「……それじゃ任せるよ、ドランさんをどうにかしたら、リーシェちゃんを連れて戻って来る」

「うん♪」

僕は、そう言って魔王をレイラちゃんに任せた。

彼女の残された左眼が赤く煌めいて、勝算がある様な余裕と自信に満ち満ちていたから、僕はレイラちゃんに魔王の相手を任せる事が出来た。

何より、レイラちゃんのステータスが変化していたから、大丈夫だと判断出来たんだ。

◇ステータス◇

名前:レイラ・ヴァーミリオン

性別:女 Lv68(↑36UP)

種族:瘴気ウイルスの魔貴族

筋力:289200

体力:243400

耐性:2400:STOP!

敏捷:230960

魔力:268220

【称号】

『赤い夜』

『瘴気の魔貴族』

【スキル】

『剣術Lv6』

『身体強化Lv5』

『暴喰』

『瘴気操作Lv9(↑1UP)』

『魔力操作Lv3』

『暴淫暴喰』

『純愛(NEW!)』

『並列思考Lv3《NEW!》』

『狂愛想起(ブロークンハート)Lv1(NEW!)』

【固有スキル】

『瘴気操作』

『狂愛想起(ブロークンハート)(NEW!)』

レベルが上がったことで、彼女のステータスが大幅に向上している。耐性値が上がっていない所を見れば、魔王の攻撃を防げたのはステータスじゃなく、あの『瘴気の黒套(ゲノムクローク)』が原因だろう。

おそらくは、物理に対する絶対の防御力を持っているんだと思う。魔法やそれに類する攻撃を防げるかは、僕にもわからないけど。

でも、少なくとも何度も連続衝突して楯にし続けた僕の腕は、若干痺れている。それほどの威力だ、それを1撃でも防いだとなればやっぱり防御力は僕と同等位はあるかもしれない。

それとも、もしかしたら僕の耐性値を再現した結果が、あの外套なのかもしれないな。

そして何より、『陶酔』が『純愛』に変わり、『淫蕩精神』が『狂愛想起』というスキルに変わっている。

多分、これは僕への執着心の表れであった『陶酔』が、恋愛感情に変わったからだと思う。

そして、人間の感情の理解で『淫蕩精神』という固有スキルが変質した。もしくは、新たな固有スキルが発現し、『淫蕩精神』と混ざった結果なのかもしれないね。

どちらにせよ、レイラちゃんは以前とは違って大きく成長している。新たな力も会得している。そしてそれをレイラちゃんは勝算として捉えている。

任せても良いだろう。

時計塔が壊れたことで、階段を降りる必要もなくなった。僕はレイラちゃんと魔王に背を向けて、リーシェちゃんの方へと駆け出した。

桔音が駆けて行ったのを見送って、レイラは魔王に視線を向けた。

「邪魔しないんだね?」

「ッハハハ……私は別にきつねに執着している訳ではない、楽しませてくれるというのなら、何もきつねである必要はないからな」

レイラの問いに、魔王は不敵に笑みを浮かべながら言う。姿が人間である故に、魔族には見えないが、その笑みと佇まいからは脅威的な威圧感と、王の風格が感じられる。

本来なら、そこで尻込みしてしまうのが普通だ。

だが、

「そう♪ じゃ――――楽しませてあげる♪」

「ッ……!」

レイラは魔王に飛び掛かった。

そして、その拳を魔王に叩きこむ。魔王はそれを見切って、手で受け止める。

でも、そこで見た。レイラの手が、『黒い何か』に包み込まれているのを。

「ッ……ぁ……!?」

そして、それに気が付いた時にはもう遅かった。その拳を受け止めた魔王の掌が、弾けたのだ。

掌に走る痛みに、魔王はその手を引いてレイラから距離を取った。見てみると、掌の皮が消失している。手の筋肉が剥き出しになっているのだ。

しかも、肌が無理矢理剥がされた訳じゃない。綺麗に皮が消えてしまった様に、掌の筋肉には何の傷もない。空気に触れる事でチリチリと痛む手を抑えて、魔王はレイラを睨みつけた。

見ると、レイラの両手には瘴気で出来たグローブが嵌められていた。それは、手首から先、指先まで覆われている。そして、今魔王が受け止めた拳から、何かが燃えている様に黒い瘴気が立ち込めて、煙のように空気に溶けている。

