あの後、僕の言葉に項垂れた冒険者の青年を連れて、宿に戻った。一応色々と事の顛末を聞いて置こうと思ったからだ。なにはともあれ、ゴブリンキングは死んだようだし、街は無事に平穏を取り戻したわけだから、これ以上僕達が何かする必要はない。

あとやるべきことといえば、ニコちゃんとそのお父さんのことだ。

オルバ公爵が死んだとしても、没落させられたアークス家が元の貴族に戻るのは難しい。その辺はクレアちゃんも分かっている筈……となると、ここからニコちゃん達に何か被害が及ばない様にするには、ニコちゃんを捜索している兵士の撤退、それとこの街でニコちゃんとその父親が死んだことにするくらいか。

アークス家は魔法使いの家系らしいし、オルバ公爵が死んだとしても、王家から眼を付けられる可能性が無くなった訳じゃない。死んだことにしておく方が、何かとやりやすい。

そうなれば、現時点でニコちゃん達がこの街に居座るのはあまり得策じゃない。ここは僕達が別の場所へと連れ出せってことなんだろう。多少の相違はあれど、クレアちゃんもそう思っている筈だ。

「とりあえず、ニコちゃんとニコちゃんのお父さんは次の街に連れて行く。家名はある程度偽名にしないといけないけど、次の街はグランディール王国の庇護下ではないから、ニコちゃん達が居ても大丈夫だと思う」

「ああ、分かった」

「はーい♪ しばらく一緒だよー、ニコ?」

「……うん」

僕のステータスもこの街に来て大きく上昇したし、ある意味損得勘定で言えば、まぁプラスだと考えておこう。僕としても、ここにはちょっと居辛いし、グランディール王国に関係するところから直ぐにでも離れたい。このままここに居れば、勇者気取りの残した問題に何時巻き込まれるか分からないからね。

まぁそれはさておき、次の問題へ行こう。

さっきからずっと項垂れたままの新人冒険者の彼だ。ランクはFランクだということで、僕よりも上なんだけどさ……ちょっとアレだよね、新人なのに僕よりランク上なんだぜ。

「さて……まずは名前を教えて貰って良いかな?」

「…………ジャック・イトナ」

「想像するに、ゴブリンキングに対して数十人で戦って、君しか生き残らなかった。そしてゴブリンキングを含めて、魔獣達も全部死んでいた……ってことだけど、合ってる?」

「……ああ、皆……俺を護って死んでいった。俺も死ぬはずだった……でも、なんでか俺は生き残っちまった……! 俺みたいな奴、死んだって良かったのに……!」

後悔と無念を表情に浮かべて、彼は拳を握りしめ、歯痒そうにそう言った。

なんか挫折を味わった主人公みたいな雰囲気を滲み出してるんだけど、何この空気。え? これ僕が慰めないといけない展開? 勘弁してほしい、僕そういうの苦手なんだよ……だって僕慰められる様な相手いなかったし、ていうかしおりちゃん以外友達いなかったんだからさ。

「……」

「……きつね」

「……頑張って♪」

リーシェちゃんとレイラちゃんに視線を向けると、見事に裏切られた。リーシェちゃんはそういうの苦手そうだし、レイラちゃんは面倒臭がってるだけだろうな。

面倒臭いよもう……なんで僕がこんな主人公臭い男を慰めないといけないんだ。正直こんな辛気臭い部屋に居たくないんだけど、ていうか帰ってくれないかなぁ。

「……どうなっても知らないからね」

僕はリーシェちゃん達にだけ聞こえるようにそう言って、項垂れる青年に視線を向けた。肩を震わせて、涙を流している様だった。握り締めた拳は白くなって、食いしばった歯からは血が滲んでいる。どんだけだよ。

「……あー……ジャック君、死んでもいいとか言うなよ」

「…………」

「君の為に死んでいった人達が、なんで君の為に命を張ったと思ってるんだい? 君にそれだけの価値があると思ったからだよ。それなのに、君が死んだらそれこそ犬死にじゃないか」

