沈黙が続いていた。剣を収め、視線と視線が衝突する。

暗雲立ち込めるとばかりに雲に覆われた夜空の下、誰もいない真っ暗な空間の中で、私と父様は対峙していた。

勝負は着いた。

あとは、父様が私の実力を『騎士』の領域に達しているかどうかの話。私はそれを、父様が口を開くのを、待つだけのこと。

だが、父様は鋭い眼差し―――それこそ戦闘中と何ら変わりない程の眼光を持って、私を見ていた。その一本線の様に閉じられた口は、開く気配を見せない。

「っ……」

私は目を逸らさない。ここで逸らしたら、私は騎士になれないと思った。ここで臆すようであれば、騎士として戦う者には値しない。

「―――……コレは」

不意に、父様が言葉を発した。すると、同時に父様の瞳が翡翠色に煌めきを見せた。『先見の魔眼』が表面に浮き出て来ている証拠だ。私も表面に浮かびあがらせることは出来るけど、効果は発動しない。

私が、何が何でも見たかった景色が……父様の視界にある。少しだけ、羨ましくなった。

「この魔眼は、私達の家系に受け継がれてきた力。我々は常にこの魔眼と共にあったし、この魔眼と共に強くなってきた」

「……はい」

「だが、稀にいるのだ。お前のように魔眼が使えない者が……私は自分の娘がそうだと分かった時、酷く残念だった。しかし、それだけではない……騎士としての才能も無いなどと分かった時、私はこの騎士の血筋の終わりを見た気がした。それは……私にとって最も最悪な未来だった」

父様は、私に失望していたのと同時に、私達の血族の終わりを憂いていたのか。魔眼を使えなかったこと、騎士の才能が無いこと、この二つが父様を苦しめていた。

「だが……どうやら違ったようだ。お前には、ちゃんと戦える力があるのだな……今はそれが、一人の父親としてとても嬉しく思う」

「……父様」

「だが、結果は結果だ。見た所、お前はやはり騎士にはなれない」

「!?」

父様は、言った。私は騎士になれないと。

私は驚愕に目を見開き、何故なのかと父様を見た。すると、父様は魔眼を引っ込めて、言い辛そう……いや言いたくなさそうに言葉を紡ぎ始める。

「見た所、お前の剣は『剣武式』……だが、今の身体の柔軟さと剣を攻撃以外の回避に使う剣術は……『剣武式』というよりは『流鏡式』のそれだ。しかも、それを自覚出来ていないが故に、どちらの剣技にもなり得ていない全く別の剣術へと変化している。これは最早、格式高い騎士の剣技の範疇から大きく外れてしまっている」

「なっ……!」

「お前には、戦う力がある。だが、それは騎士のままではけして『伸びることはない』のだ」

それでは、それではどうすればいいというんだ。私は、生まれてからずっと、大きな騎士の背中を追い続けて来たというのに! たった一つのズレから全てが崩れ去っていたというのか!

私は、騎士には……なれないというのか……?

「だからトリシェ、お前は『冒険者』になれ」

父様の言葉が、私の心にすとんと収まった気がした。

「え……?」

「お前は冒険者になることでもっと伸びる……! だから、お前は冒険者となって強くなれ!」

「で、でも! 私は誰かを護る騎士の姿に憧れて……!」

「異な事を言うな……誰かを護るのに、騎士である必要はないだろう?」

確かに、そうだ。騎士でなくとも、人を護る力があるのならそれを振るってはいけないことにはならない。冒険者とて、人々の為に働く職業だ。そこは騎士とは変わらない。自由でいるか、誇りを貫くか、その違いでしかない。

「あの男、なんといったか」

「きつね……そう名乗っていました」

「きつね……あの男はきっとこの先ずっと高い領域へと昇り詰めるだろうな」

「え?」

「あの男、剣や拳といった武の力とは全く違う……何かを持っているように見えた……トリシェ、しばしあの男に付いていってみてはどうだ? きっと、騎士であれば見れない光景が……それこそ、この魔眼ですら見ることが適わない光景が見られるやもしれんぞ?」

父様は、そう言って笑った。きつねとはあんなに険悪な雰囲気を醸し出していたのに、何故そんなきつねを認めた様な言葉を言うのだろうか? 父様は、あの男に何を見たのだろう。

私は、それがとても気になった。父様がきつねの中に見たもの、そして、この先きつねが見せてくれるという魔眼でも見通せない光景が。

見てみたくなった。

「……父様」

「ん?」

「私は、その光景が見たくなりました」

「ハハハッ、そうかそうか……」

「私は冒険者になります。そしていつか―――」

言葉を切った私の方へ、父様は視線を向けた。怪訝な表情で綺麗なブルーの瞳が私を映す。

私は騎士団長の父様に向けて、ずっと追いかけて来た背中に向かって、憧れていた存在に向かって、

「―――必ず、その背中を越えて見せます」

そう言ってやった。

父様は、好戦的な表情で大胆不敵に笑って見せた。

◇ ◇ ◇

翌朝、僕の部屋にリーシェちゃんがやってきた。騎士然としていた防具は付けておらず、腰に下げた剣はそのままだったけどなんだか昨日とは顔付きが違う気がした。整形した? いやいや、そんな訳ないか。

