----荒川功樹 視点----

真剣な表情をした母さんが扉の前に立っていたので、俺は必死に考える。なんか怒られるような事をやったか? 最近は特にしていない筈だ。最後にやった事と言えばマッチョがコレクションしているウイスキーにタバスコを入れるというイタズラだったが、まだバレていない筈だ。

「丁度全員が居るみたいね。大事な話があるの、時間いいかしら?」

そう言ってきたので、俺は皆に目配せした後に母さんを部屋に入れる。椅子に座った母さんはアリスの捻じ切ったボトルを手で触りながら『どうやったの?』と聞いてきた。なんとも言えない顔で全員が押し黙っていると、コホンと咳払いをしてから話始める。

「大事な話をする前に、まずは皆は『自分達が行なってきた』事に対してどれだけ自覚しているかしら」

なんの事だ? 俺達が行なってきた事って言っても、そんな大した事はしてないぞ。他のメンバーの顔を見ても疑問そうな表情をしている。

「功樹と居るせいで、感覚が麻痺しているようね」

おい母さん! どういう意味だよ。なんかそれだと、俺が諸悪の根源みたいな言い方じゃないか!? 確かに信吾とかと一緒に色々な研究をしてきたけど、出来上がったモノは母さんの二番煎じや偶然の産物だった筈だろ。どうしてそれがこんな、重たい雰囲気に繋がるんだよ。

「自覚が無いようだから説明するわね。アリスちゃん、貴女は人類史上で最悪と言われたウイルスに対する治療薬を発明したわ。信吾君、キミは高度なAIと新型のパワースーツを開発した。

相川さん、貴女は論文だけとはいえ宇宙開発の新たな概念を生み出した。因みにこのステーションもその論文が元になっているわ。そして皆に言うのは初めてだけど私が発表した論文、『母の数式』は功樹が3歳の頃に自力で導いた数式よ」

「えぇぇぇ!?」

皆の驚いた声が重なる。待ってくれ! あれはイタズラ書きが偶々その数式だっただけで俺が考えた訳じゃない、必死に俺が説明するが『もう隠す必要は無いの』と優しい目で遮られてしまった。そんな優しい目で言わないでくれ! 本当にアレは勘違いなんだよ。一体どれだけ説明すれば分かってくれるんだ。そんな俺の気持ちを一切ブッ飛ばして、母さんの説明は続く。

「その他にも、私の発表した研究内容の8割は功樹がオリジナルよ。私は功樹が必要以上に有名にならない為の身代わりだったの。ちなみに功樹は各国の首脳の間では『悪魔の子』なんて言われて恐れられてるわ、それもその筈よね。ここ10年の軍事技術の発展は殆ど功樹が行ってきたんだもの」

「功樹君、凄い……」

「荒川君って本当に天才だったのね」

アリスと相川さんが目をキラキラさせながら、俺を見つめてくるが全部勘違いだ。ただのアドバイスを俺が全部開発したように話を盛り上げるのはやめてくれ! 

もう収拾がついてねーぞ、おい。転生してからずっと思っているのだが、なんでこの世界の人達は肝心な時に俺の話を聞いてくれないんだ。なんかの呪なのか?

「今は学院という中立の国際組織に所属しているけど、卒業したらどうなるか分かる? 間違いなく功樹の取り合いになるわね。功樹を取り込んだら自国の発展に繋がるのが確定事項だから、最悪戦争になるかもしれないわ。そしてその事は皆も同じなの」

どういう事だ? なぜそこにアリス達が関係してくるんだよ。俺は頭を抱えるのを止めて母さんの話を真剣に聞き始める。

「学生の身分で皆は世界を変えるレベルの偉業を成し遂げたわ。卒業したら恐らく『保護』の名目でそれぞれの国で軟禁されるでしょうね」

「母さん、さすがにそれはオーバーでしょ」

俺が突っ込むと母さんは表情を一切変えずに返答してきた、『甘い』と。

「甘いわ、保護出来なければ適当な犯罪をでっち上げてでも拘束しようとするわよ。実際に今までも功樹に対してそのような動きがあったの、その度にお母さんとお父さんで処理していたけどね。残念ながら国家同士の駆け引き……政治とはそういうものよ」

じゃあ、どうすんだよ? そんな規模でこられたら普通の人間である俺達がどうこう出来るレベルの話じゃないだろ。大人しく従えっていうのかよ、そんなの俺は嫌だぞ! 皆だってそうだろ? 

