まだ戦える。とミストレアの瞳は俺に強く訴えている。

勝負を諦めない姿勢自体は好ましいが、勝ち目がない事は明白だ。

戦闘力だけであれば、ここにいる生徒たちの実力はミストレアにそう劣らない――いや、単純な戦闘能力だけであれば彼女以上の生徒がこの場には数人はいる。

決してミストレアが弱いわけではない。

ただ、この戦闘(バトル)という委員会に所属する生徒たちは『学生レベル』にしては戦闘能力に秀でた生徒が多いのだ。

特にこの委員会をまとめるバルガという男は底知れぬ何かを感じる。

「……マルス君、頼む!

ワタシは自分の強さを、こいつらに認めさせたいんだ!

そうでなくては、学院対抗戦の代表など務められない!」

「……ならば辞退すればいい。

変わりなどいくらでもいるぞ?

お前が代表である必要はない」

そう口にしたのはバルガだ。

「ならばワタシはワタシが代表としての実力がある事を証明するまでだ!」

槍を構えるミストレア。

それに合わせて、槍の戦姫を狙う生徒たちは殺気立つ。

「待ちなさいミストレア!

バルガ!

なぜミストレアを追いこもうとするのです!」

アリシアの言う通りだ。

バルガの発言はミストレアの逃げ道を塞いでいくようだった。

プライドの高い彼女がこの戦いの舞台を降りられないようにと。

「やはりあなたの狙いは――」

アリシアがそんなことを言った。

(……狙い?)

バルガには何か狙いがあるのか? と俺が思っていると、

「狙いなどない。

ただ、この場は実力を示す為の場。

マルス・ルイーナによって消え去った、実力主義の象徴たる場所。

戦いが公的に容認されたこの場所で戦うも逃げるも個人の自由だ。

そして、ミストレアは自分の実力を証明するために戦いを選んだ。

ただそれだけの事だ」

感情を排したような淡々とした説明口調で、バルガは自分の考えを述べた。

確かに理屈は通っている。

正直、自分の実力を理解せず、ここまで無理をして戦おうとするミストレアが間違っている。

これが命の取り合いであれば、彼女の命は既にないだろう。

そんな彼女に冒険者たる資格はない。

だが冒険者候補生である以上は、今は学ぶ事が出来る。

だからこそ、こんな愚かな行為が許される。

「アリシア、

ミストレアの好きにさせよう」

「マルス君!?」

「そうだ。

それでいい。

マルス・ルイーナ、お前ならそう言うと思っていたよ」

俺の答えに満足したのかバルガはほくそ笑んだ。

「だが命の危険があると判断すれば、俺が止める」

「それでいい。

命まで奪うつもりは、こいつらにも最初からない」

「……感謝するよ、マルス君。

アリシア、我儘を言ってすまない。

だけど――私は胸を張ってこの学院の代表として学院対抗戦に出場したいんだ」

「こんな戦いなどせずとも、あなたはこの学院の代表です!」

アリシアがミストレアを説得しようと試みたが、

「弱いヤツが代表に選ばれるなんて、おかしな話だよなぁ~」

この闘技場にいる生徒の一人がそう口にする。

「そうだそうだ。

まったくその通りだ」

「完全実力主義を掲げていた学院が、戦闘能力で代表を選ばないのかよ?」

そしてそれに同調する声が次第に大きくなっていった。

「学院対抗戦は純粋な戦闘能力ではなく、競技として技術を競う場。

ただ戦闘能力を自慢したいだけであれば、今直ぐ魔人の討伐にでもいけばいい!」

「おいおい、この学院の生徒会長さんが、おれらに死ねって言ってるのかよ?」

「っ……そ、そうではありません!

ただ私は、戦闘能力だけが全てではないと――」

「ひでー会長さんだな。

人の命をなんだと思ってんだか」

揚げ足を取られる形になってしまったアリシア。

彼女はミストレアが傷つくことを恐れるあまり、冷静さを失っている。

彼女は過去――友人を失ったトラウマから、人が傷つく事を恐れる気質がある。

だからこそ、この戦いを止めたいのだとは思うが。

「貴様らもう黙れ!

