ルルとフィニアが受けた依頼の内容は、Dランク依頼だ。

ジグヴェリア共和国近辺には、鉱物の取れる鉱山が多く存在している。そしてそこには、ロックゴーレムと呼ばれるDランク魔獣が存在している。この魔獣は獣には見えないものの、体表が岩で覆われたれっきとした生物だ。その耐性値は、やはり岩の様な堅い体表をしている故に高い。

生まれたばかりのロックゴーレムの体表は、岩の様でいてかなり脆いのだが、成体にもなると身体も大きくなり、その堅さは折り紙付き。Dランクの魔獣だけあって、パワーも堅さも並以上だ。速度はそれほど速くはないのだが、カウンター気味に振るわれる拳の威力は必殺とも取れる程である。

フィニアとルルが受けた依頼は、このロックゴーレムの討伐だ。鉱山という環境には、このロックゴーレムが数多く存在する。それこそ年がら年中見られる程だ。鉱山に入れば必ず遭遇すると言っても過言ではない。故に、この依頼は年中張り出されているのだ。

「―――ッ……! やはり堅いですね……」

「一旦下がってルルちゃん」

「……はい」

そして今、ルルとフィニアは鉱山に入ってロックゴーレムと対峙していた。数は1体だが成体だ、ルルの振るう小剣は、その体表の岩に何度も弾かれている。

というのも、これはルルの攻撃力がロックゴーレムの堅さを下回っているというわけではない。ルルのステータスに対して、桔音から貰った小剣が合っていないのだ。この武器は元々一般女性の護身用、冒険者の武器としては些か心許無いのだ。

本来ルルのステータスならば、もっと重い長剣を使った方がより一層そのステータスを生かす事が出来る。今の小剣では、ルルの実力は半分も発揮出来ない。

「やっぱり強いね、きつねさん並の堅さだよー」

「……きつね様はもっと強いです」

「あははっ! そうだね、今じゃもっともーっと強くなってるだろうね!」

だがそんな状況下で、呑気にそう言うフィニア。ルルもまた、その言葉に対して桔音はこんな岩の化け物よりももっと強い、と対抗する様に言う。

戦闘中であるといっても、それほど緊張感はないようなやりとりだ。それもそうだろう、ルルはフィニアとの訓練や、他の要因もあって、今やDランクの冒険者とだってやりあえるのだ。まぁステータス的にはAランク冒険者にも匹敵するのだが、やはり桔音と同じで技術が足りていない。

とはいえ、その技術も実戦方式での訓練や、勇者達の訓練を覗き見して盗んだりしているので、そこそこ身について来ているのだが。

「とはいえ……どうしよっか? かなり堅いよ、あの魔獣」

「大丈夫です……フィニア様、援護をお願いします」

「何か考えがあるの?」

「はい……岩の様な体表といっても、関節部まではそうじゃないので。速度勝負で片を付けます」

小剣を水平に構えて、ルルは腰を落とす。後ろに引かれた片足は、地面を蹴る為に地を踏み鳴らしている。既に何時でも攻撃出来る体勢に入っていた。

フィニアはルルの言葉に頷き、魔力を練る。ロックゴーレムの速度を見れば、ルルの攻撃に追い付けるとは思えない。多少危険ではあるものの、そこは自分の魔法でフォローすれば良い。

そう結論付けて―――フィニアは目を見開いた。

「行って、ルルちゃん」

「―――はい!」

フィニアの言葉に、ルルが地面を蹴った。獣人の肉体は、同ステータスでも人間より高い身体能力を発揮出来る。その速度は、まだ獣人としては幼いながらも、ロックゴーレムを圧倒する。

巨大なロックゴーレムの股下をスライディング気味に滑り抜け、背後へ回る。同時に、ロックゴーレムが足を振り上げ、ルルに向かって鎚の様に落としてくるが、フィニアがそれを光の魔力弾で撃つ。魔力弾の当たったロックゴーレムの足は、その衝撃でルルへ向かう軌道から逸れた。

すると、ソレが上手く嵌まったのだろう。ロックゴーレムはバランスを崩して後方へと倒れ込んでいく。

「今―――!」

その隙を、ルルは見逃さない。

小剣を振るい、倒れ込んでくるロックゴーレムの自重と小剣の斬撃の威力が加わって、ルルの狙い通りに膝裏……岩の装甲のないその関節部を、斬り裂く。

元々後方へと倒れ込んでいたロックゴーレムだ。膝を斬られた事で、足に力が入らない。ということは、自分の体重を支えられないという事、バランスを保つ事が出来ないということ。

ならば、当然ロックゴーレムが倒れてくる。その先にはルルが居る―――が、此処にはルルだけではない、フィニアがいるのだ。そう、背中を預けられる仲間が。

「『妖精の聖歌(フェアリートーチ)』」

そんな言葉と同時に、白い焔がロックゴーレムの側面から衝突し、轟音と共に爆発する。

ロックゴーレムの身体に傷は無く、焦げた様な後があるが、その衝撃までは防ぎ切れない。足に力が入らない以上、側面からの衝撃が加わればその方向へと倒れる方向が変わる。

結果、ルルの方へと倒れようとしていたロックゴーレムは、鈍い音を立てながら何も無い地面へと倒れ込んだ。無論、ルルは無事だ。

倒れたロックゴーレムは起き上がろうとするものの、足に力が入らないので立ち上がる事が出来ない。それは、明らかな隙であり、ルルやフィニアからすれば最早勝利を確信出来る姿である。

