I Am Troubled That My Fiance Is a Villain

[]/(n, vs) (1) (uk) (uk) (uk)

ある日、私は気がついた。私には二人分の記憶があると。

昔からおかしいとは思っていた。私はこの世界にはない物、例えばエレベーターとか自動車とかを知っていたり、高いビルの立ち並ぶ風景を知っていた。私が今生きる世界は中世のヨーロッパに似てるなぁなんて思って、中世のヨーロッパってなんだ?となったこともあった。

そのことを相談しても理解してくれる人は一人もいなくて、私はずっと妄想癖のあるちょっと変わった子だと周囲から思われてきたのだ。

そして今日、私は思い出した。

前の私が死んだときのことを。

そしてようやく私の中でごっちゃになっていた二人分の記憶が整理され、分離して、私は前世の記憶を持ったまま生まれてしまったのだと理解した。戸惑いは少なかった。どちらかといえば、すっきりしたという感じが強いかもしれない。

自分がどうして死んだのかは割愛させてもらいたい。正直あまり気持ちのいいものでもないし、何よりそれはもう起こってしまって、終わってしまったものだからだ。とはいえ私が死んだあと両親や友達がどうなったのかを思うと胸が痛んで、そのあと三日ほど私は引きこもった。

布団を引っかぶってグズグズ泣く私を今世の両親や仲のいい使用人たちは酷く心配してくれて、それがまた前世での人たちを思い起こさせてつらくなった。けれど、それと同時に私は前世であっけなく死んだ大学生の私ではなく、リジーア・リートベルフなんだという意識を強くしてくれた。

それからすぐに立ち直れたわけじゃなかったけど、今度の両親も貴族として私と接しながらでも親として愛してくれているし、死んじゃったものは仕方ないよね!今世はせいぜい親孝行しよう!と私は前向きに生きていくことを決めたのだった。

そんな私が転生を理解してから半年後、王宮からの招待状が届いた。

なんと、今年十二歳になるエドウィン王子の婚約者候補を集め、親睦をはかるお茶会を開くというのだ。

いや~私も一応侯爵令嬢ですし~!まさかまさかで、殿下に選ばれちゃったりなんかして~!!なんて一瞬調子に乗ったが、鏡に映る自分を見てすぐに反省した。

残念なことに転生しても私の容姿は劇的に、特に美人方面には変化していなかったからだ。

ありふれたちょっと癖っぽい栗毛にヘーゼルの瞳。顔も多少彫りが深くなっているとはいえ、凄い頑張って中の上だろうか。両親も屋敷のみんなも、リジーア様は可愛らしいと褒めてくれるけど決して美人だと褒めてくれるわけではないし…。べ、別に悲しくないし!王妃とか興味ないし!

というわけで舞い上がったテンションを打ち落として、もはや地面にめり込ませて私は王宮のお茶会に向かったのだった。

綺麗に剪定されたバラが円形に囲む、王宮の中庭には合わせて十人ほどのご令嬢と三人のご令息がいた。ご令嬢がたはおいといて、ご令息のほうはたぶん殿下の男友達候補として連れてこられたのだろう。とすると、三人とも未来の公爵とかそこらへんか。

ご令嬢方のつけている香水が野外なのにまとわりついて、せっかくのバラの香りを消してしまっている。

はなからやる気のない私といえば隅のテーブルでお菓子をつまんで、十歳前後のご令嬢方が早くも誰が一番最初に殿下に挨拶するか大人顔負けな様子で牽制しあう様子を微笑ましく眺めていた。

