「術比べは五日後ということで。二人とも、しっかり準備してきてね」

「ええ、期待して待っていてほしいわ」

「……わかりました、頑張ります!」

マリーンさんの言葉に深々と頷くと、俺は改めてシエル姉さんの方を見た。

すると彼女は余裕たっぷりの表情をして、俺に笑い返してくる。

勝負は五日後。

それまでにこの笑みを崩せる何かを見つけなければ……。

「じゃあ、ひとまず別れましょうか」

「そうだね。五日後にまた」

「ふふふ、せいぜい頑張りなさいよ。どんな魔法で来るか、私も楽しみにしてるわ」

そう言うと、シエル姉さんは歩き去っていった。

勝つ気満々というか、俺が何かを思いつかなければ間違いなく勝つだろう。

さて、どうしたものか……。

俺が顎に手を押し当てて悩み始めると、すかさずライザ姉さんが近づいてくる。

「大丈夫か? 顔色が少し悪いぞ?」

「……これからどうしようかと思って」

「僕の作戦、使えそうにないからねえ」

「こうなったら正面から行くしかないだろう。この五日間で修業し、シエルに負けぬほどの魔力を身に着けるのだ!」

腕まくりをしながら、高らかに宣言するライザ姉さん。

いや、そんなこと言われても無理だろ!

たった五日で賢者を超えられるようなら誰も苦労はしないぞ!

困惑する俺をよそに、姉さんは目をキラキラと輝かせながらずいぶんと張り切った様子を見せる。

どうやらシエル姉さんに負けたくないという思いを、そのまま俺にぶつけてきているようだ。

「平気だ、私は一週間で奥義を習得したからな。ノアにもできる!」

「それは姉さんが天才だからだよ! 普通の人間には無理だって!」

「ジークが普通とは言い難い気もしますけれどね……」

「そうだな、俺たちから見れば天才もいいとこに見えるが」

腕組みをしながら、うんうんと頷くロウガさんとニノさん。

別にそんなことはないんだけどなぁ……。

俺なんて、たまたま英才教育を受けただけの凡才だと思うぞ?

本物の天才である姉さんたちと比較すれば、まだまだ全然だ。

「とりあえず、今日のところはゆっくりと休もうか。まだ、冒険の疲れが残ってるだろう?」

「……それもそうですね、疲れた頭じゃ考えもまとまりませんし」

「じゃ、僕の家においで」

自宅の玄関へと向かうと、くいくいッと手招きをするクルタさん。

今日のところは宿も決まっていないし、お呼ばれするのもありか。

俺は改めてマリーンさんの方を見ると、軽くお辞儀をする。

「では、俺も失礼します」

「ええ、魔法を楽しみにしているわ。研究とかしたかったら、またうちの工房を使いなさい」

「じゃあ、お言葉に甘えて明日にでも」

柔らかに微笑むマリーンさん。

そのまま彼女に見送られながら、俺たちはクルタさんの家へと入る。

「とりあえずは、ご飯にでもしようか。私が作るよ」

「私もやるぞ」

「では、私もお手伝いを……」

「それはいい」

みんなの声が揃った。

ニノさんの料理は、もはや料理と言っていいのかどうかすら怪しい代物だからな……!

あれをもう一度食べるのは、さすがに勘弁願いたい。

「そこまで避けられると、さすがの私もショックなのですが……ええ。気持ちは込めたんですよ?」

「気持ちと言っても、あれはつらいだろ」

「……ロウガはそういうことを言うから、女にモテないのですよ」

「そういう問題か?」

「とにかく、大事なのはまごころです。頑張ればきっと伝わります!」

拳をぐっと握りながら、何やら力説するニノさん。

頑張れば伝わる……か。

俺もひとまず、努力をしてみるしかないな。

「そうだな、何はともあれ頑張るしかないな」

「うむ、その意気だ! えらいぞノア!」

「でも、ガムシャラになってやるだけだとうまくは行かないよ。きちんと方向性を見極めないと」

適当に突っ走るだけでは、何事もうまくはいかない。

ニノさんの料理がいい例だ、やる気だけではおいしくはならない。

何事もきちんとした方法論があってこそだ。

そのためには……まず、相手のことを知らなくては。

俺たちの審査をするマリーンさんについて、十分な調査が必要だ。

そうと決まれば……!

「よし! クルタさん、マリーンさんのことについてできるだけたくさん教えてくれませんか?」

「今から?」

「ええ、食事は後回しでもいいですから!」

「わかった。なら、食事は配達でも頼もうか」

「私が注文に行って来よう」

「ついていきます」

連れ立って家を出ていく姉さんたち。

こうして俺と二人になったクルタさんは、ソファに深々と腰を下ろした。

そして窓からお隣さんの家を見ながら、軽く腕組みをしてあれこれと思い返す。

「そうだねえ、何から話したらいいのかな。なんだかんだお隣さんだから、知ってることは多いよ」

「べたに家族構成からとか」

「家族かー。そういえばマリーンさんの家、前は息子さんがよく来てたね」

「へえ、そうなんですか」

「でも最近は、全然姿を見てないかな。私も忙しくて、理由は聞いてなかったんだけど……」

そういえば、あの人はどうしてるんだろうと首を傾げるクルタさん。

マリーンさんの息子さんか……。

こいつはもしかして、術比べのカギになるかもしれない。

俺はすぐさま、ぼんやりしているクルタさんの肩を揺さぶり、彼の情報を聞き出すのだった。