「ちょ、ちょっと待ってください!

リフレ教官、本気で言っているのですか?」

ノリノリのリフレに対し、少なくとも乗り気ではない様子のアリシア。

「八月には学院対抗戦もあるでしょ?

その為の予行演習も兼ねての訓練だよ。

ついでにわたしとラーニアちゃんの教育の成果も見られるしねぇ」

挑発的な笑みを浮かべるリフレに。

「教育うんぬんを抜きにして、そんなの明らかに二年が不利でしょうが!」

「え~? そうなの~?

でも~、それってラーニアちゃんが自分の生徒を信じられないってことぉ?」

惚けたような口調で首を左右に何度か傾げるリフレ。

だが二年と三年の練度を考えれば、確かに三年が有利なのは間違いないはずで。

流石のラーニアもこんな安い挑発には乗らないは――。

「ほぉ……言ってくれんじゃない!

いいわよ! やってやるわよ!」

(乗りやがった……!)

これほど簡単に挑発行為に乗るとは……。

勝算を考えているのだろうか?

「この決闘が、学院対抗戦の訓練って名目なのは構わないけど、

試合の内容は競技形式にするの? それとも実戦形式?」

訓練の一環と称した二人の喧嘩に巻き込まれることが、どうやらほぼ確定しているようだ。

「わたしはどっちでも構わないけどぉ~?」

「きょ、強制されるのであれば、競技形式にしてください!」

進言したのはアリシアだった。

その語調はかなり強い。

「まぁ実戦じゃ怪我人も多く出そうだしねぇ~」

「マルス、あんたも競技でいい?」

「ああ。どんな内容かは知らないが、普通に戦うよりも面白そうだ」

学院対抗戦で実際にやる競技というのも気になるしな。

「なら、競技でいいわ。メンバーは何人で?」

「四対四でどうかなぁ?」

「四人競技ってことは、死旗(デスフラッグ)でいいのね?」

ラーニアが聞き返すとリフレが首肯した。

「わたしが勝って、必ずラーニアちゃんにごめんなさいって言わせてやるんだから!」

「あんたこそ、泣いて謝らせてやるわ!」

ふんっ! とお互い顔を背け、肩をブツけ合いながら我先にと扉を出て行く辺り、非常に仲の良い二人にも見えなくもないが。

それにしても、まだ授業が始まる時間でもないのに、一体どこに行くのだろうか?

まさかとは思うが、もう特別訓練の為の作戦でも練るつもりか?

「はぁ……面倒なことになりましたが、一難去ったといったところですね」

アリシアが大きく溜息を吐き右手で額の辺りを押さえている。

今は、なぜか教官室に俺とアリシアだけという状況だ。

「俺としては、思い切り殺り合わせた方が良かったと思うんだが?」

「それでは生徒たちの不安を煽るだけです。

考えてみてください。

生徒たちの面前で二人が本気の戦いなど始めたら、魔物に操られてるのでは?

