二年生の実技試験の担当教官はラーニアとロニファスが務めるようだった。

「全員いるわね?」

そう確認したラーニアだが、一人一人生徒を数えるつもりはないようだ。

来ていなかったら自己責任ということだろう。

戦闘教練室に集まっている生徒は二年AクラスとBクラスの生徒のみだった。

他の学年は別の場所で試験をしているようだ。

「じゃあ、実技試験を始めるわよ。

まずは競技から」

ラーニアが競技の説明を開始した。

「これを見なさい」

丸い円盤のような物を手に持ち、俺たちに見えるように掲げた。

円盤の中にはさらに円が三つ書かれており、中心に近付くほどにその円が小さくなっていた。

「ルールは簡単。

立ち位置は戦闘場(フィールド)の中心――丸い円が描かれてるからその中から出ないこと。

出たら強制的に失格だから。

そして、この的(まと)を十個、戦闘場(フィールド)のどこかに設置するわ。

位置は試験を受ける生徒によって変更するから。

この的に魔術を撃ちなさい。

使う魔術は自由。

中心に近ければ近いほど高得点よ。

ただし――破壊したら減点。

あくまで円の中だけを射抜くこと。

一度射抜いた的を二度撃ったら減点だけど、魔術を外しても減点にはならないから」

それだけ説明した後に。

「全員、一回目は練習を入れてもいいわよ。

勿論、最初から本番でもいいわ。

説明は以上、何か質問は?」

特に質問をするせいとはおらず。

「ないなら、名前順にやっていくわよ」

訓練であれば、やりたい者からなのだが。

実技試験は名前順に行なうようだ。

やはり、成績を付ける必要があるからだろうか?

「見学は自由だけど、邪魔はするんじゃないわよ」

まだ出番がない者は観戦席に移動して行った。

「エリー、俺も観戦席に行ってるから」

「うん。

観ててね、マルス。

私、頑張るから!」

「ああ」

試験の順番が近いエリーとは一度別れ、俺も観戦席に向かった。

セイル、俺、ラフィ、ルーシィにルーフィは並んで観戦席に座った。

この間の試合の時は歓声が凄かったが、流石に試験ともなると生徒たちは沈黙し重い空気の中で試合の様子を見守っている。

最初の生徒の試験が始まった。

的は様々な位置に設置された。

地面に置かれている物や空中に浮いている物もあるが、探す必要がないのは楽だった。

(……的が浮いているのは、ラーニアの魔力だろうか?)

錬金魔術で作ったと言っていたから、そういう道具(アイテム)なのかもしれない。

一人、また一人と生徒たちの試験が終わり――あっという間にエリーの出番が来た。

「次は……エリシャか。

練習は入れる」

「はい、お願いします」

的が設置され、エリーが光の魔術を放つ。

矢のような光の魔術が的を貫いていく。

何かを確かめるように、エリーは一つ一つの的に魔術を放った。

(……的の強度を確かめてるのか?)

破壊してはいけない的――ということで、威力の制御が必要だ。

この練習は的を壊せない程度の威力を確かめる為にも必要なのかもしれない。

「もう大丈夫です」

何度か魔術を的から外すなどのミスはあったものの、エリーの中で調整は済んだようで。

その表情はかなり落ち着いてるように見えた。

それから、再び的が設置されていき。

「じゃあ、始めるわよ」

「はい」

エリーの試験本番が始まった。

慌てて魔術を行使しようとはせず、エリーは落ち着いて周囲を見回した。 

一つ一つ、的の位置を確認しているようだった。

それから右手を、宙に浮かぶ的の一つに向けて練習の際と同じく光の魔術を行使した。

鋭く細い光の矢が的を射抜く――。

目視ではあるが、かなり的の中心に近い位置を射抜いたように見えた。

次から次に迷いなく魔術を放っていくエリーは、かなり高い精度で全ての的を撃ち抜いていた。

「もういいわよ」

「ありがとうございます!」

試験の結果は直ぐにはわからないようだが、かなりの好成績が予想できた。

観戦席に座る俺の下にやってきたエリーは、結果に満足するというよりは、ほっとした顔を見せた。

「かなり良かったんじゃないか?」

「ありがとう、マルス。

少し、安心した」

そう言って微笑するエリーに。

「……やるじゃねえか」

セイルがぶっきらぼうに一言を口にした。

「ありがとう、セイル」

「ふんっ――」

エリーの試験結果に、セイルもより気合が入ったようだ。

試験前によく二人で訓練していた二人だからこそ、思うこともあるのだろう。

それからさらに試験は進み、セイルの出番が近付いてきた。

「セイル、頑張って!」

「落第しない程度にはしっかりやるといいです」

「がんば」

「ふぁいと」

エリーたちはそれぞれセイルにエールを送った。

「力むなよ、セイル」

「……おう」

そうして観戦席を下りて、セイルの試験が始まった。

セイルが得意とする風の魔術は広範囲攻撃が多いので、この的を正確に射抜く競技は相性が良くなさそうだ。

それはセイルもわかっているようだが、少しの逡巡の後、セイルは風の魔術を行使した。

放たれた細い渦巻きが的を射抜くと、的に螺旋状の後を作った。

小さな的を射抜くには威力が高い気もするが、慣れない魔術を使うよりは慣れた魔術でとセイルは考えたのだろう。

結果――二つの的を破壊してしまったものの、全ての的を射抜いた。

席に戻ってきたセイルは、ムスっとした顔で口をヘの字にしていた。

「良かったんじゃないか?」

「相性の悪さを考慮したら、十分過ぎると思う」

「荒っぽい狼男のことだから、全ての的を破壊するんじゃと思ってました」

「るせーよ! 兎女、テメェは自分の心配をしとけ」

「言われなくてもわかってます!」

結果に満足はしていないようだったが、試験の結果に後悔はないようだった。

それからさらに試験が進み。

「ふはははっ! ついに僕の番か!」

わざわざ宣言して、戦闘場(フィールド)に下りて行った。

「あまり煩いと減点にするわよ」

「す、すみません」

(……そこは素直に謝るのか)