「……何をした?」

「きつね君の真似♪」

魔王の問いに、レイラは笑顔でそう言った。

レイラがやったのは簡単なことだ、桔音の編み出した瘴気増殖法。グローブの様に形成した瘴気を、触れた細胞を全て瘴気に変換するように操作したのだ。

瘴気の密度を圧縮する事で濃くし、かつ接触部分を少なくした結果、1回の変換量は減ったものの、変換時間を限りなく短くしたのだ。

つまり、魔王を殴って受け止められた瞬間、魔王の手の皮を瘴気に変換したのだ。筋肉に傷が無いのは、瘴気に変換した結果だからだ。

「……ふっ……どういうことかは分からぬが、どうやら攻守共に私とやりあえる様だな」

「うふふうふふふ♪ まだまだ行くよっ♡」

「面白い! 掛かって来い!」

レイラは、瘴気の弾丸を幾つも創り上げた。空中に、黒い弾丸が無数に現れる。桔音がナイフを大量に創り上げた時と同じ事だ。

桔音は、此処からナイフを全て操作する事が出来なかった。だが、レイラはその全ての弾丸を―――一斉に投射する。

「―――速い……!」

魔王は、その速度に驚愕しつつも、余裕のある様子で躱していく。速度でいえば、レイラよりも魔王の方が圧倒的に分がある。

だが、先程の1撃……如何に魔王の耐性値が高いと言っても、肉体が瘴気に変換されるという経験をした今、安易に瘴気の攻撃に触れる訳にはいかなかった。

といってもレイラの瘴気変換能力は、桔音の真似であることから、どうやっているのかも理解出来ていない。その本領を100%発揮出来ていないのだ。

故に、自身の手に瘴気を纏ってやる分には出来るのだが、放たれた瘴気の弾丸には瘴気変換の性質はない。本当なら叩き落す事が出来る魔王は、わざわざこれを躱す必要はないのだ。

でも、さっきの1撃がそれを気付かせない。『もしかしたら』という考えが、魔王に瘴気の弾丸を躱すという行動を取らせているのだ。

「うふふっ♪」

レイラは、それを狙っていた。

瘴気の弾丸、名前を付けるなら『瘴気の弾丸(ゲノムバレット)』だが、その連続射出で魔王を追い詰めている。しかも、本来なら魔王の速度には追い付けない筈のレイラが、魔王の動きを読んでいるかのように精確無比に打ち込んでいる。

魔王はそれを疑問に思いながらも、レイラに近づけずにいる。

赤い瞳が細目になって、その名の通りに爛々と輝いている。まるで、何かを見透かされている様な瞳。赤い舌を妖艶に出して、弾丸を次々と射出していく。

「ここっ♪」

「―――ッ!?」

そして、余裕を持って躱していた魔王の背中、そこには弾丸が射出されている場所とは全く違う方向にも拘らず――――その背に拳を叩きこんで来たレイラがいた。

動いていた事もあり、拳の衝撃で体勢が崩れる。その背中は衣服があった故に瘴気化される事はなかったが、魔王の驚愕は攻撃されたことではない。

レイラの姿は弾丸が放たれる場所にあるというのに、もう1人のレイラが背中に拳を叩きこんできた、というのが驚愕だったのだ。

「な、にが―――ッッ……!?」

「うふふっ♪ それっ!」

「ガッ……!」

不意を衝いた攻撃、そして魔王が吹き飛ばされると同時に弾丸が止み、弾丸の射出塔であったレイラが、黒い瘴気となって消える。

バルドゥル戦で使った分身だ。瘴気操作のレベルが上がったことで、レイラの瘴気操作能力は格段に向上していた。

故に、その身に纏った瘴気の外套、拳に纏わせたグローブ、無数の瘴気の弾丸、更に立っているだけとはいえ自身の分身。これらを同時に創り上げる操作能力にまで成長している。

おそらくは、『並列思考』のスキルが反映された結果だろうが、以前のレイラにはない、凄まじい力であることは明らかだった。

しかし、魔王は大したダメージでもなかったことから、吹き飛ばされながらも体勢を立て直して着地する。

そして、消えて行くレイラの分身を一瞥して、ふと笑みを浮かべた。

「……あの『赤い夜』が、不意打ちとはいえこの私に1撃加えるとはな」

「うふふうふふふ♪ あのね、きつね君と一緒に居ると面白いんだよ♪ 私の考えてること分かる?」

「さてな、他人の考える事など誰も理解出来ぬよ」

「―――魔王ってこの程度か、全然大したことないや、だよ♡」

ぴくっ、と魔王の眉間に皺がよる。笑顔のレイラの挑発、まともに受ける訳ではないが、仮にも格下であるレイラから、大したことないという評価、多少癇に障った様だ。

レイラの狂った様な笑みと、魔王の不敵な笑みが、対峙する2人の間に火花を散らす。魔族の王と、人間に恋した魔族、戦いは熾烈を極める。

◇ ◇ ◇

リーシェちゃんの所に戻ってきた僕は、剣で地面に縫い付けられたドランさんと、その横に座り込んだリーシェちゃんを見て、少しだけ驚いた。

まさかドランさん相手に、リーシェちゃんが勝つとは思っていなかったからだ。来る途中、リーシェちゃんがまだ善戦してくれているか、もしくは劣勢で追い詰められている、それか負けて大怪我を負う……最悪死んでしまった可能性すら考えていたというのに、まさかの勝利。

