ギルドへとやって来たドランとリーシェ。

ギルドの大きさでいえば、グランディール王国よりも大きい。冒険者の質でいえば、軍事大国であるグランディール王国よりも多少劣るが、人数でいえばグランディール王国よりも多い故に、総合力では負けていない。

広い領土と人を惹き付ける魅力、その2つを兼ね備えたこの国だからこそ、戦力的総合力でグランディール王国と対等にやりあえるのだろう。

故に、大きなギルドの中に入った際、ドランとリーシェの視界には、数多くの冒険者達が入って来た。冒険者達の間でも名のある冒険者や、新人で未来に夢見る若い冒険者達、そして本当に仕事を楽しんで笑っている、受付嬢達。

冒険者達の、自由奔放を詰め込んだようなギルドの光景。ドランもリーシェも、今までの街やグランディール王国では見た事のないギルドの形に、思わず絶句してしまった。

依頼を受けようとする冒険者も、それを受理する受付嬢達も、依頼から帰ってきた冒険者達を迎え入れる仲間達も、皆が皆冒険者という職業を楽しんでいる、それが一目で理解出来た。

「こりゃ……すげぇな」

「ええ……」

ドランも、ルークスハイド王国のギルドに来るのは初めてだ。ルークスハイド領の街にあるギルドに足を運んだことはあるものの、これは流石に予想外だったようだ。リーシェと共にあんぐりと口を開けて茫然としている。

しかし、すぐに我に返り、立ち止まっていた足を動かす。きょろきょろと周囲を見渡しながら、ギルドの内部を見渡した。リーシェも前に歩き出したドランを見て我に返り、ドランの後ろに慌てて付いて行く。まるで連れられた猫の様に、少しばかり緊張している様だ。

とはいえ、桔音と共に居たせいだろう。2人共、10秒も経てばケロッと雰囲気に慣れたようだ。2人共、桔音の『不気味体質』を形は違えど経験しているのだ、それを思えばこの程度の緊張感等、大したことは無い。

「んじゃ依頼を受けるか、リーシェ」

「ええ、でもどんな依頼を受けるんだ?」

「まぁ適当に、だ」

ドランはそう言って、依頼書の掲示板に手を伸ばす。あれやこれやと依頼書を探りながら、依頼書を吟味し始めた。Eランク魔獣の討伐、またはCランクの魔獣の討伐と、ドランのランクならそんな依頼を手に取るのが普通なのだろうが、ドランは今までの癖なのだろう、魔族に関する依頼書ばかり手にとってしまっていた。

それに気が付いたドランは、一瞬手を止めた後、依頼書を掲示板に戻しながら苦笑気味に頬を掻いた。

リーシェはそんなドランを傍目に、ドランの苦笑の意味を察しながら何も言わなかった。何も言わずに、1枚の依頼書を手に取った。

「ドランさん、この依頼はどうだ?」

「……ははは! なんだそりゃ」

「きつねなら面白がりそうだろう?」

「違いない」

リーシェが差し出したのは、討伐依頼ではなかった。

桔音が1人の場合受けられる唯一の依頼、つまりはお手伝い系の依頼だ。たまにはこんな依頼も良いだろう、と2人は笑い合う。

内容はこうだ。

◇Hランク依頼◇

『屋敷に出る怪奇現象の解消』

【依頼者】

匿名希望

【報酬】

金貨1枚

【達成期日】

なるべく早く

【詳細】

王国の南のはずれに立っている大きな屋敷で、夜になるといつも変な現象が起こるんです。最近そこで暮らし始めて、初日から変な現象が起こります。今は友人の家に泊まっているのですが、折角購入したばかりの屋敷なので、早く安心して住める様になりたいです。アンデッドの仕業かもしれませんので、一応対アンデッド用の装備を整えてから挑んだ方が良いと思います。

期限は問いません、なるべく早くこの現象を止めて下さい!

