「そいつに手加減は要らないわ。やりなさい――イフリート」

ラーニアの命令を受け、

「――***********」

人の身では聞き取れない言葉をイフリートは口にする。

直後、その背中から濁流のような激しい炎が噴き出した。

それが徐々に翼の形に変化した。

距離を取っても肌が焼け焦げそうになるほどの熱を発しながら、炎の化身は宙を舞い俺に迫る。

(……流石に素手じゃ辛いか)

俺は魔石を手に持ち、魔力を流した。

瞬間――大剣が形を成す。

そして、

「はっ!!」

イフリートに向けて全力で大剣を振った。

暴風のような衝撃波が発生し、炎の化身を襲う。

が――

「***********!!」

バタバタバタ――イフリートは燃え盛る炎の翼が激しく羽ばたかせると、熱風を発生させた。

二つの暴風が衝突した。

瞬間――バアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!

鼓膜が破れるような猛烈な爆音が響いた。

炎の魔神にダメージはないようだ。が、動きを封じるには十分だった。

「っ!!」

俺は暴風の中を突き抜ける。

急接近する俺の姿をイフリートが捉えた。

だがもう遅い。

「らあああああああああっ!!」

イフリートの首を狙い薙ぐように斬撃を見舞った。

その一撃は閃光のように煌めき、確実にイフリートの首を切断する。

「流石にやるわね」

ラーニアが感心するような声を上げた。

しかし、その声にはやけに余裕がある。

同時に気になったのはイフリート自身の魔力が消失していないこと。

「……なるほど。

この程度じゃ倒せないか」

それどころか、ぶった切ったはずの頭部が再生していた。

「イフリートは炎の大精霊よ。

あんたが得意そうな切る殴るは通じないわ」

別に俺は切る殴るが得意なわけじゃないんだが……。

「そういうのはお前の方が得意そうじゃないか」

「むっ、あんたね! あたしが暴力教官だって言いたいの?」

「え? 違うのか?」

「――間違ってないわね!」

ラーニアは姿勢を下げ疾駆する。

その動きはかなり速い。

「はっ!」

俺に対してラーニアは遠慮なく拳を振る。

だが対応できない速度ではない。

攻撃速度という意味では、ファルトの転移の方が厄介なくらいだ。

はっきり言って避けるだけなら容易。

だったのだが、

「***********!!」

背後から迫る炎の魔神とラーニア。

同時に相手をしなければならないのは厄介だ。

(……イフリートの相手をするのは無駄だな)

召喚したラーニアを倒せば、イフリートは動きを止めるだろう。

「さて……そろそろ本気で来てくれるのかしら?」

「……一つ言っておくがな、ラーニア」

「何よ?」

「俺を本気で戦わせたいなら、お前も少しは本気になれ」

「……ふふっ、あは、あはははっ、言ってくれるじゃない」

互いに笑みを交わす。

この状況はまだまだ遊びのようなものだ、俺たちは理解していた。

「なら――もうちょっとだけ本気……見せちゃおうかしら!!」

唐突に、ラーニアの紅蓮の髪が靡いた。

そしてゆっくりとその真っ赤な髪の色が変化していく。

赤く、何よりも赤く――変化していく。

「……なんだ?」

ラーニアの体内に内包される保有魔力の量が増大していく。

魔力が強くなっていくのではない。

魔力量が明らかに増大しているのだ。

それは止(とど)まることなく、どこまで膨れ上がっていく。

(……どうなってる?)

人が保有する魔力の絶対量は変化するものではない。

少なくとも俺は、アイネからそう教わった。

だがそのあり得ない現象が、今起こっていた。

「……少しは驚いたかしら?」

「ああ……魔力量の変化、なんてことが可能なんだな」

「それを可能にする奴もいるのよ」

アイネが俺に教えてくれなかったこと。

いや、師匠(アイネ)ですら知らない事もある。

「ラーニアに……初めて教えられた気がするよ」

「教官、舐めんじゃないわよ?」

ラーニアはニヤッと挑発的な顔を向ける。

面白い――面白くなってきた。

久しぶりに感じる確かな高揚感。

「これなら少し楽しめそうだ」

俺は剣を構えた。

ラーニアも両手にナイフを構える。

そして同時に俺たちは動いた。

先程に比べて圧倒的な加速で俺に迫るラーニア。

ラーニアに起こっている現象は、魔力量を増大させるだけではないのだろうか?

明らかに身体能力が上がっていた。

同時にイフリートが俺に迫る。

この炎の魔神の熱気に触れるだけで、本来ならただでは済まなそうだが……火属性に耐性のあるラーニアは気にした様子もない。

俺は水の元素を利用して、全身を覆う水の鎧を纏う。

「甘い!!」

が、ラーニアがその鎧に触れた瞬間――蒸発した。

「でたらめなっ!」

「あんたに言われたくないわ!」

俺の振る斬撃をラーニアは両手で持ったナイフで受けきる。

高速の連撃を繰り返すが、その全てをラーニアは見切っていた。

だが大剣を受け止めた瞬間、思い切り叩き付けて強烈なインパクトを与えてラーニアを吹き飛ばした。

「っ――」

――ザアアアアアアアアアアアアアアッ。

戦闘教練室の地面が抉れ、通路のような跡を作った。

「馬鹿力!」

「……ノーダメージかよ」

これは――長い戦いになりそうだ。