I Become a Staff Officer in the Demon Army, but I Can Only Do Office Work!
If you're busy, you can have more people.
猶予期間は終わり、各部局を訪れて会議を重ねて調整を終えたところで、事務仕事は一気に増えた。
洗礼と言う奴である。
つまり、ウザったい部署に無駄に仕事を押し付けて麻痺させて不要論を唱えよう計画の第一波だ。
「魔王軍ってわかりやすい奴しかいないですね」
「直情型の魔族が多いというのはよく聞きますが」
そう考えるとソフィアさんのような感情の起伏が激しくない人って結構貴重な存在だな。
それはさておき、増えた仕事に対する策を考えなければならない。
対策なんてものはそう多くはない。
仕事を減らす、労働時間を増やす、労働者を増やす、効率を上げる。
だいたいこの4つだろう。
だが仕事は増える一方なのは目に見えているし、これ以上労働時間が増えたら過労死してしまう。
効率を上げようにもパソコンとかがないため限界はある。それに効率を上げようとして質が落ちてしまう可能性もある。
「ソフィアさん、事務仕事が捗る魔術ってありますか?」
「……そうですね。魔術はありませんが薬ならあります。なんでも開発局が数年前に開発したという魔術の薬で、飲むだけで集中力が上がるという……」
「ヤバそうな雰囲気しかしないんでやめておきますね」
ついでに開発局は本当にヤバい。自重しない。疲労がポンと抜けそうな薬と言えば聞こえはいいがその実態は例のアレである。
そうなるとやはり人員を増やすしかないわけで。
「陛下に頼んで人員増強の陳情をしますかね。前から言ってはいるんですが……今度は強く言いましょう」
という、ごく無難な対策が決定された。
兵站局の人員増強についてヘル・アーチェ陛下に相談してみたところ、返ってきたのは少し意外な言葉だった。
「いいだろう。……と、言いたいところだが少し難しい」
「というと?」
「簡単だ。君があの会議の場で弾劾した不正、それを行った者、関与した者、見て見ぬふりをした者が相当数いてな。そいつらを処刑、拘留、更迭、降格、前線送りなどの処分を行った結果、人手に余裕がなくなってな」
「……それはなんと言いますか、申し訳ございません」
あの場では夢中だったけれど、なるほどそのような障害が発生することは考慮の外だった。
ちょっとまずかったかな……と考えたが、陛下はすぐに首を横に振った。
「君が謝るようなことではないよ。元々私が部下の管理を怠ったのが原因だし、なにも処罰を加えないのもまた問題だ。これは必要な措置だよ」
「そう言っていただけると幸いです、陛下」
が、そうは言ったところで困ってしまった。
魔王軍内での人事異動はかなり厳しいものになってしまったのだ。不正を行っていた者の後継には、不正をしていないとされる有能な者に席をあてがわれたため、有能な人材がいなくなってしまった。
ただでさえ枯渇する魔王軍内の人的資源、そんな原因を作った兵站局がさらに他の部局の事務作業を圧迫させるようなことを言えるだろうか。
俺には無理。
となると、対策はひとつしかない。
「……陛下、民間から人材を登用する許可を戴きたいのですが」
「民間から……? つまり、どういうことかな?」
「簡単です。魔都にある多くの組織から、職人ギルドにせよ商業ギルドにせよ、工房にせよ商会にせよ、それらで働いている者を魔王軍に移籍させるのです。そうすれば、魔王軍内での人材不足に対応できます」
「だが民間の方では人材が不足すると思うが?」
「そうですね。ですがそれは民間がなんとかする問題でもあります。もしそれの対策を考えるとすれば……例えば長期的には、魔都のみならず大陸全土の教育を改善して人材の底上げを企図するのが良いと思います。が、まずは短期的な解決法はヘッドハンティングです」
「……ふむ。ま、そうだな。それしか方法があるまい。だがそうなれば当然、給与の問題がある。つまり、元いた商会なり工房より魅力的な案を出さねば相手が受領しないだろう? その点はどうするつもりかな?」