怪奇現象の解消。匿名希望ではあったが、依頼者はアンデッドの所為だと記載している。

アンデッドというのは、食屍鬼(グール)とも呼ばれる魔族の1種であり、『赤い夜(レイラ)』と同じ魔貴族だ。前にも言ったと思うが、魔貴族は元々の名前を『魔奇族』といい、普通の魔族とは一線を画した少し特異な性質の魔族のことだ。

このアンデッドというのは、死んだ人間達が何らかの要因で魔獣化したモノであり、死体ではあるが人間の姿をしていることから魔族と称されている。知能は無く、食欲のままに人間を喰らう存在だ。

また、死んでいるからか脳のリミッターが全開であり、常人よりもずっと強いパワーを持っている。また元々死んでいることから、心臓を潰しても頭を切り落としても死なない。

しかし、このアンデッドが居る可能性がありながらも依頼のランクはHランク。その理由は、アンデッドは魔族の中でも最も簡単に討伐出来る魔族だからだ。装備さえ整っていれば子供にだって容易に討伐出来る。

彼らはアンデッド故か、光魔法や聖水の様な攻撃に滅法弱い。アンデッド化する要因が分かっていない以上、何故光魔法や聖水で討伐出来るのかはまだ分かっていないが、彼らは光魔法や聖水による攻撃をほんの少しでも浴びるとたちまち死体に戻るのだ。

まぁだからこそ、魔族の中でも異例のHランク魔族となっているのだが。

「だがこの依頼……なんか変だな。もしかしたらってことは、依頼者はアンデッドの姿を見てないってことだろ? 姿の見えないアンデッドなんているか?」

「普通、アンデッドは日の出ている時間帯は地面の中に居ますからね。でも、アンデッドの潜んでいる地面は基本的に腐っているから、喰らい手とか他の魔獣もいない……まずそこに屋敷があること自体おかしいな」

「こりゃ思わぬ所で妙な依頼を見つけちまったみたいだな……依頼者も匿名希望だし」

奇妙な依頼に苦笑したドランとリーシェだったが、依頼の異質さを発見し、表情を顰めた。そもそも、Hランク依頼で金貨1枚……これは破格の報酬だ。どう考えてもおかしい。

ドランは少し思案したあと、リーシェとアイコンタクトを取る。そして、リーシェが頷くと、それを受付へと持って行く。

2人は、この依頼を受けることにした。

但し、依頼の達成期日が未定であることもあって、まずは桔音に話を持ち掛けるつもりだ。今回は、その屋敷の下見をしに行く。本格的な探索は、桔音とレイラを交えて行う。

これほど異質な依頼だ、パーティの最大戦力で挑んだ方が良いだろうと考えたのだ。そうでなくとも、桔音とレイラ、パーティのメイン戦力である2人の内、どちらかでも連れて行った方が良い。

「さ、それじゃ行くか。そのアンデッド屋敷に」

「ええ」

依頼を受けて、ドランとリーシェはその国のはずれにあるという屋敷へと向かう。ギルドの入り口の扉を開けて、ギルドから姿を消す。

だが、気が付かなかった。ドランが依頼を受注して貰う為に受付して貰った受付嬢が―――

―――不気味に笑みを浮かべて2人の背中を見ていたことを。

◇ ◇ ◇

さて、一方その頃。

レイラちゃんの着替えを待っていた僕は、カーテンの向こうから聞こえてくるレイラちゃんの慌ただしい声に、若干の新鮮さを感じながら、女性物の服のコーナーで佇んでいる僕に不審な目を向ける女性達の痛い視線を浴びつつ、レイラちゃんの着替えが終わるのを待っていた。

まさか下着を付けてなかったとはなぁ、びっくりだなぁ、だからあんなに際どい感じでもパンツ見えなかったのかー、なんてことを考えながら、僕は今、瘴気で作った剣玉で遊んでいる。

剣と玉の部分は硬質化しているけれど、紐の部分は柔軟性を持たせている。そしてその状態で剣玉と同じように操作するのは、中々難しい。振り子運動させて玉を動かすものの、やはり難しいね。紐が切れて、玉が空中で停止してしまう。

「うーん、やっぱり2種類の性質を同時に操作するのは難しいなぁ……レイラちゃんは変換性質と防護性質の2種類を同時に操作しつつ、弾丸も作って射出してたもんなぁ……合計で3種類を同時展開してたってことか……凄いな元祖は」

呟きながら、剣玉を手放す。地面に落ちる前に、剣玉は空気に溶けて消えた。

と、それと同時。丁度レイラちゃんの着替えが終わったようだ。試着室から満足気かつ、良い仕事した感を醸し出す笑顔を浮かべた女性店員が、姿を現す。額の汗を拭い、僕にるんるんと近づいてきた。

