「……まさか、自分から呼び寄せることになるとは」

ギルドからの帰り道。

俺は同行するニノさんとロウガさんに聞こえないよう、微かな声でつぶやいた。

――ノアの行方を知っている者がいると伝えれば、剣聖ライザは確実にこの街へ来る。

俺が「あるもの」を取り出してそう教えると、マスターは怪訝な顔をしつつも連絡すると言った。

恐らくだけど、関わったら面倒だと判断したんだろうな。

マスターはあえて、俺に情報の出所などは聞いてこなかった。

とにかく、これで姉さんは間違いなく動くだろう。

日頃から体罰を与えたりする割に、こういうところは過保護なんだよな。

たぶん、俺のことを所有物か何かだと思っているからなんだろうけど……。

「これで、猶予は二週間ってところだな」

姉さんのために、ギルドは快速馬車を用意するはずだ。

あれならばウィンスターからここまで、だいたい二週間ほどで移動できる。

その間に事件を何とかして、この街を出なくては姉さんに追いつかれる。

余裕がないわけではないが、もし怪我をしたりしたら間に合わないかもしれない。

「申し訳ありません。大事な手札を切らせてしまったようで……」

俺の深刻な雰囲気を察して、すかさずニノさんが謝罪をする。

もとはと言えば、彼女がクルタさんの早期救出を訴えたことが原因だ。

しかし、こうなってしまってはもはやあまり関係ないだろう。

俺にしても、知り合いであるクルタさんを放置し続けるのはさすがに寝ざめが悪い。

ギルドが戦力を整えるまで、悠長に待ち続ける気はなかった。

「構わないですよ。俺もクルタさんとは知り合いですし」

「ありがとうございます。このお礼はいつか必ずさせてもらいます」

「そこまで硬くならなくていですけどね。むしろ、俺よりロウガさんにお礼が必要なんじゃないですか?」

今回のクルタさん救出作戦には、ロウガさんも加わることになっていた。

俺とニノさんだけでは防御が足りないだろうと、自ら参加を志願してくれたのだ。

「俺はまあ、こいつの保護者みたいなもんだからな」

「別にそんな関係ではありません。ただの腐れ縁です」

腕組みをしながら頷くロウガさん。

そのわき腹を、ニノさんは抗議するように肘で小突いた。

たちまち、ロウガさんは困った顔をしてニノさんの方を見る。

「おいおい、お前に冒険者としての基礎を教えたのは誰だ?」

「いつまでも過去のことを言い続けるのは、老害の始まりですよ」

「老害とは失礼な! 俺はまだまだいけるおじさまだぞ!」

いつものように言い争いを始めた二人。

状況が状況だけに、この光景を見ると逆に安心してしまうな。

とはいえ、延々と喧嘩をされても困るのですぐに仲裁に入る。

「そう言うのは宿に着いてからにしましょうよ。そろそろなんですよね、お二人の宿は?」

「そろそろのはずだ」

「あ、あの看板です!」

そう言ってニノさんが指さしたのは、二階建ての大きな宿屋であった。

ホテルと言ってしまってもいいぐらいの規模かもしれない。

ランクの高い冒険者だけあって、普段からいい宿に泊まっているようだ。

俺の今の稼ぎだと、ちょっと手が出ないぐらいのところかも。

受付で人数の追加を告げると、俺はそのままニノさんとロウガさんの泊まる部屋に招かれた。

これからクルタさん救出作戦について、しっかり話し合うためである。

俺の部屋ではなく二人の部屋にしたのは、そちらの方が広くて快適だからだ。

「さて……。ひとまず、何から話し合う?」

「とりあえずは、クルタさんが今どこにいるかってことですよ。ニノさん、教えてください」

「地図を出しますので、少しお待ちを」

部屋の端に置かれていたリュックサック。

その中から、ニノさんはラージャ周辺の地図を取り出した。

そしてその左上、つまりは北西の森林地帯を指さす。

「境界の森の中、ですか?」

「少し違うな。ここは……悪霊の森か」

何だか、ずいぶんと物騒な名前が出てきたな。

魔族というのはやはり、曰くつきの土地に住みたがるのだろうか。

「この森には、打ち捨てられた古い館があったはずです。魔族はそこを拠点としているのかもしれません」

「なるほど、十分あり得る話だ」

「館には得体の知れない実験装置のようなものが多数存在したとか。もしかすると、そこでお姉さまに何かするつもりなのかもしれません……」

顔をこわばらせるニノさん。

Aランク冒険者ともなれば、実験材料としてかなりの価値があるだろう。

魔族がクルタさんを連れて行った理由が謎だったが、少し納得できた気がした。

「ぞっとしない話だな。魔族の実験材料になんぞされたら、どうなるかわかったもんじゃない」

「ええ、早いうちに助け出さないと!」

「しかし、敵の戦力が読めねえな。相手はドラゴンゾンビを生み出せるほどの死霊魔術の使い手だ。もしかすると今ごろは、アンデッド軍団を造っている最中かもしれん」

「アンデッドは比較的簡単に数を造れますからね」

もし敵の魔族が、ドラゴンの骨を筆頭に豊富な材料を所持していたら。

数によっては、救出作戦の大きな阻害要素になりそうだ。

「やはり、早期に奇襲を仕掛けるしかないでしょう。敵との交戦を出来るだけ避ければ、勝機はあります」

「そうするしかねえか。だがそれにしても、もう少し戦力があれば……」

「仕方ありません。敵が攻めてくる可能性がある以上、冒険者がこれ以上町を離れるわけにはいかないでしょう」

現在、Cランク以上の冒険者たちには緊急依頼としてギルドでの待機が言い渡されている。

これはライザ姉さんが到着するまでの間に、万が一、魔族が攻めてきた時に街を守るためだ。

敵の戦力が未知数である以上、下手に彼らを動かすわけにはいかない。

本来ならば、ロウガさんの同行だって微妙なぐらいなのだ。

「……ん? お客さんですかね?」

しばらく懇々と話し合っていると、不意にドアがノックされた。

こんな時間に一体誰だろう?

俺がゆっくりと扉を開くと、その向こうには――。

「シスターさん?」

何やらすさまじい量の荷物を抱えたシスターさんが、覚悟を決めた顔で立っていた。