I Don’t Care, So Let Me Go Home!

[Nonsense] I don't care, but I swear the shadow.

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遠ざかる馬車を見送りながら、今回も(・)してやられた事に苦々しく思う。

馬車の中で何を話しているのか、探ろうにも彼女(・・)の手の者の防衛網を突破することが出来ない。

・・・それだけ警戒するということはまだ何か隠している、ということの証左ではあるが。

踵を返して館へ戻る。これ以上ここにいても得られるものはもう無い。

戻る道すがら、あの忌々しい彼女との夜を思い返す。

次に活かすために。主人を守るために。

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それは三日月の夜。月明かりはほぼ無く、新月の次に夜間に活動するにうってつけの状況だ。

主が公爵家の茶会に招待した人間の調査は間もなく終わる。

3人までは恙無く終わったものの、残りの二人に少し手間取ったが、それも今夜全てが明らかになる。

ルルリーア・タルボットの館へ向かわせた部下が上手く入り込めなかったことに違和感を感じるが、それ以上に警戒すべきなのは今から向かうサラ・ウェールの周囲だ。

どれだけ調査しても、彼女自体にさして不審な点は無かった。

病弱な令嬢で、公に殆ど顔を見せておらず、学園での成績も平凡。特筆すべき所は何処もない。

だが。

タルボット家と同時期にウェール家へ差し向けた部下が、消えた。跡形もなく消えた。

恐らく消されたのだろう。・・・・有能な部下を失ったことに、己への苛立ちが募る。

だが、一体誰が、部下を排除したのだ?

当主である、ウェール伯は『生涯現役』を公言する実直な騎士で、とてもこのような腹芸をする人間ではない。

その妻も、自領から殆ど出ておらず、レースの消費量が異常なぐらいで、こちらも違う。

・・・となると彼女の弟か?そこそこ優秀ではあるが、現在学園に通っている筈だ。王都の別宅まで手を広げられるような逸材には見えなかったが。

「・・・頭(かしら)」

「わかっている」

それも、この館(ここ)を調べれば理解ることだ。そして、その後にルルリーア・タルボットの館へ行けばいい。

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・・・・一体どういうことだ?

どこにも、異常な点はない。館へ侵入したが何の反応もなく、ありきたりの警戒網しかない。

娘に至っては、寝ている部屋に侵入されたと言うのに、起きる気配すらない。

いや・・・・一室だけ、妙に違和感を感じる部屋がある。

ただの手抜き警備にも見えるが、誘われているようにも見える、この矛盾した違和感。そして嫌な予感。

「此処で待て」

部下を置いて、そこへ自ら向かう。主に内密で行動しているのだ。これ以上部下を失う訳にはいかない。

それに、今までの経験から、この首筋がチリチリするような嫌な予感は、無視すると碌な事がないことはわかっている。だから今回も無視をする訳にはいかない。

音を殺して、その扉を開ける。

そして。

そこには、居るはずのない、調査対象の少女が居た。

「御機嫌よう、『名も無き影』さん。今宵は綺麗な三日月ね」

悪夢のように嗤う彼女に、絶句する。

-----何故彼女が、サラ・ウェールが此処に居るんだっ!??

「あら、驚いて頂けたかしら?良かった、仕掛けた甲斐があったわ」

「・・・ッ」

思わず声と気配が漏れる。その瞬間、部下諸共敵に包囲されていることを悟る。

・・・くそっ!

手を合わせて喜ぶ彼女は、見た目通り悪戯に成功した少女そのものだ。だがその裏には得体の知れない何か(・・)がある。

嫌な汗をかくなど何年ぶりだろうか。

「あぁ・・それにしても」

「!?」

感極まったように言う彼女の様子がガラリと変わる。

もう仮にでも『少女』などと思えない。

「貴方みたいな、一流の諜報員が、こんな小娘の面前に顔を晒すなんて・・・」

まるで賞賛するかのように熱のこもった目で見てくるが、間抜けにも罠に引っかかってしまった後では、嘲笑っているようにしか見えない。

「如何かしら?駆け出し小僧みたいな、こんな失敗した気分は?」

こちらを煽るようなことを、平然と、楽しげに、彼女は言い放った。

・・・・殺してやろうかこの魔女めがッ!!

耐えきれず殺気が漏れる、が目の前の魔女はやはり少しも揺らがない。

「愚弄するためだけに、態々待っていたというのか」

「嘲るなんてとんでもないわ」

大げさに手のひらを上に向ける魔女。

・・・・・・・・・・これはこちらを揺さぶるための演出だ耐えるんだ、耐えろ。

「弱点(アイリーン)が丸見え状態なのに、それでも彼女を守って。でも彼女を守ろうにも、主人(アイリーン)に忠実な貴方は自由に動けない、こんな縛りだらけの貴方を嘲るなんてそんな事、私には出来ないわ?」

正確にこちらの弱点を理解してやがるこの魔女め。

この分では魔女を殺した後、主に何があるかわからない、と躊躇するのも計算済みか、くそっ。

「・・・何が望みだ」

「ふふふっ、そうくるわよね?」

そう嗤うと、魔女はひたりとこちらを見つめてきた。

「ルルリーア・タルボットには、手を出さないで頂戴。もし手を出したら・・・・」

目が合う。恐ろしい魔女の、深く暗いの谷間ような、死の淵を覗き込むかのような、その黒い目と。

「貴方の主人を、どうしようかしら?」

「っ」

ああ、この魔女はどんなに警備を強化しても必ず主人に何かをやる、そう思わされてしまった。

・・・・このために、これを言うために、自身の実力を証明するために、わざと我々を引き入れたかッ!この魔女めが!

「・・・・」

「沈黙は了承と受け取るわ。あぁよかった!そう、せっかく来て頂いたのだもの、お茶でも如何?」

・・・そう言いつつ魔女が敷いた包囲網が、ギリギリ部下たちを助けられるだけ緩む。

用が済んだから帰れ、というわけか。

返事をせずに、その場から消える。これ以上この魔女と対峙してこちらの情報を渡してたまるか。

屈辱にも彼女から逃げるように部下たちを回収して館へと急ぐ。

・・・それにしても、あの魔女に守られるルルリーア・タルボットとは一体何者なんだ? 

頭を捻らせながら館へ着くと、ご丁寧にも門の前に、あの魔女の家へ向かわせ消えたはずの部下が梱包されて放置されていた。

その懐を漁ると、一片の紙が捩じ込まれていた。

嫌味なほど綺麗な筆跡で一言。

『またいらしてね?従者さん』

・・・・あんの、魔女がぁぁぁ!!

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タイを締めながら、お嬢様の元へ急ぐ。

私に『人間らしさ』を教えてくださった、彼女の元へ。

お嬢様を全てから守りたい、その思い(すき)のせいで、あの魔女に負けたのかもしれない、

それでも私は、お嬢様を守ることをやめられない、この気持ちを失うことも出来ない。

・・・・あの魔女の弱点が『ルルリーア嬢』であることは、今回の茶会ではっきりと理解った。

これからは、こう簡単には行かない。

だが一体、あのルルリーアという少女は、本当に何者なんだ?

どんな凄腕の諜報員ですら、あれほど貴重な情報を手に入れるために、どれだけの時間と労力が掛かることか・・・・。

ああ、いけない、早くお嬢様の元へ行かなくては。

嘆くお嬢様を慰めるために、鎮静効果のある紅茶でも淹れて差し上げよう。

更に足を早めて、私は私の主人の元へ、急いだ。

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