「お客様、彼女さんのお着替えが終わりましたよ!」

「彼女じゃないんだけど」

「あ、そうなんですか……」

「なんでちょっと残念そうなの?」

レイラちゃんが僕の恋人ではないと知って、何処か残念そうな店員に連れられて、僕は試着室のカーテンの前に立った。中からレイラちゃんの身動ぎの音が聞こえる。

店員さんが物凄くドヤ顔を浮かべてくるので、ちょっとイラッとしながらもカーテンの向こう側にいるレイラちゃんに話しかけた。

「レイラちゃん、着替え終わったって? 開けるよ?」

「ちょっと待って!」

「ちょっと待った、はい御開帳ぉ~」

「あっ!?」

レイラちゃんの制止も聞かずに、僕はカーテンを開けた。

すると―――

「あ……ぅ……」

中から現れたのは、生まれ変わったレイラちゃんだった。

つい先ほどまで着ていたワンピースは、瘴気で作っていたからか既に姿を消しており、代わりに着ているのは、肩が大きく露出した黒いオフショルダーのブラウス。そして落ち着いた色のミニスカートを履き、冒険者も使う様な黒いブーツを履いていた。そして頭にはワンポイントなのか狐の髪留めが付いていた。

はっきり言って、可愛い。超可愛い。僕の世界でいう現代風のファッションだけど、これら全部クッキング勇者の生み出した産物なんだろう。

でも、この店員の腕は凄まじい様だ。レイラちゃんが冒険者だってことを踏まえて、ブーツに冒険者用の動きやすいブーツを当てながらも、見事にファッションとして取り入れている。これならファッションとして私服にしても、いざという時は身軽に動けそうだ。

元々レイラちゃんはワンピースで肩が大きく露出していたけど、こうなるとなんだか露出した肩が色っぽく見えるから不思議だ。鎖骨や首筋が妙に艶かしいぞ。素晴らしいね、素晴らしい。

また、ワンピースから伸びていた生足を敢えてニーハイとかで包まず、生足のままブーツだけをチョイスしたことで、足先まで見えていたレイラちゃんの生足に自然な絶対領域が出来ている。ミニスカートの裾から、ブーツで隠された膝下までの部分が、レイラちゃんの足のエロさを強調しているんだ!

しかも、今は多分下着を付けてるからか、佇まいに恥じらいが生まれている! これだ、レイラちゃんに足りなかったのはこれなんだ! もっと言えば、ゆったりとした服だからかその服を押し上げるレイラちゃんの胸の大きさがより強調されているのがいいね! エロい! 可愛い! エロ可愛いよレイラちゃん!

まぁ何が言いたいかっていうと。どれだけレイラちゃんが自分の素材をほったらかしにしていたのかが良く分かる位、可愛く着飾られていた。

「うんうん、店員さん、貴方中々良い仕事するじゃないか」

「でしょう? 稀に見る良い素材だったので、久々に腕が鳴りました」

サムズアップする僕と店員さん。

そして、僕は改めてレイラちゃんに視線を向けた。

「ど、どうかな♪ 可愛い?」

「うん可愛いよ、特に足と肩がエロくて可愛い」

レイラちゃんが指を絡ませながら聞いてくるのに対して、僕は普通に褒めた。すると、レイラちゃんはいやんいやんと身体をくねらせて喜ぶと、ニコニコと上機嫌に笑顔を浮かべながら前髪に付いている狐の髪留めを指差した。

「えへへ……あのね、この狐の髪留めが気に入ってるの♪」

「へぇ……でもなんで狐? 予想は付くけど」

「きつね君と同じ名前だから♪ それに、きつね君も狐のお面持ってたでしょ? フィニア達を取り戻したらお面も戻って来るし、お揃い♡」

やっぱりか。

でもそうだなぁ、狐のお面。しおりちゃんから貰った大事な宝物だから、出来れば早い所取り戻したいね。やっぱり、あれがないとちょっと落ちつかないし、肩に乗っていたフィニアちゃんの重みがないのは、少し寂しい。

「早く取り戻せるといいね♡」

「……そうだね」

取り戻すさ、お面も、フィニアちゃんも、ルルちゃんも。全部僕の大事な宝物で、パートナーで、家族なんだから。

レイラちゃんの言葉に改めてそう思いながら、僕は苦笑してそう返した。