これ以上、ワタシの友を侮辱するのであれば……」

「どうするってんだよ?」

ミストレアと対峙していた人間(ヒューマン)の生徒が、挑発的に口を開き、

「無理にでもその口を閉じさせてやるさ!」

ミストレアの発言で、戦いの幕は下りた。

だがそれは――多勢に無勢の戦いの始まりだった。

戦いの中、ミストレアは甚振られ続けた。

致命傷は与えず、ただただダメージを与え続ける。

まるで彼女の心を折るように。

そして……十数分に及ぶ戦闘行為の後、ミストレアの身体から力が抜け――彼女の倒れる前に、俺はその身体を支えた。

「……ここまでだ」

同時に俺は戦いを止める。

「ミストレア、大丈夫か?」

「……マルス……くん……ワタ……シ、は……まだ……」

「マルス・ルイーナ。

戦いはまだ終わっていないぞ?」

バルガは感情を排したような声音で俺に言った。

「バルガ、何を言っているのです!

ミストレアはもう戦える状態ではありません!」

「だが自らの口で敗北を口にしていない。

そして命の危険があるような致命傷すら受けていない」

ボロボロにされてはいるが、確かに致命傷ではない。

ただ俺が危険だと判断した理由は、ミストレアの精神的な疲弊にある。

戦闘によるトラウマ。

恐怖は身体に染みつく。

それは時に命を守る事にもなるが、戦いを拒絶する事にもなってしまう。

自ら戦士である事を拒めば、冒険者のように戦いが日常である職業に就くことなどはもう不可能だろう。

「ミストレア、戦いはここまでだ」

「ワタシ……は……」

「まあ、いいだろう。

これで一つの証明にはなった。

学院対抗戦の代表に選ばれた者が、必ずしも優秀であるわけではない事のな」

バルガの言葉に、ミストレアは悔しそうに表情を歪めたが……もう限界だったのだろう。

彼女は気を失ってしまった。

閉じられたままの瞳からは一筋の涙が伝う。 

まるで自分の力のなさを悔やむように。

「おいおい、さっきまで偉そうな態度だったのに、やられた途端に泣いちゃうのかよ」

「やめてくれよな。

俺たちがイジメたみたいじゃねえか」

「これでも、女の子だからと思ってちゃんと手加減してやってたんだけどなあ」

罵詈雑言――心を踏みにじるような言葉でミストレアを責め立てていく。

「……あなたたち、たった一人、立派に戦い続けたミストレアによくもそんな――」

「折角、戦闘(バトル)の委員会に来たんだ。

今度は俺も混ぜてくれ」

気絶するミストレアをアリシアに預け、俺はバルガに言った。

「勿論、構わんぞ。

マルス・ルイーナと戦いたい者は?」

一瞬で嘲笑は消えていた。

そして俺と戦いたいと声を出すものはいない。

「なんだ?

誰もいないのか?」

俺が声を上げると、先ほどまでミストレアを嬲っていた生徒たちが震えだした。

なぜだろう? と疑問に思ったが、そうか。

どうやら俺は、いつもよりも少し苛立っているらしい。

「……きっとミストレアなら、俺が相手でも臆したりはしなかったと思うぞ?」

それは蛮勇かもしれないが、間違いなく戦士の素養でもある。

「マルス・ルイーナ。

どうやらお前と戦いたいと思う生徒はいないらしい」

「……俺はあんたと試合をしてみたいんだがな」

「俺はこの委員会の代表だ。

基本的に委員会の管理を行うのみで戦いはしない。

が――どうしても戦いが望みだと言うなら『機会』を待て。

それは遠くない未来、必ず訪れる」

「機会……?」

バルガの言葉の意図は俺にはわからない。

こいつは何を言いたいのだろうか?

「マルス君!

今はミストレアを医務室に!」

簡易的な治療を終わらせたアリシアに、ミストレアを医務室まで運ぶよう求められ、俺はこの場を後にした。

ミストレアが学院対抗戦の代表を辞退したのは、次の日のことだった。