「それはやむを得ないでしょう。需要の高い分野の人材は、いつだって報酬が嵩みます。需要が高いのに給与が安いというのでは誰もやりたがりませんから」
つまるところ、現代日本における長距離トラック・バスの運転士のような問題だ。
輸送コストを下げたい。だから運転士の給与も下げて徹底的にコストカットをする。でも長距離運転士は結構疲労がたまる仕事だし拘束時間も長い。供給に対して需要過多だから採用されたらほぼ確実にこき使われる。給与が安くてこれじゃあ、誰もやりたがらず、人が集まらない。
トラックに限らずどこでもその問題はある。
それを「若者の○○離れ」と言って現実逃避する前に労働者の待遇を改善しろ、という単純な経済学上の基本的な問題を誰も理解していないところに、問題の本質はある。
奴隷解放は「奴隷に給料と休日を与えて消費を底上げする」という経済的事情から始まったのだ。現代日本はその真逆の行為をしている。
……という話は今は関係ないか。危うく私怨でいろいろ語りそうになった。
「人件費が嵩むことよりも、人を雇って生産性を上げることの方が重要ですよ。24時間365日働ける者なんていないんですから」
「そうかな? 確か開発局が作ったと言う例の薬――」
「その話はやめましょう。というか開発局にはその薬の製造を止めさせて下さい」
「え? あぁ、うん。そうだな、そうするか……」
危ない危ない。危うく魔王軍後方要員が全員汚染されるところだった。
「それはさておき。民間の人材登用については了承しよう。ただし、君が『人間』であるという立場がある――あぁ、誤解しないでくれ。私は君を信用している。あくまでも一般論だ――以上、君がまた独断で人材を登用すると言うのは苦労が多いだろう」
「お恥ずかしながら、仰る通りで」
まず魔都に降りた時点で囲まれる。だって人間だもの。
不倶戴天の敵が魔都をうろついていたら殺されても文句言えない。
それにいきなり知らない奴から「おう、お前ん所の優秀な人材うちに寄越せや」なんてことを言えば当然反発が巻き起こることは必至である。
「なら、私が仲介しよう。これでも一応魔王だからな、顔は広い」
ちょっと陛下の言葉に棘があって、それは見事に俺に突き刺さる。
完全に俺の責任なので申し訳ありません。陛下は良い人です。だからそんなに俺を視線で殺そうとしないでください。本当に死にそうになる。
「そう怯えるな。怒ってはいない」
「……本当ですか?」
「あぁ。ちょっと気にしているだけだ」
それは怒っていると言うのでは。
「まぁいい。懇意にしているギルドから何人か引っ張って来よう。人数や能力について、何か要望はあるかね?」
「いずれ規模が大きくなるので出来るだけ多く……と言いたいところですが、一気に人材を確保すれば方々に問題が発生するでしょう。教育の問題もありますし、とりあえずは2、3人で大丈夫です。そこから随時募集していく形で」
「わかった。それならギルドの奴らも納得できるだろう。だがそうなると、能力は高い方がいいかな? 恐らく将来の幹部となる者だからな」
「まぁ、そうなりますね。少人数でそれなりの成果を出さねばなりませんから」
将来的には、兵站管理部門は数千人単位の巨大組織になるだろう。
でもまだ発足したばかりだし、従来の補給部隊である輸送隊も別にいる。今後はさておき今はちまちまやる。そのための土台をつくるところから始めるのだ。
「とりあえず事務全般がこなせる者。当然、読み書き計算が十分にできる。コミュニケーション能力はあればいいですが、この際贅沢は言いません。言葉が通じれば」
ウホウホしか言わないゴリラみたいな奴が来られても困るからな。
あぁ、あとは人間だからと言ってすぐに殴りかかってくるような奴も遠慮したい。
「可能であれば、経営状態がよろしくないところから引き抜いた方がいいかもしれません。そういうところは得てして、待遇が悪いですから。そしてそういうところは待遇を改善した途端に士気が上がります」
ソースは俺。
「なるほど、そうだな。わかった。まぁ数人程度ならすぐに見つけられるだろう。早ければ明後日には新人と対面できるだろう。楽しみにしておけ」
「ありがとうございます、陛下」
やはり、ヘル・アーチェ陛下は理想の上司である。