように、目は虚ろになり光を失っています。

「……た、倒せた……?」

油断はできない。

でも、安堵の息が漏れかけた、その時――バジリスクの瞳に光が戻り、

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

雄叫びが上がりました。

体内からの火爆破で確実にダメージは与えられたはずですが。

(それでもバジリスクを倒すことはできなかった……)

もう、打てる手はない。

ダメージが残っているのか、ゆっくりとラフィに近付いてくるバジリスク。

でも、もうラフィの身体は動きませんでした。

動け――!

動け――!!

自分の身体だというのに、ピクリとも反応しないのです。

(どうして……)

ついには立ってすらいられなくなって、樹木を背もたれにラフィはしゃがみこんでしまいました。

視界まで歪んできました。

バジリスクが近付いてくるのがわかります。

セイルは、無事でしょうか?

(あはは……もう最後だっていうのに、ラフィは、なんで他人の心配なんて……)

これでおしまいだなんて……。

折角運命の人に出会えたと思ったのにな……。

死にたくないな……。

ラフィが死んだら、マルスさんは悲しんでくれるでしょうか……?

(マルスさん……最後に一目だけでも会いたかったです……)

ラフィは本当に、マルスさんのことが、大好きだったんですよ。

マルスさんは、どう思っていたのかわかりませんけど、

この想いだけは、ラフィは誰にも負けない自信があったんですよ。

ラフィの想いは、マルスさんに伝わっていたのかな?

そうだったら、嬉しいな……。

(さよなら……マルスさん)

目を閉じる。

死の直前に浮かんだのは――自信に満たされた表情で笑みを浮かべながらラフィのピンチに颯爽と駆けつける、そんなラフィの大好きな――

「悪いなラフィ――」

そんな声と共に、風を切り裂くような音が聞こえました。

「遅くなった」

その声はラフィの大好きな人の声でした。

最後の力を振り絞って、ラフィは目を開きました。

(あぁ……)

ラフィの目に映ったのは、真っ二つに切り裂かれたバジリスクと。

「もう大丈夫だ。

直ぐに終わらせてやる」

ラフィの大好きな――ラフィが絶対無敵だと信じる運命の人の姿でした。

(来てくれるって信じてました……)

そう伝えたかったけど、疲れ果ててしまって声が出なくて。

安堵感に包まれながら、ラフィの意識は落ちていくのでした。