『Mayday Mayday Mayday! こちらマリーン08、緊急事態発生、緊急事態発生! 多数の飛竜が此方に――クソッ! 右翼に被弾した! 高度が維持でき――』

『――アーサー04より作戦行動中の全部隊へ! マーリン08は敵飛竜によって撃墜された! 繰り返す、マーリン08は撃墜された! 現在我が部隊上空に、多数の飛竜が飛んでいる!』

『なにがどうなっている!? 誰か状況を!』

戦場は、阿鼻叫喚となる。

余裕モードだった人類軍はその急激な状況の変化について行けず、混乱の極地にいた。

いや、余裕モードだったからこそ、混乱を極めていた。

最前線にいたアーサー小隊が、その混乱の最大の犠牲者だった。

『敵影視認! 小隊全車、対空射撃開始!』

アーサー小隊が駆る戦車には、防御用の対空機銃が存在する。

防御が貧弱な飛竜に対しては有効であるものの、機動力があるため命中させるのは難しい。

それでも敵の攻撃を抑止する程度の効果はある。

『隊長、最優先目標はどうしますか!?』

『できるだけ攻撃を続行、でも無茶はするな! 上を常に見ていろ! すぐに援軍が来る!』

濃密な対空弾幕射撃を行うこと六〇秒、最初の増援がやってくる。

しかしその間にも飛竜は最優先目標、即ち魔王に近づこうとしたり、小隊を攻撃しようとして低空に降りる。

『こちら哨戒中の第三一五制空小隊、コールサインはリーガル。哨戒任務を中断して邀撃行動に移る!』

『助かる、リーガル隊!』

人類軍増援第一陣は、布張りの複葉戦闘機がたったの四機。

しかしそれでも、アーサー小隊にとっては救世主に見えただろう。

エンジンを積んだ戦闘機隊は、速度と機銃の威力を生かした一撃離脱に努めて精一杯迎撃する。その戦法によって、幾度となく人類軍は魔王軍飛竜隊を退けてきた。

しかし飛竜も、体を自在に動かして揚力を自在に変化させることができる。旋回性能に勝る飛竜は格闘戦において無敵であった。人類軍戦闘機の一機が、飛竜に騎乗する魔族の火焔魔術に運悪く命中し火達磨になって墜落する。

しかしここで人類軍の増援第二陣である、二個制空中隊が到着。

それと同時に、魔王軍飛竜隊の主力も戦域に到着した。史上空前の空中戦が、アーサー小隊、そして魔王ヘル・アーチェの上空で行われる。

人類軍の戦闘機の銃口が火を噴き、一方の魔王軍の飛竜は文字通り火を噴いた。魔術師も、攻撃魔術を使用して人類軍の戦闘機を撃ち落とそうとする。

『ウィスール隊、右翼から行くぞ! 各騎散開!』

『一対一で戦うな! 数の利を生かせ!』

『陛下のために!』

『陛下の恩に報いるために!』

『たとえ死んでも、陛下は守る! 吶喊!』

『相手の格闘戦に乗っかるな! 馬力と高度を使って叩きのめせ!』

両軍兵士の声が空の中でこだまする。

さらに人類軍は周辺の戦闘機隊を呼び寄せる。

戦場は、魔王軍飛竜200騎に対して人類軍戦闘機120。しかし速度性能において人類軍戦闘機は飛竜を軽く凌駕し、徹底的な一撃離脱に専念した甲斐もあって人類軍に分があった。

しかしそれでも、明らかな士気の差はいかんともしがたい。

『ヘル・アーチェ陛下のために!』

魔王軍は死を恐れず吶喊する。

長きにわたって自分たちを守ってくれた魔王の恩に報いるために、彼らは命を賭して戦った。

しかしそれでも、飛竜は魔王に近づけない。

近づこうとするたびに、アーサー小隊の戦車が攻撃を加えて寄せ付けないのである。

運の悪い飛竜は騎乗者ごと、戦車砲によって粉々に爆砕されてしまうほどに。

魔王軍はジリ貧。

このまま航空優勢を維持できれば、いずれ攻勢を再開できる。

誰もがそう思っていた。そのはずだった。

『アーサー01よりCPへ。魔王は未だ動かず。航空優勢は疑いようもなく確保できている。砲兵隊に射撃再開の準備をさせてくれ。観測は我々が行っても良い。風が強くなってガスが散り始めている!』

アーサー小隊は再び余裕を見せて連絡するが、しかしなぜか応答がない。

『CP、応答せよ。繰り返す、応答せよ』

しかし、返事はなし。

『おい、聞こえているのか! こちらアーサー01。CP、応答せよ!』

そして今度は、応答があった。

いや正確に言えば、CPからの応答はなかった。

無線に入ってきたのは、方面軍司令部からの悲鳴であった。

『第Ⅶ方面軍司令部より警報! T、V各戦域に100以上のゴーレムが襲来! 稼働可能な航空隊は全て離陸し防衛行動を取れ! 繰り返す。T、V各戦域で魔王軍の攻勢だ!』