「うん、上手く行ったね!」

「はい」

フィニアが腰に両手を当てて胸を張る。この2人、桔音と別れてからというもの、ずっと2人で戦って来た故に、コンビネーションはばっちり合っている。

そしてそんなことを言いながら、ルルとフィニアは倒れたロックゴーレムの頭へと近づく。このロックゴーレムは、頭に1つの目玉と、人間でいう所の心臓に値する命の結晶を持っている。ソレを破壊するとロックゴーレムは死んでしまうのだ。

だからこのロックゴーレムは成体になるまで姿を現さない。成体のロックゴーレムの大きさは、全長5mの巨人だ。故に頭まで跳び上がって結晶を破壊しようとすると、当然反撃を喰らう。それこそ、必殺の威力を持った反撃を。

ソレが分かっているから、冒険者達は基本的にロックゴーレムを動けなくしてから結晶を破壊するのだ。

フィニアとルルも、他の冒険者達同様にそうした。そして、ロックゴーレムの頭に埋め込まれた様に存在する結晶を、小剣で砕いた。すると、ロックゴーレムは壊れた機械の様に動かなくなった。

「ふぅ……これで一応は依頼達成だね! どうする? 他のロックゴーレムを探す?」

「……いえ、帰りましょう。日が暮れる前には帰ると言いましたし……このペースならそれほど多くは狩れないと思いますから」

「ふーん……そっか! じゃ帰ろう、勇者気取りの所に帰るのはちょっと癪だけど」

「大丈夫ですよ、今にきつね様が来てくれますから」

そうだね、とフィニアは頷いてにぱっと笑った。勇者が居ないこの状況であれば、フィニアもこうして太陽の様な笑顔を浮かべるのだ。しかも、今はお面も取り戻して行動もかなり自由、その上先程桔音の懐かしい気配を感じたのだ。気のせいかもしれないが、もうすぐ……もうすぐ会える様な気がしている。

「ん、それじゃ戻ろっか」

「はい」

ロックゴーレムの素材を回収したあと、ルルとフィニアはジグヴェリアのギルドへと戻る為に歩き出した。フィニアを肩にのせ、小剣を鞘に収め、歩くルル。

だが、フィニアは倒れたロックゴーレムの死体を振り返って見ながら、眉を潜める。

―――ルルちゃん……幾ら何でも動きが速すぎなかったかな……?

ほんのちょっと思っただけだったが、何か特別な才能や資質があるわけでもないルルが、これほど凄まじい速度で成長しているのが少しだけ……疑問だった。

◇ ◇ ◇

その頃、勇者。

「ふー……あー疲れたな……」

「お疲れ様です」

ギルドの裏手にある訓練場は、まだ日が上っている時間だというのにガラガラだ。というのも、冒険者自体この国にはあまりいないからなのだが、そのおかげで勇者も中々集中して訓練をする事が出来た。

汗だくの身体を、セシルの持ってきたタオルで拭きながら、多少乱れた呼吸を整える。

「あの使徒とかいう奴と戦ってから、今までの訓練は結構肩慣らし程度にこなせるようになったな……さっきギルドで能力値を見たら結構レベルも上がってたし……そのおかげかな?」

「ええ、おそらくは。私はまぁ……上がってませんでしたけど」

「あー……えーと、あまり気にすんなって。あれは相手が強すぎたんだ」

「分かってますけど……」

現在の勇者のステータスはこうだ。

◇ステータス◇

名前:芹沢凪

性別:男 Lv109

筋力:44030

体力:47400

耐性:310:STOP!

敏捷:43800

魔力:26780

【称号】

『勇者』

【スキル】

『剣術Lv7』

『身体強化Lv6』

『俊足』

『威圧』

『魔力操作Lv3』

『天賦の才』

『直感Lv5(↑1UP)』

『不屈』

『心眼Lv5(↑2UP)』

『隠蔽Lv3』

『索敵Lv5(↑2UP)』

『見切りLv4(↑1UP)』

『回復速度向上(NEW!)』

【固有スキル】

『希望の光』

かなりステータスが向上している。これは、スキル『天賦の才』のせいだ。このスキルは、成長率をかなり増大させる効果を持ち、なおかつアクティブスキルのレベルの成長率も増大する。

つまり彼は普通の人の数倍の速度で成長出来るのだ。といっても、今まではその効果を発揮出来ていなかったようだが。このスキルはパッシブスキル……発動には何かしらの精神的な条件がある。

『不気味体質』が、敵意を持つ事で発動するのと同じだ。この『天賦の才』というスキルは、『強くなりたい』という気持ちに応じて発動する。これまでは、ただ勇者になったからという理由で訓練し、桔音との勝負の後は勇者としての存在意味に迷っていたから、『強くなりたい』だなんて思いは薄れていた。

そして、あの使徒との戦いの中で自分がした事を知り……そこで初めて強くなりたいと思ったからこそ、今の成長速度である。

レベルも100の大台を超え、まだまだ強くなれる実感があった。

「私も、負けられませんね」

「ん? ああ、そうだな。一緒に強くなろう、セシル」

「はい、勿論です」

セシルの言葉に、凪はイケメンスマイルで応じる。その言葉には何の裏表も無く、この世界で支えてくれているセシルと共に、もっと強くなりたいと思っていた。

ただし、それは勇者……凪の気持ちであって―――セシルの気持ちではない。

「じゃ、そろそろ宿に戻るか」

「…………はい」

踵を返し、タオルを首に掛けながら歩いて行く勇者の後ろを……セシルは影のある表情で付いて行く。