「っ……!」

反応あり、これはいけるか? 全部漫画の受け売りだけど、案外漫画も馬鹿に出来ないね! えーと、この後は確か……。

「君はこれから死んでいった冒険者達が託してくれた想いを、繋いでいかなくちゃいけない。それに、君はまだまだ冒険者として若い……可能性は星の数ほど広がっている。もっともっと強くなって、君を護って死んでいった冒険者達に……命を賭けた価値があったんだと思わせてあげなよ! それが、君が彼らに出来ることだと思うよ?」

うん、こんな感じだった筈だ。結構綺麗事言ったけど、結局は犬死になんだけどね。どうやらゴブリンキングは運良く死んだらしいし、そんなもんだろう。

とりあえず、彼が此処から去ってくれればそれで良い。いい加減面倒臭くなってきた。

「……そう、だな……ありがとう……俺間違ってたよ……俺はもっと、もっと……強くなって……あいつら全員、あっと驚かせてやる……!!」

「うんうん、その意気だよ」

「だから……今は、ちょっと泣かせてくれ……!!」

「……………………どう、ぞ……!!」

僕が引き攣った笑顔でそう言うと、決壊したダムの様にわんわん泣き始めた。

僕はリーシェちゃん達を連れて、部屋を出る。ニコちゃんパパは気を失ったままだからベッドに寝かせたままだけど、まぁしばらくは起きないでしょ。起きたとしても、空気を読んでくれる筈だ。父親だし、同じ男だし、慰めるにしろ寝たふりをするにしろ、その辺は大丈夫だと思う。

いや別に空気を読まなくてもいいんだけどね。

「………」

「………」

「………」

「………」

僕も、リーシェちゃんも、レイラちゃんも、ニコちゃんも、何も言わない。扉の前で立ち止まり、その奥から小さな泣き声が聞こえてくる。多分、僕達は別々の理由で黙っているのだと思う。

僕は、何だこの状況っていう考えから言葉が出ない。リーシェちゃんはなんだか青春だなぁ的な感じで感慨に浸ってる。レイラちゃんは多分状況が分かってない。ニコちゃんは皆が黙ってるから黙ってるんだと思う。

改めて思う。なんだこの状況は。

「……面倒臭いな、冒険者って」

「え!? いや、今の、良い感じの話だったじゃないか……?」

「いや……凄い面倒臭かったよアレ……まずね? 此処僕達の部屋じゃん! なんで僕達が空気呼んで外出てるの? 意味が分からないんだけど」

「えー……」

僕が文句を言ったら、リーシェちゃんがなんか引いた。僕がさっきまで慰めで吐いていた言葉が障子紙よりも薄っぺらかったことに今更気付いた様だ。うん、正直なのは君の良い所だけど、こういう時は悪い所でもあるよね。

まぁレイラちゃんとニコちゃんは干渉せずに流れを見守ってたけど、この場合はそれが正解だね。

「……これからどうしようか?」

「……そうだな……まぁ今日は時間も遅い……一晩休んでから明日この街を発ったらどうだ?」

「そうだねぇ、暗くなってきたし、それが妥当かな?」

ちなみに、もう日は沈んでいたりする。夕飯の時間だ。

今から次の街に出るのはかなり時間も遅い、リーシェちゃんの案で行こうかな。レイラちゃんは基本流れに任せるスタンスだし、基本僕とリーシェちゃんが方針を決めれば付いてくるからね。

「……でもまだ泣いてるよ?」

「……とりあえずもうしばらく待ってようか」

「ああ……そうだな」

方針は決めたのだけど、彼が泣きやむまで部屋に入れない。

故にもうしばらく、廊下で待つ事になった。

◇ ◇ ◇

結局、泣き声が止んだ後に部屋に入ったら、彼は泣き疲れて寝ていた。シーツを涙で濡らして、ベッドに寝転んで寝息を立てていた。ちょっとイラッと来たけれど、僕としてもちょっと疲れていたから素直に休むことにした。

ベッドを使いたかったけど、彼をどかしてもシーツが濡れていたから使えなかったので、二人部屋のこの部屋は彼とニコちゃんのお父さんに使って貰うことにした。ちなみに、ニコちゃんはお父さんと一緒に寝て貰った。