母さんに言うとニヤリと悪そうな笑みを浮かべた。この表情はマッチョに『お仕置き』する時に浮かべる表情と一緒だ。

「功樹、あんまりお母さんをナメないで頂戴。私がその気になれば大国の1つや2つはどうにでもなるわ、問題は全世界が功樹達を『人類の敵』と認識した場合よ。それこそが、これからする大事な話───『箱舟計画』の内容に繋がるの」

なんかヤバイ事になってきたけど、母さんに任せて大丈夫なんだろうか? 俺は痛み出した胃をさすりながら母さんに話の続きを促した。

----荒川美紀 視点----

箱舟計画───、それは元々は私達家族だけの安全を考えた退避計画だった。当初の目的は問題が起こった時に、無人島か有人ステーションへの避難を計画していたのだが、新しい技術の開発や金銭面に余裕が出てからは計画自体をスケールアップしていった。最終的に『アラカワ粒子』の観測が一応成功したので、予定より早く計画を実行した。

『別次元移住計画』……それが箱舟計画の基本コンセプトである。詳しい内容としては、有事に備えて人間が住める環境の異世界を見つけ出し、家族と私達に付き添ってくれる約2万名を移住させる環境を整える事だ。

建設途中の『箱根基地』はその計画の為の隠れ蓑であり、完成後は異世界へ通じる『ゲート』を守る為の要塞の役目を担う基地になる。また副次的な目標として、コンちゃんがやがて移り住む場所を見つけるのも目的だ。

なるべく人間と同じような生命体が住んでいて、尚且つ文明があまり発展していない世界を見つけるのは困難だと思われたが、ここで月面遺跡から持ち帰ってきた『次元観測機』が役に立つ。観測機を用いる事によって現実的なレベルで異世界を探す事が可能になったのだ。しかも観測機にはイヴちゃんがきちんと英語で使用説明書をつけてくれていたので直ぐに使用することができた。

私がここまで皆に説明すると、驚愕の表情を浮かべているのが分かった。確かに御伽話のような話だが安全の為には仕方がない事だ……。そんな中で信吾君がいち早く立ち直り質問してくる。

「異世界に行ったとして、そこに住んでいる原生生物が襲ってきた場合はどうするんですか?」

「知性があり、話合いで解決できる場合は出来る限り穏便に解決を目指すわ。私達は侵略者ではないから、最終手段として島や半島に拠点を築いて周囲を高い防御壁で覆う事も検討しているの。ただし、未開の地を私達が開拓して住み着いたにも関わらず攻撃を受けた場合は実力で排除するわ」

私の答えを吟味するかのように黙った信吾君の代わりに、相川さんが手を挙げてきた。

「生活に必要な物資とかはどうするんですか?」

「現時点で最低でも5年間は生活できる物資の備蓄を始めているわ。更に備蓄は続けるつもりで、後々には生産プラント等の大型施設も持ち込むつもりでいるの」

相川さんが頷きながら納得すると今度はアリスちゃんが質問してきた。

「こちらの世界に戻って来れるんですか?」

「勿論よ。もし全てが取り越し苦労で、卒業後もこれ迄通りの生活が送れるのであれば『変った別荘』程度に考えて頂戴」

アリスちゃんは『それなら良いかな』と言いながら他の皆と同じように黙り込んだ。ところで功樹は一切口を挟んでこないが、どうしたのだろうか? 私が『何か質問は無いか』と問いかけると顔を上げて何時に無く真剣な表情で質問してくる。

