人類軍は逃げる。魔王軍は追う。
「局長さん、次コレの処理な」
「……はい」
そして俺は仕事に追われる。
「なんだなんだ、局長さんはやっぱりソフィアがいないと何もできないのか? 愛しのソフィア、早く私の下に戻ってきてくれ! って感じで」
「そんな台詞を吐くやつ、今頃小説の中にもいないよ」
「え、マジで?」
今日も今日とてユリエさんは平常通り乙女だ。
大規模攻勢作戦「常闇の宴」はいよいよ佳境。それもあって兵站局は大慌て。
攻勢作戦の兵站経験に乏しい我が軍に追い打ちをかけるかのように入ってきた魔王海軍の敗北の報。海上補給路の確定ができず急遽組むことになった陸上補給路による新規兵站計画の再策定と現地の有機的な補給計画を同時にやらなければならなかった。
故に俺とソフィアさんはわかれて、俺が魔都に、ソフィアさんが前線にいる。
どう考えても男である俺が前線にいるべきなのだろうが……
「もし万が一局長様が死んでしまったら元も子もありませんわよ?」
というエリさんの言葉で無理矢理納得した。
「前線にいるソフィアさんが死んでしまった」という自体が起きてしまったら俺は後追い自殺も考えるほどに鬱屈しそうであるが……。
「まぁ、ソフィアさんは陛下のお気に入りでもありますから大丈夫でしょう」
「親子みたいなもんですからね、あれ」
そうは言っても心配なものは心配だが。
しかしそれはそれとして、目の前の仕事を片付けなければならない。
他人の心配をする余裕というのが今の兵站局にはないのだ。
「あ、エリさん。そこの地図取ってくれますか?」
「えっと……これですか? 等高線の描いてある……」
「あぁ、それです。等高線じゃないですけど」
エリさんから受け取った地図には等高線のような水平曲線が描かれているが、これは等高線ではない。
標高を表した図ではなく、魔都、あるいは各補給廠から前線に向けて大規模輸送用魔像を使用した場合の所要時間を示した線、等時線である。
「これを使うことで魔都からどれくらいの所要時間で各基地や前線につけるかが視覚的にわかりやすくなるんですよ。まぁ、インフラの整備や魔像の改良をする毎に改訂が必要なのが玉に瑕ですが」
だからあくまでも参考資料とでしか使わない。
大規模補給廠には同様の地図を配布しているが、作成したのがだいぶ前なので正確ではない。でも視覚的なわかりやすさは時刻表なんかとは比べ物にならない。
「ユリエさん、この処理についてはエデビンス基地がいいと思います。ついでにその基地から不要廃棄品を魔都に輸送させてください」
「おっけい!」
そんな感じで重宝しています。作成したのは勿論兵站局……ではなく、俺の無茶ぶりに答えてくれた測量部隊である。
測量も立派な軍隊の後方支援業務なのだ。
「人類軍を追い出した後は占領地での等時線地図が欲しいところ。測量部隊には益々の活躍を祈っているところです」
「はぁ……」
なんかエリさんが冷めた目をしている。なんでやろなぁ。
兵站計画改定作業は思いの外上手く言っている。乱暴に言ってしまえば土台がある分、海軍とかいう無能をなかったことにするだけで完成するのだ。
なのだが、この世にはわからぬことばかり。
前線にいる魔王陛下の使いだと名乗る伝令将校から告げられた言葉に、俺は椅子からずり落ちそうになった。
「……魔像運用新戦術に対する兵站支援…………」
どう考えても陛下が考えた作戦じゃない。レから始まる疫病神の仕業だ。
はやくヤヨイさんが技術のトップにならないだろうか。あの天使ことヤヨイさんは作戦にまで口に出さないはずなのだ。
「あの、局長? どうしますか?」
「やるしかないですよ。陛下の伝令ってことは勅令ってことなんですから……」
これはまた面倒なことになってしまった。
さて、このレオナ・カルツェットの野郎が考えたと思われる「魔像運用新戦術」について解説するとしよう。
魔像の機動力のなさを補うために行われる空陸一体の作戦。
ていうか、作戦前に陛下が考案した魔像の空挺降下作戦である。
技術的・魔術的制約からそれらの戦術は忘れ去られた……かに思われた。
「しかし、レオナ・カルツェットの天才的発案によってその問題は一挙にクリアしたのである! 崇め奉るがいい!」
という声がアキラの脳内で幻聴として駆け巡る。目の前にいたら実際の声として聞こえただろう。
その天才的発案というのが、魔像ならではの解決法。
すなわち、現地生産である。
思い出してほしい。
魔像は、安い物なら石や土、樹木といった自然物で出来ている。当然装甲はないに等しく戦闘力も乏しいのだが……これには前提条件がある。
つまり有効な対魔像戦力を保持しない後方地域への空挺降下時の戦力として見るのなら、これでいいのである。
「現地にて魔像の製造魔法を使える魔術師とそれを守る精鋭部隊を飛竜に乗せる。そして飛竜から空挺の如く降下する……まぁパラシュートがないからヘリボーンに近い形になるか……」
「よくわからない単語が聞こえましたが……まぁ、カルツェット技師の理屈は通っていますわ。問題となるのは現地製造用の魔石と魔術師の確保、それを乗せる飛竜の確保ですわ。飛竜の確保は前線部隊から抽出するでしょうからこれは魔王陛下あたりの仕事ですが……」
「前者に関しては我々の仕事……というより、前線での兵站指揮を執るソフィアさんの領分に近いですね」
「えぇ」
どういった敵地空挺降下作戦を行うのかはわからない。
しかしこれが作戦の成否を左右する重大性を持つことは否めない。
「エリさん。ここはいいので、前線に行ってソフィアさんたちの作業を手伝ってくれますか? ここは私とユリエさんで十分ですので」
「了解いたしました。明日、準備出来次第向かいますわ」
確かに十分理屈は通っている。
理屈は通っているのだが、それを直前になって「やれ。そして準備しろ」と言われてはたまったものではない。そもそも技術屋が作戦に口を出すなど……!
…………ペルセウス作戦のときに兵站屋が作戦に口出してた気がするから糾弾はやめておこう。
「あーーー早く戦争終わらねーかなーーーーー!」
そんなできないことを言うくらいしか、今はやることがない。