フィニアちゃんもルルちゃんもまだ眠っていて、起こす前にドアがノックされたからこの部屋の中で目を覚ましているのは僕とリーシェちゃんのみだ。

なにやら話があるということで、昨日頑張ったからもしかして告白なんじゃないかとドキドキしながら、僕はリーシェちゃんを向かい合う。

「まずはきつね……ありがとう、私の為に色々と世話を掛けた」

「ああ、うん。まぁ多少疲れたけど命を救ってくれた恩もあったし、気にしなくて良いよ」

どうやら違ったらしい。やっぱり人間そう簡単にモテたりしないか。まぁ、良いけどね、リーシェちゃんは恋愛とかそういうのあまりイメージ浮かばないし。でもアレだよね、リーシェちゃんみたいな子は女の子扱いされると弱そうだよね。ちょっと人見知りな所ある訳だし。

「それで、だな……」

「ん?」

お? これは来たか? 目を逸らしながら、言いにくそうに挙動不審になっているリーシェちゃん、これはまさしく告白前の姿じゃないか? 期待しても良いかな? いいよね! さぁどんと来い!

「きつね、私を冒険者の仲間に入れてくれないか?」

「いいよ! ………ん?」

「そうか……良かった、それじゃあこれからよろしくな!」

告白じゃなかったみたいだ。思わず返事しちゃったけど、まぁいいかな。リーシェちゃんが騎士になれなかった場合は仲間に誘うつもりだったし、手間が省けて良いじゃないか。

というか、リーシェちゃんあの後の結果はどうなったんだろうか。

「で、リーシェちゃん。ということは騎士になれなかったってこと?」

「ちょっと違うが……父様には認めて貰えた、その上で冒険者になると決めたんだ」

「ちょっと何言ってるか分かんないや」

分かんない、けど、リーシェちゃんがそれでいいなら僕は何も言うことはない。結局、全部丸く収まったって事で、めでたしめでたしだ。

さて、それじゃあまぁフィニアちゃんとルルちゃんを起こそうかな。

「起きて、フィニアちゃん」

「お前は……まさか、死んだ筈の兄さん……生きていたのか……! はっ、おはようきつねさん! リーシェちゃんもいるね! おはよっ!」

「うんおはよう」

「ああ、おはよう」

今日はどうやら生き別れの兄さんが敵だった設定の夢を見ていたらしい。毎晩毎晩別の夢を見ているようだけど、よくもまぁこうもレパートリーが続くものだね、ある意味感心するよ。

次いでルルちゃんを揺すって起こす。彼女はフィニアちゃんと違って素直に起きてくれるから楽でいい。

「ルルちゃん」

「んぅ……おはようございます、きつね様」

「うん、おはよう」

眠気眼を擦りながら、しかし意識ははっきりしているようで、しっかり挨拶をするルルちゃん。まだそんなに時間は経っていないけど大分僕との生活に慣れたようだ。お互いが歩み寄った結果とも言えるけど、最低でも僕がルルちゃんを虐げないことは信頼してくれたようだ。良かった良かった。

すると、そんなルルちゃんを見ながらリーシェちゃんが話しかけて来た。

「昨日も気になっていたが……きつね、お前奴隷を買ったのか?」

奴隷が付けている『隷属の首輪』を見ての発言だろうし、彼女は僕とルルちゃんの間にあったことを知らないからそう言うのは仕方ない。

でも、仲間になるなら言っておかないとね。

「うん、でも今はもう僕の家族だ。奴隷と呼ぶことは、リーシェちゃんでも許さない」

「……そうか、悪かった。この国では隠れて奴隷を虐げる者もいるからな……家族として共にいるのなら良いんだ、私もそういうのは好まないからな」

「ルルちゃんは良い子だよ。仲良くしてくれると嬉しいな」

「勿論だ、元は騎士を目指していたんだ、子供を虐げるなんて塵も考えたことはない」

うん、リーシェちゃんとルルちゃんもこの分ならすぐに仲良くなれるだろう。それに、女の子同士だし通じる者もあるだろうし。あれ? フィニアちゃんは妖精だけど、このパーティって男僕だけじゃない? うわ、そう考えたら僕って結構勝ち組なんじゃないかと思えて来た!

「きつねさん! 今日は何をするの?」

フィニアちゃんがそう聞いてくる。うん、仲間も増えたし、元の世界に戻る為の手掛かりもある。今日からはその手掛かりを追う為の準備を始めようと思う。

勇者

得体の知れない、異世界の住人にして魔王を討伐しようと召喚された存在。そして、元の世界に帰る可能性を秘めた異世界人。調べる必要がある。

「その前に、リーシェちゃんが僕達の仲間になったから、紹介だけしておくよ」

「え! そうなの?」

「騎士様になれなかったんです、か?」

僕の言葉に、フィニアちゃん達が反応する。僕達の視線はリーシェちゃんに注がれ、リーシェちゃんはその視線を受けながらふと笑みを浮かべた。

「ああ、改めて自己紹介させてもらう。トリシェ・ルミエイラだ、好きに呼んでくれて構わない。よろしく頼む」

最初に会った時のような自己紹介をするリーシェちゃん。まるでこれが最初の自己紹介のようにも思える。

いや、実際これが最初なんだ。彼女は騎士を追い続けた自分を捨てて、新たな自分へと生まれ変わったんだ。だから、これが生まれ変わった彼女の最初の自己紹介。

「最強妖精フィニアちゃんだよ! よろしくね!」

「えと、ルル・ソレイユです。よろしくお願いします」

「僕はきつねだよ、歓迎するぜ、リーシェちゃん」

僕達はそれに笑みを浮かべながら返す。こうして、僕達に新たな仲間が出来た。

トリシェ・ルミエイラ―――騎士になれなかった女の子が。