「よいしょっと、これで全部かな?」

その日の夜。

マリーンさんの家にあった書庫にて。

許可を得て中に入った俺は、付与魔法関連の資料を集めていた。

俺が睨んだ通り、マリーンさんはやはり一流の魔法使いだったらしい。

揃えられていた本はどれも一級のものばかりで、中には姉さんも持っていないようなものまであった。

「良い本は見つかりましたか?」

ひと段落着いた俺が休憩していると、マリーンさんが様子を見に来た。

俺は資料を机に置くと、すぐに彼女の方へと振り向く。

「ええ。いい本が多くて、逆にびっくりしました」

「それは良かったですわ」

「マリーンさんはやっぱり、現役時代は凄い魔法使いだったんですね。これだけの資料、そうそう集められるものじゃないですよ」

「ふふふ、おばあちゃんなんて大したことないですよ」

謎めいた微笑みを浮かべるマリーンさん。

絶対にそんなことないと思うんだけどなぁ……。

正体が気になった俺は少し尋ねてみるものの、上手くはぐらかされてしまう。

「それよりも、今は付与魔法について考える方が大事じゃないかしら」

「それもそうですね」

いろいろと気にはなっているが、今はそちらの方が大切なのは間違いがない。

俺は資料を手にすると、そのまま工房へと戻った。

さて、しっかりと気合を入れなおさなきゃな。

資料を片手に、もう一度付与魔法の構築へと取り掛かる。

「へえ、付与魔法って攻撃魔法を付与することもできるのか」

面白いと思ったことを、逐一メモしていく。

資料の内容が面白くてついつい読み解くことに夢中になってしまうこともあった。

剣術も好きなのだけど、魔法に関しても俺は割と好きな方であった。

シエル姉さんにあれこれ言われても、勉強はしっかり続けたぐらいだし。

「ん? もうこんな時間か」

隣の部屋からゴーンッと、時計の鐘の音が響いてくる。

気が付けば夜もすっかり更けて、日付が変わったようだ。

さてと……そろそろ寝ようかな?

いや、まだどんな魔法を構築するのかさえ決まっていないし、もう少し頑張っていこう。

マリーンさんだって、若いうちは徹夜するぐらいしろって言ってたし。

「よし、気合を入れなおすか。……んぐー!」

立ち上がって大きく伸びをすると、そのまま少しばかり体操をする。

こうして血の巡りが良くなったところで、部屋のドアがトントンとノックされた。

こんな時間に誰だろう、マリーンさんかな?

すぐさまドアを開けると、そこに立っていたのはクルタさんであった。

「や! 飲み物を持ってきたよ!」

ほのかに漂う紅茶の香り。

どこの茶葉かまではわからないが、嗅いでいるだけで気分が落ち着くようだ。

これは素直にありがたいな、ちょうど追い込みをしようと思っていたところだし。

「助かります!」

「いえいえ。じゃ、ここに置いとくね」

邪魔になると思ったのか、そのまますぐに部屋を出て行くクルタさん。

俺は作業台の端に置かれたカップに、おもむろに手を伸ばした。

するとうっかり、それをひっくり返してしまう。

「はちゃっ! しまった!」

いけない、このままだと作業台が水浸しになっちゃうぞ!

何か拭くものはないかと周囲を見渡すが、あいにく、使えそうなものはなかった。

ど、どうしよう!

こうなったら服で拭き取るか?

いやでも、紅茶の染みが残っちゃうぞ。

いま着ている服は割と気に入ってるものだし、それも……!

「あ、そうだ! プティジーヴル!」

指先にパッと青白い光が灯り、冷気が作業台の上を舐めた。

たちまち紅茶は凍り付き、白い塊と化す。

あとはこれをごみ箱に捨ててっと……。

とっさの思い付きだったけど、上手く魔法を制御できたようだ。

「良かった、変なことにならなくて。借りてた作業台を壊したりしたら大変だもんな」

付与魔法を行うための作業台。

これは基本的に特注品で、かなり高価な代物である。

まして、元一流魔法使いのマリーンさんのものならば値が張るのは間違いないだろう。

紅茶ぐらいで壊れるようなことはないとは思うが、万が一がなくて良かった。

「……待てよ。これもしかして、酸にも同じことできないか?」

あの酸も主成分は恐らく水のはずだ。

ならば、急速に冷却すれば凍り付かせてしまうこともできるだろう。

そうすれば実質的に無害化することが可能なはずだ。

もともと耐熱のために水魔法を一部使用しているし、それを改良すれば……!

「これはいける、いけるぞ!!」

すぐさま作業へと取り掛かる。

まずは条件付けからだな。

物が付着した瞬間としてしまうと、手で触れた時も危ないな。

機能のオンオフをつけられるようにしておこう。

冷気が内部に伝わらないように、ガードするための処置も必要だ。

これは魔法障壁を一部応用して、熱処理も……。

「簡単には行かないな。けど……!」

糸口は見えたのだ、絶対に何とか出来る。

強い確信を持った俺は、夜が明けるまで作業に没頭するのだった――。