「具体的に展開する兵力と兵器の内容、それと向こうの世界での政治的な話し合いの内容は?」

さすが功樹ね……、もう既にこの子の頭の中では異世界で生活する為に必要な要綱を纏め始めているのだろう。やはり修一さんと相談したように、功樹を異世界での代表にした方が良い。足りない部分は私達が補っていけば良いのだから。私は息子の成長に喜びつつ質問に答える。

「純粋な戦闘員は1万2千名で残りは科学者や技術職員よ、半数以上が戦闘員なのはどのような危険な事態にも対処する為ね。持ち込む兵器としては人数分の戦闘用パワースーツと数十機の作業用スーツ、航空機が130機に戦車・装甲車が200両。その他に技術作業用の車両は必要に応じて持ち込む事になる。

細かい武装に於いては軍事部の裁量に任されているけど、相応の兵器が持ち込まれる事になるわ。政治的な話し合いは情報部と広報部の人間が受け持つから心配しないで、間違いなく彼らはプロよ」

功樹は『なら良い』と言って、自分の思考の海に沈んでいったようだ。私は子供達全員の顔を見渡してから、なるべく優しい声で話しを続ける。

「今説明したのは、あくまで非常事態に陥ってからの話よ。でもそうなってから準備したのでは遅いから今から対策をするだけなの。夏休み中に箱根基地の方で皆にも協力して貰う事があるけど、『秘密基地』を作るぐらいの軽い気持ちで臨んでね」

不安を感じさせないように優しい声で説明した甲斐があったのか、皆の顔に笑顔が戻る。私はこの子達の笑顔を絶対に守り抜こうと決意を新たにした。

----荒川功樹 視点----

「異世界か……」

自分の部屋で天井を眺めながらポツリと言葉を溢す。前に事故で異世界に飛ばされた時は皆良い人達だったが、次に行く世界ではどうなるか分からない。正直不安な面も大きいがアリス達の安全の為には必要な事だと割り切るしかないのも理解できる。

まぁ先程、ビビリまくって一緒に行く軍人の数を聞いた限りでは結構な人数が同行するし、取り合えずの安全くらいは確保できるだろう。そんな事をぼうっと考えていると端末にメールが入る。

『予定を変更して明日地球に戻ります。帰った後は一旦自宅に戻って構いません。その後、都合が良い日に私が皆の家を訪問して、ご家族の方に今後の内容について説明を行います。箱根基地の方には後日集合して貰う事になるので準備だけはして置いて下さい』

母さんがメンバー全員に一斉送信したメールだった。どうやら母さんは本気で異世界に拠点を築くつもりでいるようだ、本格的にとんでもない事になってきたな。俺は夏休み前に感じた『嫌な予感』が現実になったのを感じながら、いつの間にか眠りに落ちていった。

2102年7月27日、国連上層部は混乱の極みにあった。数々の困難な任務を達成してきたアラカワ隊の隊長である『アラカワ シュウイチ』が突如として除隊申請を申し込んできた為である。時を同じくして所属していた隊員351名も除隊を申請、一時は軍事クーデターが発生するかと上層部を恐怖させたが、正規の手続きであった為に渋々ながらこれを認めた。

そして翌日……『アラカワ ミキ』が所属していた全ての研究機関を辞職、巨大複合企業『ノア』を設立させた。既に除隊していたアラカワ隊の面々はノアの軍事産業部門の1つである、PMC(民間軍事企業)部門に登録。以降はノア専属の傭兵として活動していく事となった。

また、日本にある『次世代科学研究所』と『空間粒子研究施設』に所属する職員の半数以上がノアに移籍。これを機にアラカワ派閥と思われる科学者・技術者が続々とノアへと移籍した為に、各国は慌てて規制しようとしたが既にほぼ全員がノアの保護下に入っていた。

更に各国に追い撃ちを掛ける情報が世界を駆け巡る───、世界中のマスコミを集めた会見で、『アラカワ コウキ』『サイトウ シンゴ』『アリス・アルフォード』『アイカワ メグミ』の4名が個人の『自由意志』でノアに所属する事を公式に表明。国家介入を予測したこの動きに、各国は全く行動を取る事が出来ずに傍観するしか方法が無かった。

世界はこの日を境に急速に動き出す……。