―――僕達に襲い掛かった異変を僕とレイラちゃんが知ったのは、その日の夜。もう日を跨いだ後の事だった……。

◇ ◇ ◇

あの後、お洒落に嵌まったレイラちゃんは、僕が褒めたその服を一括で買い取り、そのまま着て帰ることになった。折角の洋服を汚したくないというレイラちゃんの意向を汲んで、ギルドで依頼を受ける事もせずに僕とレイラちゃんは宿へと帰ることになった。

どうせ、ドランさんとリーシェちゃんが依頼に出てるんだし、わざわざ2手に分かれてまで別々の依頼を受ける事も無いだろう。僕としても、お洒落に目覚めたレイラちゃん、名付けてオシャレイラちゃんとなって、新しいことにも興味を持ったレイラちゃんの意向はあまり無視したくないしね。

このお洒落を皮切りに、もっと色んなことに興味を持ってくれると良いなってお兄さん思うね。

でも凄い予想通りの展開が待っていた。盗賊に襲われている王女様の件から思ってたけど、最近テンプレな展開が多い気がする。

洋服店からオシャレイラのまま出たレイラちゃんは、普通に異性の目を惹いた。

彼女はかなり質の良い美少女だからね、数十分前まではワンピースに黒いサンダルの様な靴で、正直可愛いけど残念な子だったから、あまり人の視線を集めはしなかったんだけど、今の彼女は完全にお洒落という武装で固められた完全武装オシャレイラちゃんだ。

可愛い女の子が上機嫌でニコニコと歩いていたら、そりゃあ言い寄って来る男が居てもおかしくはない訳だ。とどのつまり、ナンパが発生した立て続けに発生した。

「なぁそこのお嬢ちゃん、俺と遊びに行かネ?」

「え? なぁに? 私と遊びたいの?」

「はいはい行くよー」

話し掛けられる度に反応して付いていこうとするレイラちゃんを、僕は首根っこを掴んで連れていく。

でも、唐突に僕がターゲットにしていたレイラちゃんを連れていこうとしたことで、ナンパをしようとした男は苛立ちを隠せないようだ。僕の連れていこうとするレイラちゃんの手を掴んで、僕を引き止め、そしてギロリと睨んできた。

「あんさぁ? この子俺が先に目ェ付けてたワ・ケ・な・の・よ? 分かるー? 横から来て調子乗って割りこんでくんじゃね―っての!」

「はぁ……うるさいなぁ。黙っててよ」

「なっ……てめェ……やんのかコラァ!!」

「おらぁ」

「ごふぁ!?」

「あはっ♪」

とりあえず、流れ作業の様に転がしておいた。戦闘の素人でも、一般人相手負けるほど僕も弱くはない。こんな取り敢えず可愛い子に寄って来た様な、灯りに群がる虫同然の存在なんて軽く捻れる。

まぁこれだけでも凄い成長だけどね。この世界に来た頃なんて、一般人1人にだって勝てない一般的な男子高校生だったんだから。思えば随分と化け物染みたステータスに育ったものだよ。思わず笑っちゃうねぇ。

倒れて動かなくなったチャラ男君を道の路肩に寄せておく。この後どうなるのか分からないけど、この国のことだから、警邏してる騎士の人達が回収してくれるだろう。救護施設的なのもあるみたいだし。

「ねぇねぇ、今のってなぁに? 遊ぶとか何とか言ってたよね♪」

「気にしない気にしない。レイラちゃんがお洒落したもんだから、普段は言い寄って来なかったくせに見た目が綺麗になっただけでしゃしゃり出てきた虫だから」

「あ、そうなの? うふふうふふふっ♪ 面白い虫だったね♡」

どうやら、レイラちゃんの琴線には触れたらしい。ある意味、ナンパ成功? まぁ本人があんな状態になっていては世話ないけどね。あはは、というか何処の世界にも居るものなんだねぇ……ああいう如何にもなナンパをする様な人。

やっぱり、生物に男女という性別が存在する以上、身形の整った異性に求愛行動するのは、生物の根底にある本能的な行動なんだろう。なんつってー、ちょっと古くからの生物的本能を語ってみたりして。

といっても、レイラちゃんは元人間の現魔族だから、人間との恋愛が出来るかは分からないけどね。少なくとも、人間である僕に好意を抱いている彼女には、その可能性が秘められているよ。

あ、でもレイラちゃんって僕の左眼を食べたこと謝ってないよね。レイラちゃんが頼んだおかげで使徒ちゃんが僕の左眼を治してくれた訳だけど、それでもレイラちゃんが左眼を食べた事には変わりないんだし、ちょっと謝って下さい! そういう所大事だと思います!