で、結局僕用の一人部屋のベッドに、レイラちゃんとリーシェちゃんに寝て貰うことにした。詰めれば二人で寝る事も出来たからね。

え? 僕? 僕は瘴気で布団を作って寝たよ。ふかふかの感触を再現するのはかなり時間が掛かったけど、明け方辺りにようやく寝ることが出来た。そのせいで僕の睡眠時間はかなり削られたけどね。

で、現在は朝だ。

僕は寝た気がしないけど身体を起こし、軽く柔軟をする。パキパキと音が鳴った。

「寝てても瘴気を維持出来るんだなぁ……まぁ多少不安定になるみたいだけど」

僕は瘴気の布団を消して、一つ欠伸をする。さて、リーシェちゃんとレイラちゃんを起こそう。

「二人とも、起きて」

「んん……ああ、おはよう……悪いがあまり寝起きの顔を見ないでくれるか?」

「うふふっ♪ きつね君おはよっ!」

「うんおはよう。取り敢えず僕はニコちゃん達の様子を見てくるから、準備が出来たら荷物を持って来て」

二人とも朝は強い様で、軽く声を掛けたら起きてくれた。リーシェちゃんは女の子らしく、寝起きの顔を隠すが、レイラちゃんは隠さず笑顔だ。というか、髪長い癖に寝癖もないし、肌にへんな跡も付いていない。なんというか、素で美少女だと得だねぇ。

そう思いながら、僕はニコちゃん達の所へ向かうべく、部屋を出た。

ニコちゃん達の部屋に入ると、既にニコちゃんのお父さんと青年が眼を覚ましていた。というか、ニコちゃんのお父さんが青年に頭を下げている光景がそこにあった。ニコちゃんはまだベッドの上でおねむの様だけど、この状況はなんだろうか?

「……なにこれ?」

「あ、き、きつねさん! 助けて下さい!」

「え、君そんな口調で僕と話してたっけ? もっとタメ口だった気がするんだけど」

「それは後で説明しますから! 取り敢えずこの人どうにかしてください!」

なんだか知らないけど、ジャック君が僕に対して敬語を使っている。なんでだろう? 僕が慰めたからかな? あんな気持ちの籠っていない言葉で立ち直れたなら、まぁ結構なことだけど。

それはさておき、これはどういう状況だろうか? ニコちゃんのお父さんはなんでジャック君に頭を下げているんだ?

「状況説明してくれる?」

「いや……俺は知らないんですけど、娘を助けてくれてありがとうとか言ってて……」

「あ、うん分かった」

つまり、起きた時に隣で寝ていたジャック君を、自分達を助けてくれた人だと勘違いした訳だ。まぁ僕が助けたんだとか、わざわざ訂正しようとは思わないけどさ。寧ろジャック君が助けたことにしてもいいんじゃない?

でもまぁ、ニコちゃんがいずれ言っちゃうだろうし、今の内に誤解を解いておけば後々面倒じゃなくなるかな?

「えーと、ニコちゃんのお父さん?」

「む……君は……っ! 娘を預けた時の!」

「そうそう、で、彼はニコちゃんには何の関係もない人だよ」

「あ……そ、そうだったか……すまない、早とちりだった……とすると、君が?」

「そうそう、僕が華麗にスマートに超格好良くニコちゃんと貴方を助けたんだよ! オルバ公爵も黙らせたから、この街には住めないけど、もう追手や命を狙う者はいない。安心していいよ」

そう言うと、ニコちゃんのお父さんは心底安心した様で、力なくベッドに腰を落とした。まさかオルバ公爵まで黙らせたとは思わなかったんだろう。まぁ実際にはぶっ殺したんだけどね、黙るも何も、喋る口が無くなった訳だ。

まぁなんにせよ、これからの話をしないとね。ニコちゃん親子は中々面倒な立ち位置に収まっちゃったからさ。

「とりあえず、今後の話をしよう。ジャック君は帰って良いよ」

「俺の扱い、なんか酷くないすか……?」

そんなこと、僕の知ったことじゃない。