僕に気が付いたリーシェちゃんが、汗だくながらも僕に向かって親指を立てて笑った。サムズアップが凄まじく爽やかだ。まるで何処かの青春スポーツ漫画の主人公の様だった。

「リーシェちゃん、勝ったんだ?」

「ッハハ……まぁちょっと無理したけどな、身体中悲鳴をあげてるよ」

苦笑する様に言ったリーシェちゃんに、僕も苦笑した。

そして、ドランさんに視線を移す。足が斬られていることから、多分もう動けないだろう。それに出血量も多い、このままなら死ぬだろう。ドランさんも、もう抵抗する力は残っていないようで、僕を見ても憎々しそうに睨みつけるだけだ。

「一応、拘束出来そうだったから拘束したんだ……元に戻れる可能性もあったからな」

ドランさんを見る僕に、リーシェちゃんが身体の向きを変えながらそう言う。

でもなぁ、ドランさん元に戻せないんだよなぁ。魔王が言ってたことは多分嘘じゃないだろうし、既に廃人になってしまったドランさんを元に戻すのは、死んでしまった人を生き返らせる位無理な話だ。

「……リーシェちゃん、ドランさんはもう元には戻らない」

「え?」

「魔王が言ってた、今のドランさんは精神を破壊されただけの廃人……魔王に操作されてるとか、そういう事なら元に戻す事も出来たんだろうけど、魔王自身にも元には戻せないらしい」

僕の言葉に、リーシェちゃんの表情が悲しみに染まる。眼を見開いて、信じられないといった表情を浮かべ、次の瞬間焦った様にドランさんを見た。

そして、数秒何かを考えた後、ふらつく身体で立ちあがり、僕の腕を掴んだ。まだ立てないんだろう、僕の身体を支えにしている。

「……そ、んな……じゃあどうするんだ!? ドランさんは何の罪もないだろう……!?」

「うーん……一応レイラちゃんに復讐しようとしてたらしいんだけど……それを魔王に利用されたみたいなんだよねぇ」

「くっ……卑劣な……! 人の心を弄ぶなんて……!」

リーシェちゃんは、僕の腕を掴む手に力を込めた。普段よりも弱々しい握力に、リーシェちゃんがどれ程疲弊しているのかが分かる。同時に、それだけリーシェちゃんが必死にドランさんを拘束したのだという事も分かった。

それだけに、悔やまれるんだろう。死ぬ思いでやっと拘束して、助ける方法がないという事実が、余程悔しいんだろうね。

「……はぁ、ままならないなぁ本当」

僕はそう呟きながら、リーシェちゃんを地面に座らせて、ドランさんに近づく。殺さないといけないんだろうなぁ……でも、このまま放置してても死ぬよねきっと。出血量が多過ぎる。

でも、この手で殺してあげた方が良いかな? 正直、僕誇りとか礼儀とか良く分からないし。ドランさんにとってどっちが良いんだろう? 僕が殺すか、このまま出血多量で死ぬか。

「ん?」

そこで、僕はドランさんの足の傷を見る。骨まで到達している刀傷、かなりグロテスクだけど、特に気分が悪くなったりもしない。僕自身、この位の傷を負ったことあるしね。勇者なんか僕の腹貫いたよ、腹立たしい。

足の傷口に触れて、溜め息を吐く。なんだか僕、この世界に来てからかなりの遭遇率で血を見てる気がするなぁ。

あーあ、出来る事ならさっさと元の世界に戻ってテレビでも見ながらゆっくりしたいよ。もしくはルルちゃんをもふりたい。取り敢えず癒しが欲しい。というか、ほんの少しの間に色々あり過ぎでしょ。勇者とか使徒とか魔王とかさぁ、ボス級の属性持った奴らが僕みたいな一般人に関わってくるなよ本当。

「―――あれ?」

「……どうした?」

そんな少しの感傷に浸っていると、僕の手にあった傷の感触が消えた。ふと見てみると、ドランさんの足から―――

―――最初から無かったかのように傷が『消えて』いた。

「っるるるるぉおおおおおおす!!!」

「うわっ、怪我が治ったから暴れ出した」

すると、足が動くようになったからかドランさんが暴れだす。手が地面に縫い付けられているから立ち上がれはしないようだけど、バタバタと足をバタつかせる。

うわ、面倒臭いことになった。なんで傷が消えたんだろう? 僕何もしてないんだけどなぁ……しかも、斬られた服まで元に戻ってる。

「―――ん? 元に戻ってる(・・・・・・)?」

その時、僕はある可能性に辿り着いた。

「もしかして……リーシェちゃん」

「え? な、なんだ?」

僕は、へたり込んだリーシェちゃんに視線を移し、その可能性に矛盾が無いかを思考する。そして、いけるかもしれないと結論付けた。

もしかしたら、もしかしたらの可能性だけれど、試す価値はある!

「……リーシェちゃん、僕の予想が正しければ、ドランさんは元に戻せるかもしれない!」