海・水路の代わりに陸路を使い、

それでもダメなら砕氷船を使い、

人類軍に妨害されたら人工港湾建設を行い、

凍結した魔像の修理と改造を施し、

魔石鉱山の不正を追及し、

厳寒地のノウハウを取り入れ物資を運び、

連日連夜の事務作業と視察とを行い、

兵站局が一致団結してことに対処した結果――、

「どうなってんだ! 全然物資が回ってこないぞ! 兵站局というのは俺らを餓死させるために存在する組織なのかァ!?」

「生活必需品に加えて食糧品、さらには嗜好品まで不足している! この状況をどうするつもりなのか!!」

苦情が一杯きた! 無理! 死ぬ!

だって一日に必要な最低物資量と確保できている輸送量の絶対的な数字の差が大きいんだもの! こればっかりは現実的には無理!

「お前らうるせえぞ! んなこと言ったって1銅貨の足しにもならんぞ! むしろ仕事の邪魔になって物資が運べなくなるだろうがボケェ!」

「んだとこのチビ!」

「チビじゃねーよこのウスノロ!」

そして久しぶりに繰り広げられる、ユリエさんと戦闘部隊のバトルである。小さいけれど喧嘩に強いユリエさんによる象徴破壊(シンボルブレイク)、要は股間蹴り上げによって何人かのオークが廊下に転がる。

「局長さん! 追い払ったぜ!」

「ありがとうございます」

「そうだろうそうだろう。規定違反をしちまったがな!」

そう言ってユリエさんは身を乗り出して俺にジーっと期待の眼を向けている。

何かを待っているかのようだが……なんだろう。

なかなか答えを出さない俺にしびれを切らしたのか、ついにぶーぶー言い出す。やっぱりユリエさん子供なのでは? 実年齢的にはあまり俺と大差ないんだけれども。

「あー、追い払ったのはいいけれど魔王軍同士の喧嘩は禁止だったなー! しかも相手は階級が上だったのに蹴っちまったなー! やっちまったなー!」

という、白々しいまでの主張である。そう言えば久しぶり過ぎて忘れてたわ。

「……今は忙しいので冬が開けたら、でいいですかね」

「いつだよ!」

「3、4ヶ月先かな……」

「それ絶対局長さんこのこと忘れてるだろ!!」

はははー、そんなことないよー。

と言った感じで目を逸らして誤魔化す。ソフィアさんの淹れてくれるあったかいコーヒーが美味しい。結婚したい。

その当のソフィアさんは、堆く積まれた書類の山を俺の執務机にドンと置くついでに、ユリエさんを諭す。

「ユリエ様、今年の冬は例年とは違うのは知っているでしょう? こういうのはアキラ様が嫌いな言葉ですが……ここは我慢してください」

苦々しい表情でそう言っている本人が、その言葉を嫌っているという事だろう。

しかし俺が嫌がっているのは本当だ。部下に残業を強要するのは。

なにそのブラック。ブラックなのはコーヒーだけにしろよ。俺はブラック飲めないけどさ。

「……そういうことなんで、お願いします」

「…………仕方ねーなぁ……。局長さんはともかく、ソフィアさんに言われちまったらなー」

おい、ともかくってなんだ。

「とりあえず局長さん、忘れないでくれよ」

「忘れませんよ」

「本当かぁ?」

「……たぶん」

「信用できねー!」

安心しろ、俺が一番俺の記憶力を信用してないから。

んでもって悩みの原因たる溜まりゆく書類に目をやる。

そこには各地域・戦線ごとの不足物資の種類とその量が詳細に記載されているものもある。深刻な物資不足に陥り、作戦行動不能と判断されている戦線が3つ、そこまでいかなくても物資不足による積極的活動を禁止せざるを得ない地域がいくつか出ている。

それ以上に、頭が痛くなる書類があった。

「補給廠(ほきゅうしょう)物資貯蔵量と推移の緊急調査」と題された資料。作成者はエリさん。

その内容は、少し意外なもので、そして少し考えれば当たり前のことだった。

早い冬の到来によってもたらされた深刻な物資不足は、防寒用物資の需要拡大と準備不足からくる輸送力の不足が主因であることは周知の通り。

それによって各補給廠では物資が払底し、戦線にまで必要な物資が届かない事態が起きている――なんてことはないのである。

エリさん作成のこの資料によれば、各補給廠には物資は「ある」のだ。

品目によっては例年以上の貯蔵量となっている補給廠もある。

なのになぜ戦線は物資不足なのかと言えば、輸送力の不足である。

物資はあるのに輸送力が足りないから前線に行き届かない、というのもあるが、その他にも「補給廠同士の連携ができなくなった」というのも大きい。

当たり前だが、各補給廠によって増えやすい物資と減りやすい物資に違いがある。

例えば農業地帯に立つ補給廠であれば農産品の貯蔵量は増えやすいし、鉱山が近くにあれば魔石が、醸造所があれば酒類が増えやすい。極寒地域であれば防寒具や暖房用魔石の減りが早いだろう。

そういった偏りが出た場合、補給廠ごとに物資を融通し合うのである。

各補給廠が密に連絡を取り、そして中央たる我ら兵站局が大局的に物資貯蔵量と各地域の需要量、輸送力を加味して物資の移動を指示する。

必要であれば、戦線や基地同士で物資を融通する。

そうすることで物資を円滑に、必要なところに運ぶことができる。

こういうことができるように今まで頑張ってきたし、実際それが機能し始めていたところだ。

が、現実は非情である。

「上手く回り始めたと思ったらこの冬、だったからなぁ……。なんつーか、全ては無駄だったというか、性格の悪い神の掌で踊らされてたというか」

「私もまったく同じ気持ちですよ、ユリエ様」

ガックリと肩を落とす2人。俺も同じ気分だ。

前線に運ぶことに心血を注いだ結果、非常に脆弱で繊細ながらも補給線の確保は出来つつある。

ただそれは、各補給廠から前線へと放射状に配置されたのである。そこには連携するために必要な輸送力が確保できていない。輸送用石魔像の凍結のせいで。

「こういう事態に備えての更なる輸送力の強化が新しい長期目標となったわけだけど……問題は目前の課題をどう処理するか……」

「局長さん、なんか物資が湧き出る魔法の壺とか持ってない?」

「持ってたら召喚されたときに使ってる」

そしてたぶん俺は用無しになって死んでる。

「お二人とも現実逃避してないでください。そんなこと言っても無い袖は振れないのですから……」

「それはまぁ、ソフィアさんの言う通りなんですが……」

物資の不足がこれ以上進めば、ロシアに攻め込んだナポレオン、あるいはドイツ軍と同じ運命を辿る。人類軍だってこっちの補給切れを知れば冬季だろうが一気に攻めてくるだろうし……。

どうすればいいかなぁ……。