「なっ……」

それを聞いた全ての人類軍は、当惑し、混乱に拍車がかかった。

魔王軍が200以上の飛竜隊と、200以上の魔像を一気に投入してくるなど、今までなかったことである。しかもそれを多数の戦域で、同時に行ったのである。

そんな大規模な攻勢を実行できるだけの胆力と、なによりそれを維持する兵站能力が、時代に取り残された魔王軍にできるはずがないのに。

だがそれは、悲劇の序章に過ぎなかった。

人類軍の予備戦力が各々の戦域に向かう中で、さらなる悲鳴が第Ⅶ方面軍司令部にもたらされたのだから。

『ダレンハウル陣地より第Ⅶ方面軍司令部へ! 緊急事態発生、緊急事態発生!』

『こちら司令部、どうした!?』

『巨大なゴーレムが襲来! 指揮所が壊滅し――クソッ、ダメだ。こっちに――』

通信は、そこで終わる。

『何があった!? 報告せよ! ダレンハウル陣地、応答せよ! 繰り返す――』

それは、人類軍が魔王討伐という悲願に、ついに構っていられなくなった瞬間である。

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後世、人類軍が「ダレンハウルの悪魔」と評し、魔王軍が「機械仕掛けの軍神」と賞したとある魔像の、鮮烈的なデビュー戦。

「ふふふ、アハハハハハッ! これよこれ! これが見たかったのよ!」

笑うレオナの眼下、その巨大な魔像が動いている。

巨大な魔像は人類軍ダレンハウル陣地を暴れ回り、指揮所を破壊し、野砲を薙ぎ払い、人類軍兵士を踏み潰し、あらゆるものを破壊し続けている。

人類軍は対魔像砲や野砲で反撃するも、突如現れた魔像を前に対応は常に後手に回る。

超巨大魔像の装甲は並大抵ではなく、多少の損傷を受けても問題なく戦闘行動を続ける。

R戦域前線指揮所のあったダレンハウル陣地で暴れ回るのは、レオナ・カルツェットが生み出した怪物である。その名も――、

「その名も、マジカルスペシャルレオナちゃん参号!」

である。

「……やはり作戦名はアキラくんに任せて正解だったな」

そしてここまでマスレ参号(アキラ命名)を収納魔術で運んできたダウニッシュは、レオナのネーミングセンスを間近で確認して溜め息を吐いた。

このマスレ参号は、マスレ弐号をベースに開発された改良型の超巨大魔像。

魔像性能評価試験で明らかになった欠点を修正して、さらに魔石(と予算)を投じて作られたのである。

「ん? ガウルちゃんなんか言った?」

「いいや、別に」

そして阿鼻叫喚の地獄絵図と化しつつあるダレンハウル陣地の上空で、レオナとダウロッシュは呑気に会話をしていた。

「それよりもカルツェット殿。重要施設を破壊したらもう用はない。さっさとずらからないとやられるぞ」

「えー……。ま、仕方ないか。愛する娘とはいつか別れなきゃいけない……でも活躍は十分見せてもらったよ」

そう言って、レオナは魔像操作術式を展開。

マスレ参号に使う専用の操作術式はレオナにのみ扱える代物である。それが、彼女がマスレ参号を娘と表現する理由だった。

「操作術式展開。魔像の思考回路を自動に変更。モード『ジェノサイド』に移行」

そして彼女の作ったマスレ参号改は、間違いなく強力な兵器である。

「ジェノサイドモード」という文字通りの虐殺命令は、たとえ開発者のレオナでさえ制御が難しくなるモードなのだから。

「さぁガウルちゃん! さっさと逃げないと巻き込まれるよ!」

「言われなくとも! 巻き込まれるのはごめんだ!」

怪物は、箍が外された。

あらゆるものを破壊する事だけに専念した魔像は、まさに「破壊神」となって人類軍を襲う。

レオナとダウニッシュが飛竜にしがみついて一目散に逃げようとしたその時――、

「――待ってガウルちゃん!」

レオナが叫んだ。

その手に、自らが開発した通信用魔道具を握りながら。

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ヘル・アーチェは、信じられないものを見ていた。

自分が何とかせねば絶滅してしまう、そう信じて今まで必死に守ってきた魔王軍が、上空で命を散らしている。

それは自分を守るため。

でもそれは――とても美しい光景だった。

子供の成長を見ているようだった。

手のかかる子供が、成長して、今まさに自分を助けようとしている。

多くの者が打ち倒されている光景が、なぜか美しいものに、ヘル・アーチェは見えた。

人類軍戦車隊や砲兵隊からの攻撃は、既にない。

人類軍戦闘機隊も、統制を失いつつある。

その光景に、魔王は見惚れていた。

そして数瞬後、一騎の飛竜が降りてくる。

「陛下、乗ってください! あなたを助けに来ました!」

あぁ、なんと美しい光景なのだろう。

そう思いながら、誰かが手を差し伸ばしたその時――魔王ヘル・アーチェは気を失った。