なんつってー、今更気にしてないし。そもそもこの世界においては、弱かったのが悪いんだ。だからレイラちゃんは悪くない。謝って貰う必要も無い。

「それにしても、服屋から宿まで150mもないのに良くナンパされたなぁ……しかもさっきので3人目だし、どんだけモテモテなんだよレイラちゃん……」

「ん? うふふっ♪」

羨ましいなぁ、僕なんて生まれてこのかた嫌悪感に囲まれて育ってきたのに、随分な格差を感じる。僕確かイケメンって設定だったと思うんだけどなぁ……神様は僕を作る際に他人からの嫌悪感でも配合したのかな? 傍迷惑な話だよ、そのせいでどれだけの男がモテない青春を送っている事か!

まぁ、僕みたいな青春を送ってる奴なんてそうはいないだろう。なんせ異世界だもんね、高校生活最後の1年が異世界だもんね、とんでもないよね本当。

と、そんなこんなあって、服屋からほんの150m程の距離を歩き切って、宿へと帰って来た。扉を開けて中に入ると、最早お決まりのように広がる1階の食堂で、食事をしている人達が数名ちらほらとテーブルに着いていた。

これからどうしようかな、部屋で休むにしてもやることないしなぁ……瘴気の力を使える者同士、瘴気で出来る事探す? でもなぁ、正直ウイルスについて知ってる事もそうないしなぁ。

ちなみに、この瘴気の力は治療に使うことは出来ないらしい。ウイルス治療的なこともやってみたいなーと思ったけど、上手くいかなかった。自分の身体で試したんだけど、どうやら瘴気は毒が強すぎるみたいなんだよね。免疫力を高められるかなぁと思ったんだけど、ほんの少しでも十分な致死効果を持つみたい。

「これからどうしようか、レイラちゃん」

「お風呂! お風呂入ろっ♪」

「ああ、お風呂……」

そういえばレイラちゃんに限らず、僕達はグランディール王国からお風呂に入ってないなぁ……『初心渡り』を使えば清潔にはなるけど、それまでの成長まで巻き戻っちゃうからね。そろそろ僕もお風呂に入ってさっぱりしたい。

ただ1つだけ問題があるとすれば、いつかと同じ様にレイラちゃんが侵入してくる可能性があるということだ。

僕的にもアレはちょっと精神的に辛い物があるよね。いや嬉しいことは嬉しいんだよ? だってべったべた引っ付いてくるレイラちゃんが、素っ裸なんだから。もう女体の柔らかさの素晴らしさは万の言葉を持ってしても語り尽くせない位だ。

でもさ、お風呂ってこう……精神的な疲労を回復する為にゆっくり出来る空間じゃない? だから至近距離に裸の女の子が居ると、ちょっとゆっくり出来ないよね。嫌でも意識しちゃうよね。

つまり何が言いたいかって言うと、ちょっとレイラちゃんと同時に浴場に入るのは危険だから止めておくということだ。

「ほら、きつね君♪ いこっ♡」

「やだ」

「うふふうふふふっ♪ 背中流してあげるぅ♡ フロリアが言ってたの! 男の子は背中を流してあげると喜ぶって♪」

あの姉妹次会ったら1発叩いてやる! うちの子に色々不純なことを吹き込んでくれちゃって! この子は馬鹿で発情悪魔だけど、そういう面じゃ純粋なんだから、教えられたこと全部素直に真に受けちゃうんだぞ!

どういうところに羞恥心を感じるかも良く分からない子なんだぞ! キスは良いのに手を繋ぐのは恥ずかしい、ノーパンは良いのにパンツ履くのは恥ずかしい、なんて妙な感じなんだから! どうせ君達は異性の前で裸になるのは流石にやらないだろうと思っての冗談だったんだろうけど、レイラちゃんはやるぞ! 一緒にお風呂に入るのはこの子的に有りなんだからな!