みんな子供らしく遊べるのは今だけだろうに…。

両親からとりあえず楽しんでおいでと期待ゼロで送り出された私と違って、他のご令嬢はその小さな背中に家を背負ってきているのだろう。

まあ、中には殿下に会ったことがあって本気で殿下が好きで来ている子もいるのだが。

その一人が、ブルンスマイヤー公爵家のカテリーナ様だ。

真っすぐな銀髪に気の強そうな青い瞳。将来美人になるのは確実だが、たぶん意地の悪そうなとつく感じだ。

カテリーナに睨まれている子たちをかわいそうに傍観しながら、早くも婚約者争いから脱落している私は首をひねる。なんとなく、カテリーナに見覚えがあったのだ。私はまだ社交界デビューもしていないし、会ったことなどないはずなのだが…。

と不思議に思いながらマドレーヌをかじる私の横に誰かがやってきた。

もしかして私と同じくやる気のないご令嬢が!これは戦力外同士、仲良くしようではないかとワクワクして横を向くと、見えたのはフリフリなドレスではなく男性物の上着。

殿下のお友達候補にいたうちの一人、真っすぐな黒髪が印象的なほっそりとした少年だ。

こ、これは話しかけた方がいいのだろうか?いやでも、前世足して彼氏いない歴三十一年の女がそう簡単に男の子に…!親戚の子と思えば…。無理無理!だって私この子といまは同い年で、なんだかんだ言ってこの世界では十歳なわけで。

脳内会議が大混乱する私に、少年は長めの前髪からのぞく灰色の瞳を向ける。

ぎゃーーー!!何この子、めっちゃ美形!細く涼し気な目元はよく見ると垂れ気味で、鼻筋もすっと通ってて…あれ、でも、なんか見覚えが…?

「君はあの中にいかなくていいの?」

少年はパステルカラーのドレス集団を指さす。

いやいやあんな恐ろしい所、私みたいな身分以外平々凡々な女がいけませんよと内心おののきながら私は勢いよくブンブンと首を横に振る。

「そう…」

少年の短い返事に肩透かしを食らう。話しかけてきたわりには興味薄いな、おい。

「あ、あの私、リートベルフ侯爵の娘、リジーアと申します」

家庭教師の先生に教えてもらった通りの淑女の礼をして、自己紹介をする。実は身内以外にするのはこれが初めてだったりするので、相当緊張していた。

少年は温度のない瞳で私の礼を受け取った後、自分も名乗りをあげた。

「僕はベルンハルト・ユース・ブルンスマイヤー。よろしく」

「は、はい」

「あそこで威嚇しているのが僕の妹のカテリーナ」

「威嚇…」

ベルンハルトはぼんやりとした雰囲気のわりに意外と毒舌なようだ。たしかに今にも毛を逆立ててシャー!と威嚇する猫に見えんこともないような。

いや、そんなことよりも、ベルンハルトという名前が異様に引っかかる。それにカテリーナという名前も…。

この二つの名前を私はどこかで見たことがある。

どこだったろうか…。貴族名鑑?いや違う。たしか……画面。そう画面だ。それもテレビの―――

その瞬間、黄色い悲鳴が響き渡った。殿下が現れたのだ。パステル軍団がざわざわと揺れている。

私はさび付いた玩具みたいになって、ベルンハルトから殿下に視線を向ける。

中央のテーブルでカテリーナから挨拶を受ける殿下はまさに理想の王子様だった。金髪碧眼で優し気なまなざし。十二歳とは思えない気品をまとったその美少年は、まさしく私が前世でやった乙女ゲームのメイン攻略対象の幼少期スチルそのものの姿だったのだ。