傲岸不遜ではあるが、やはり憎めない男のようだ。

ツェルミンの試験結果は俺の想像以上で、全ての的を破壊することなく正確に射抜いていた。

今のところはエリーと同じかそれ以上の好成績が予想できそうだ。

それからノノノも全ての的に魔術を当てていた。

中心を射抜けてはいなかったものの、丁寧で正確な魔術制御ができているのがわかった。

「マルスの番、近付いてきたね」

「そうだな。

下に降りておくわ」

俺が席を立つと。

「マルスさん、頑張ってください!」

「ご主人様なら、余裕」

「そう。全部、射抜ける」

三人が応援(エール)を送ってくれた。

「……がんばれよ」

「ああ、じゃあ行ってくるよ」

俺を見ることはなかったが、セイルの一言に答えて戦闘場(フィールド)に向かった。 直ぐに俺の番が来て。

「マルス、破壊するんじゃないわよ」

「わかってるよ。

一度練習させてくれ」

「いいわ。

設置は済んでるから、好きなタイミングで始めなさい」

ラーニアに言われ。

(……的を破壊しないようにしないとな)

俺は的に向けて光の魔術を行使した。

想像(イメージ)するのは光の矢。

エリーの放った矢よりもさらに細く。

威力は最小限。

的の中心を正確に射抜けるほどの細い矢を想像し魔術を形成し行使した。

放たれた光速の矢が的の中心を寸分なく射抜いた。

(……うん。

こんなもんだな)

的を破壊せずに済めば問題はない。

「もう大丈夫だ」

「そう。

じゃあ本番ね」

そうして再び的が設置されていき。

「好きに始めなさい」

ラーニアのその言葉と同時に、俺は魔術を放った。

放たれた光の矢が的の中心を正確に射抜く。

全ての的を射抜くのに掛かった時間は数十秒程度。

ミスはなかったはずだ。

静寂な室内がいっそう静まり返ったのが気になったが、終わってしまったものを気にしても仕方ないか。

「ま、こんなもんだな」

「……流石ね」

淡々とではあったが、ほんの少しだけラーニアが誇らしそうに微笑を浮かべていた気がした。

観戦席に戻るところで、ラフィに会った。

そろそろラフィの出番が近付いているようだ。

「マルスさん! 流石です! やはりラフィの番いはマルスさんしかいません!

試験が終わったら、医務室に――」

「ラフィ、試験中よ!」

ラーニアの怒声を浴び、しゅん……とラフィの耳が下がった。

だが。

「ラフィ、がんばれよ」

「はい!」

俺の言葉に、ラフィは興奮した様子で耳をピンと立て戦闘場(フィールド)に下りて行った。

席に戻ると。

「マルス、凄いよ。

あんなに正確に早く魔術を放てるなんて……。

完全に無詠唱だったじゃない」

「流石、ご主人様」

「凄過ぎて目が覚めた」

「……」

エリーは目を輝かせて俺を見ていた。

ルーシィとルーフィも小さく微笑み、俺の試験結果に喜んでくれているようだ。

セイルは顔を合わせはしなかったが口元が緩んでいるのがわかった。

ラフィの試験が始まる前に、ルーシィとルーフィも観戦席から戦闘場(フィールド)に向かった。

ちなみにラフィの試験結果は、時間は掛かったものの初級の魔術を正確に放ち、制限時間をギリギリまで使って的に魔術を当てていた。

なんとか全ての的に魔術を当てていたが、中心からは程遠いので好成績は望めなさそうだ。

「はぁ……落第は避けられそうです」

「頑張ったな」

「はい……出来る限りのことは。

絶対、マルスさんと同じクラスでいたいので」

「そうだな。

俺もラフィと同じクラスでいたいぞ」

俺が言うと、ラフィは頬を薄く染めてあまり見せない照れたような表情で顔を伏せた。

直後――観戦席の生徒たちの間に、ざわめきが起こった。

そのざわめきを起こしたのは闇森人(ダークエルフ)の少女――ルーシィだった。

ルーシィの放った闇魔術が的を丸ごと呑み込み。

闇が消えるのと同時に、的の中心のみが穿たれていたのだ。

それを十回繰り返し、ルーシィの試験は終わった。

そして、それはルーフィも同様で。

「……二人とも、ど真ん中に綺麗に穴をあけたものね」

的を見たラーニアの声音には、確かな驚きが混じっていた。

そして最後の一人が競技を終えたところで。

「じゃあ競技はこれで終わりよ。

昼休憩の後、このまま実戦を始めるからそのつもりでいなさい」

まだ鐘(ベル)は鳴っていないが、昼休憩に入ることになったのだった。