返せ! 僕のゆったりお風呂タイムを返せ!

「お風呂♪ きつね君とお風呂♪」

あー……レイラちゃんの手が僕の襟首を掴んでお風呂へと引き摺って行く。筋力的にはレイラちゃんの方が高いからこうなると抵抗出来ないのが僕のステータスの痛い所だよなぁ……物理ダメージには強いんだけどね。

どうやら僕のお風呂タイムは、身体の汚れを落とすだけで、ゆっくりする事は出来なさそうだ。

◇ ◇ ◇

―――その夜だ。

お風呂から上がってしばらく経った。もう日も暮れて、晩御飯も食べた後だ。

お風呂に入る前よりもちょっと精神的に疲れた僕は、上機嫌でまた購入した服を着てベッドに座っているレイラちゃんを見て、最近この子ずっと上機嫌だなぁと思っていた。

でも僕には今、少しだけ気になっている事があった。それは、もう殆どの人が就寝する時間にも拘らず、僕とレイラちゃんが同じ部屋で起きている事も関わっている。

簡潔にいえば、本来この場所に居る筈の人間が居ないのだ。

つまり―――ドランさんとリーシェちゃんが帰って来ていなかった。

夜中だったけど、1度ギルドへ行って確かめてみた。ドランさんとリーシェちゃんらしき人物は、昼間に依頼を受けて出ていってから、1度もギルドに戻っていないらしい。受付嬢の子の1人がそう言っていた。

―――あの大きな冒険者の男性と紅い髪の女性は、依頼を受けて出て行くのを見ましたよ。ですが、まだギルドへは帰って来てませんね……。

でも、僕が気になっているのは彼女が次に口にした言葉だ。その言葉は、ドランさんとリーシェちゃんが帰って来ない理由に、何かしらの関わりがあるのかもしれない。そう思ったからだ。

―――でも変なんです。あの2人が依頼を受けた時……『受付をした受付嬢』が分からないんですよ。誰も受付した覚えがないということでして……。

ドランさん達が受付をした受付嬢が、分からない。同じ職場で働く以上、普通は把握している筈の受付嬢の顔を、彼女は分からないと言ったのだ。誰も受付した覚えがなく、また受けた依頼も分からない。依頼書も見当たらないという話だ。

明らかにおかしい。ドランさんとリーシェちゃんが、何かに巻き込まれた可能性がある。

帰ってくればそれでよかった。でも、もう日を跨ごうとしているというのに、ドランさん達は帰って来ない。

これは、明らかに異常事態だ。

「……レイラちゃん」

「うん?」

「ドランさんとリーシェちゃんが帰って来ない、探しに行こう」

「……うん♪ 分かった♡」

だから僕は、レイラちゃんを連れて深夜の外へと出ることにした。この左眼は、レイラちゃんの肉片で作った瞳だからか夜目が利く、夜遅くて暗い道でも、ある程度は視認する事が可能だ。

それに、瘴気のナイフなら暗い道の中で使えば、暗い空間に隠れてくれるだろう。万一何かしらの敵がいたとしても、そこそこ有利に事を運べるはずだ。

「じゃ行こうか」

「うん♪」

リーシェちゃん達と違って、僕とレイラちゃんは特に外へ出る為に準備をする必要がない。基本身体1つで戦闘はこなせるし、武器も瘴気を使うから意味は無いんだよね

そして、僕とレイラちゃんは部屋を出るべく扉を開ける―――

でも、そこから外に出ることは出来なかった。

何故なら、扉を開けた瞬間、僕の身体に大きな何かが圧し掛かって来たからだ。

ぬるり、となんだか生温かいその物体は、僕の身体よりも大きい。でも、それが人であることは、すぐに分かった。

そして、それを押し退けて良く見てみると……そこには―――……!

「ドラン……さん……!?」

血塗れのドランさんが、意識を失った状態でそこにいた。

これが、ルークスハイド王国にやって来た僕達に訪れた最初の異常事態。

しかも、明確な敵が分からないという……不可解な事態の、始まりだった。