ただの偶然だと否定する間もなく、ずっと引っかかっていたカテリーナとベルンハルトについての記憶を思い出し、私はさあっと血の気が引いていくのを感じた。

「大丈夫?」

「だ、大丈夫です」

ごめん。全然大丈夫じゃない。私のことは気にしなくでくれ。いや、気にしないでくれください。

パニックながらも私はなんとか微笑みを貼り付け、恐る恐るベルンハルトをうかがい見る。

実はこのぼんやりした美少年こそ、乙女ゲーム『ライラックの君』エドウィン王子ルートにおける最大の悪役なのだ。ちなみに、彼の妹カテリーナはいわゆる悪役令嬢。

とにかくあふれ出てくるゲームの思い出をパンクした頭でどうにか整理しようと私は俯いた。グラグラと足元が揺れて、なんだか気分が悪い。

座り込みそうになったところを誰かが私の手を握って繋ぎ止めた。それはベルンハルトの手だった。

「え!」

彼はさっきまでのぼんやり具合が嘘のようにドレスの森をたくみにかき分け、殿下に一言断りを入れて戻ってきた。かと思うとさりげなく私の背中に手を添え、近くの騎士に彼女が具合が悪そうなので少し休ませたいと用意された休憩室まで私を連れて行ってくれた。恥ずかしいことに私は成り行きを見守ることしかできなかった。

バラの通路を通って、私の歩幅に合わせてゆっくり歩く背中が随分と頼もしい。ゲームの舞台である貴族が十五歳から通う学園でたしか彼は殿下と同じ三年生だったから、私の二歳上のはずだ。

今日はとても天気が良いのになんだか肌寒くて、繋いだ手だけがじんわりと温かかった。

休憩室につき、慌てる王宮の侍女を手で制しベルンハルトが言う。

「具合が悪いようなので、少し休ませたい。何か温かいものを持ってきてくれないか」

人間慌てている人を見ると冷静になるとはよく言うが、私の顔色がそんなに悪いのか大慌てする侍女さんをみてハッと気を取り直すことができた。

「ベルンハルト様、ありがとうございます。でも、少し気分が悪いだけで私は」

「そうか」

と言葉を遮って私を椅子に座らせ、自分は横に座ってしまう。

絶対そうかじゃないよね?人の話聞いてる?い、いったい何を考えているのかわからん…。

というかベルンハルトってこんな無表情キャラだったっけ?ゲームに出てくる成長した彼は、人当たりが良くていつも穏やかな微笑みを浮かべているが本心を巧みに隠す計算高い、いわゆる裏表のあるキャラだったと覚えているのだが。まぁ、おいおいそうなっていくのだろう。

「殿下とお話ししなくてもよろしいのですか?」

「いいんじゃない?」

え~~…。ゆるすぎだろ…。

その後出された温かいハーブティーを飲んで、私の迎えの車が来るまで一時間ほど他愛もない話をした。主に私が乗馬に興味があるといって、ベルンハルトがぽつぽつと馬について教えてくれたわけなのだが、どういうわけか彼は私とずっと手を繋いだままだった。

一度お茶が飲みにくくないかと尋ねると、左利きだからとしれっとかわされてしまった。おかげで私の左手はあったまったわけなのだが。

「ありがとうございました」

迎えの車が来て少しはショックが収まった私はお礼を伝えたが、ベルンハルトは相変わらずの無表情だ。でもたぶん根はいい子なんだと思う。おかげでここが乙女ゲームの世界だったっていう混乱にぶっ倒れることもなかったわけだし。まぁ、彼こそが一番危険な将来の悪役になっちゃうかもしれないわけなんだけど。

なんて不躾なことを私が考えているとベルンハルトは初めて、ほんのちょっと本当に笑ったのかってくらいだけど微笑んでお茶会に戻っていった。うーん。わからん。

心配する御者に適当に返事をして、帰りの馬車に揺られながら私は静かに考える。どうやら私は乙女ゲームの世界に転生なんていうネット小説にありがちなことをしてしまったようだが、主人公なんてとんでもないただのモブに転生したようである。

ならば私のとる行動は簡単である。

このままモブとしてゲームのシナリオに関わらず、傍観を楽しみながら親孝行し、高望みしない幸せを探せばいい。いやだって、私には私の人生がありますからね?めんどくさいことは嫌ですからね?

しかし私の決意はその数日後、はかなくも撤回せざるを得なくなったのである。

ブルンスマイヤー公爵から私の父に、彼の長男ベルンハルトと私の婚約を申し込む書状が届いたのだ。