などという噂が立ちかねません」

確かに今の状況を考えれば十分ありそうな話だ。

そうなると再び生徒間でも紛争(トラブル)も起こりかねないというわけか。

「……まあ、二年生と試合をすることにはなりましたが、

二人の争いを回避できたと思えば、安いものでしょうね……」

試合の代表メンバーには、アリシアは選ばれるんだろうな。

そして、多分それは俺も。

「なあ先輩、死旗(デスフラッグ)というのはどういう競技なんだ?」

「そういえば、あなたは編入生でしたものね。

競技について知らないのも無――……申し訳ありませんマルス君。

見回りを一年生二人に任せてしまっているので、一度私も戻らせてください」

「良かったら、俺も手伝うぞ?」

「……いいのですか?」

言葉尻が弱く遠慮気味に窺うアリシアに。

「勿論」

俺は迷うことなく首肯した。

まだ授業が始まるには時間もあるし、アリシアには委員会(コミュニティ)の件も相談したいからな。

こうして俺たち一旦、教官室を出た。

正面玄関先の階段まで来ると、そこにはカネドとセリカの二人が立っていて。

「会長、大丈夫でしたか?」

心配そうにセリカが歩み寄ってきた。

「少し前に、ラーニア教官とリフレ教官の二人がいがみ合いながら階段に上っていきました」

続いてカネドが蒼白な顔で口を開いた。

何か恐ろしいものでも見たとその顔は物語っている。

「……二人ともご苦労様でした。

見回りは済んでいますか?」

「はい。不審者や危険物の発見はありません」

「学院長のお陰のようで、やはり学院内に敵の侵入はないですね」

「そうですか。

ありがとうございました。

では、一旦解散としましょう」

アリシアの言葉にカネドとセリカはしっかりと頷き。

その後、一年の教室に向かって行った。

「俺が手伝うことはなかったな」

「いえ、気持ちだけでもありがたいものですよ。

ところで、死旗(デスフラッグ)についてでしたか?」

そう口にすると、眼鏡の奥の黒い双眸が俺を見つめた。

「ああ、どういう競技なんだ?」

俺が聞き返すとアリシアは競技について説明をしてくれた。

○競技名 デスフラッグ

選手(プレイヤー)にそれぞれ一本の旗が与えられる。

その旗を決められた時間以内に競技フィールド内のどこかに差す。

フィールド内であれば旗を差す位置はどこでも可能。

旗に細工をするのも自由だが、旗を差した後に細工をした場合は選手は強制失格。

旗を差した後に、自チームの旗に触れてはならず旗の位置の変更は禁止。

フィールド内のどこかに差された四本の旗を全て回収したチームの勝利。

競技の時間以内に全ての旗を回収できない場合は、より多くの旗を回収しているチームの勝利。

一人の選手が持てる旗は二本まで。

四本の旗のうち一本は死旗と呼ばれ手にした者は強制的に行動不能。

ただし死旗も旗数にカウントされる。

また、死旗で行動不能になった選手(プレイヤー)が獲得した旗は、死旗以外は旗数から除外される。

フィールド内にトラップを仕掛けるなど、プレイヤーの妨害は自由。

死に至らしめるような危険行為は禁止。

「要点はこんなところです」

「妨害有りの旗取りか……」

「話を聞くだけであれば単純な競技ですが、

問題は如何に死旗(デスフラッグ)を避け旗を回収していくかという点でしょうね。

死旗の回収は基本的に最後に行なうものですから。

それと各チームが差した旗の位置を素早く把握できるかも勝利の鍵ですね」

「死旗の見分け方のようなものがあるのか?」

今のアリシアの口振りから察するに、何かしらの見分け方があるようだが。

「ええ。

死旗には髑髏の目印(マーク)が描かれていますので。

ただ当然細工が施されているので見ただけでわかるとは考えないほうがいいでしょう」

「場合によっては、旗に全て髑髏の目印(マーク)が描かれてるなんてこともありそうだな」

「実際、毎年そういった細工を施す学院もあるくらいですから」

そう言って、アリシアは苦笑した。

もしかしたら、アリシアは実際にそういった学院と対峙しているのかもしれない。

「他に何か聞きたいことはありますか?」

「いや、今のところ――」

あ、そういえば、まだ委員会(コミュニティ)の話が聞けていなかったな。

「先輩、ちょっと相談――」

「マルスさん、おはようございます!」

背後から声が掛けられたかと思うと、軽い衝撃と共に背中に柔らかい感触を感じた。

首を回すと、白くてモフモフとした兎耳が目に入った。

「ラフィ、おはよう」

俺に突進してきたのはラフィだった。

そんなラフィに続いて。

「マルス、おはよう。

アリシア会長もおはようございます」

エリーの声が聞こえ、ラフィに抱きつかれたまま俺は振り向いた。

すると――。

「ご主人様、おはようなの」

「眠い……ご主人様枕で寝る」

今にも瞼が落ちそうなほどうつうつとしているルーシィとルーフィが、俺を挟み込むように腕を取りしな垂れ掛かってきた。

「待て待て、こんなところで寝るんじゃない」

俺が言うと、二人は手の甲で目の辺りを軽く擦った。

「朝からお盛んのようですが……」

呆れるような口調でアリシアが半目を俺に向けた。

「周囲の目もあるので、そういった行為は控えてください」

「あらあら、会長さんはラフィたちに嫉妬でもなさっているのですか?」

「っ――わ、私がなぜ嫉妬などするのです!」

「会長さんのような優等生タイプは素直に慣れない方が多いようですから」

そう言ってニヤッと挑発的に笑うラフィだったが、その視線はなぜかエリーに向けられていた。

「な、なんで私の方を見るの?」

「さぁ~なぜでしょう?」

そう言ってラフィはエリーからも目を逸らし。

「さぁマルスさん。

ラフィと一緒に教室に行きましょう」

そう言って服の裾を引っ張って。

「全く……。私はもう行きます」

アリシアは軽く溜息を吐くと、踵を返し歩き出した。

だが、ふと足を止めて。

「……マルス君、先程は助かりました。

その……ありがとうございます」

それだけ言って。

軽い会釈をした後、アリシアはこの場を去って行った。

「マルス、会長と何かあったの?」

「……なんだか、少しデレていませんでしたか?」

純粋な疑問を浮かべるエリーと、わけがわからないことを言うラフィに。

「とりあえず、教室に行くか。

ルーシィ、ルーフィ、起きろ」

すっかり眠っている双子を起こして、俺達は教室に向かった。

結局、委員会(コミュニティ)のことは相談できずじまいだったが、放課後にでも生徒会室に訪ねてみるとしよう。