「マルス……くん。

ちょっと……いい?」

授業が終わって直ぐに、イーリナが声を掛けてきた。

今はしっかりと、彼女の姿が俺の目に映っている。

「どうかしたのか?」

「……委員会に……お邪魔しても……いいかしら?」

「ああ、構わないぞ。

元々、放課後は委員会に向かう予定だったからな」

「そう……。

では……みんなで……向かわせて……もらうわね」

(……ん? みんなで?)

疑問に思ったのだが。

長い前髪に隠れている為、イーリナの表情を窺うことはできない。

だが、その声音はどこか弾んでいた気がした。

「マルス、僕たちはもう行くぞ」

「また明日、訓練頑張ろうね!」

去り際、ツェルミンとノノノが声を掛けてくれた。

「ああ、また――」

「二人とも、少し時間をもらえないか?」

背を向けたツェルミンたちに、ミストレアが声を掛けていた。

まるで最初からそう決めていたみたいに。

ツェルミンとノノノは顔を見合わせた後。

「どうしたのですか?」

ミストレアに顔を向けたツェルミンが尋ねた。

「もし用事がないなら、放課後少し話をしたいと思ってな」

「それは構いませんが、競技について議論でもするのでしょうか?」

「そんなお固く考えなくていいさ。

急ぎの用事があるようなら後日でも構わないが、時間が取れるならで構わない」

無理強いされたわけではないが、二人はミストレアの頼みに首肯し。

「話を受けてくれて嬉しいよ。

では今からマルス君の委員会に向かおう」

爽やかな笑みを見せるミストレアに対し、

再びツェルミンとノノノは意外そうな顔で、お互いに顔を見合わせたのだった。

委員会部屋(コミュニティールーム)の前に到着し、俺が扉を開くと。

「マルスさん、お帰りなさいです! お待ちしてました!」

ラフィが満面の笑みで出迎えてくれた。

軽く部屋を見回したが、他のメンバーはまだ来ていないようだ。

「お疲れ様です! 本日はいかがいたしま――って、ツェルミンにノノノさん……と……?」

俺の背後からぞろぞろと人が入って来るのを見て、ラフィは兎耳をペタンと下げた。

「お邪魔するっす! ここがマルス君の委員会っすか」

コルニスが物珍しそうに室内を見回した。

「ま、マルスさん、こちらの方々は?」

「鬼喰(デモンイーター)の代表選手一同だ。

何か話があるらしくてな」

「……そうですか」

先程の満面の笑みに影が差し、ラフィは唇を尖らせていた。

「折角……マ……さんと……二人きりに……」

小声で何かを呟くラフィに、とことことイーリナが近付き。

「……ふふっ……かわいい……」

「ひゃ!? ――な、何するんですか!」

ラフィの頭をなでなでと撫でた。

「……嫉妬……しているのね……。

……大好き……なのね……彼が……。

……取られ……たくない……誰にも……」

「――っ!? きゅ、急になんなんです!?」

ビクッと身体を震わせて驚愕し、ラフィは後ろに飛び跳ねた。

「……ごめん……なさい……。

……なれなれ……しかった……かしら……?」

イーリナは声音を沈ませて、深々と頭を下げた。

長い黒髪がサラサラと揺れている。

「……」

ラフィは警戒するような厳しい顔付きでイーリナを見ていると。

「突然押しかけて来てしまって、お邪魔だったかな?」

イーリナをフォローするように、ミストレアが困り気味の微笑をラフィに向けた。

「……はい。

特に綺麗な女性の方は、出来る限り訪れてほしくないですね」

「では大丈夫だな。

ここに君より可憐で美しい女性はいない」

「え……」

正直なラフィの発言に対して、怯むことなく微笑を向けるミストレア。

その真摯な眼差しをみれば、今の発言が冗談でないことがわかった。

「そ、そこまで真剣な面持ちで言われると、事実とはいえなんだか照れますね……」

ラフィはほんのりと頬を染めた。

既に警戒は解かれ、嬉しそうに頬が緩んでいる。

どうやらラフィよりも、ミストレアが一枚上手だったようだ。

「ごめん……ね……少し……話したら……帰るから……」

「……それならいいのですが……あの、先輩。

一つ質問をしても宜しいですか?」

「……? ……なに……?」

「失礼ですが、その……髪で顔が隠れていますよね?」

「……問題……ある……?」

「いえ、問題と言うか、見えてます?

髪が邪魔して視界が悪いのでは? と思ったのですが」

ラフィが言ったことは、この場にいる全員が思っていることだろう。

正直、切った方が間違いなく視界は確保できると思うのだが。

「……ばっちり……視界……良好……」

「そ、そうなのですか。

ならいいのですが……」

イーリナの返答に、少々ラフィは困惑しているようだった。

「取り敢えず、話すのなら座らないか?」

その提案を全員が肯定し、俺たちは机を囲むように椅子に座った。

「それで先輩、話というのはなんなのだ?」

「ああ、このように話をする機会を持ったことには当然理由がある」

「それは?」

ツェルミンやノノノが尋ねると。

「ワタシたちは競技を共に戦う仲間だ。

そして、試合に勝つ為にはまず、味方を知ることから始めるべきだと私は思っている。

だからこそ、ここにいる者たちの能力を把握しておきたい。

使える魔術や技能――勿論、話せないこともあると思う。

それは構わない。

話せる範囲で、教えてくれないだろうか?

試合に勝つ為にも」

ミストレアの勝ちたいという強い想いが、はっきりと伝わってきた。