I Kinda Came to Another World, but Where’s the Way Home?
Ghosts and orange sounds
『私も仲間にしてよー、ねーねー、仲間に入れてよー……ふひひひひっ♪』
さて、一応あの幽霊屋敷の一件は解決したということで、僕達は宿へ帰る道のりを歩いていた。屋敷の地下を支えていた瘴気は消してある。代わりに、瘴気を操って周囲の地面を集めてぶち込んでおいた。地盤が緩んでしまうのは仕方ない事だとして、あのボロ屋敷だ……柔らかい地面の上でも立っていられるだろう。最悪潰れても構わない。
ああ、そうだ。もっと言うと、屋敷周辺の霧は無くなっていた。僕の予想通りあの霧は研究施設の実験道具が生み出したガスだったようで、地下施設が無くなったから汚染ガスは消えたみたいだ。まぁ地面の汚染や腐敗は元に戻らないのだけど。
で、今はその宿に戻る為に歩いている訳だけど、屋敷を出る所からずっと付いてくるノエルちゃんが喧しい。いや、憑いてくるかな? ふひひ―――なんちゃって。
とはいえ、この子は僕にしか見えないからフィニアちゃん達にどうにかして欲しいと言った所で、どうにかなる様な相手でもない。というかお前屋敷出れたのかよ、自縛霊ではなかったってことなの? 背後霊にジョブチェンジか畜生め。
にしても、彼女はさっきからずっと仲間に入れて、仲間にしてくれとしつこい。仲間になれば確かに戦力としては問題ないんだろうけれど、如何せん個性的過ぎる。これ以上個性の強いキャラがパーティに増えると裁くのが面倒になるんだよ。
考えても見て欲しい。レイラちゃんだけで手いっぱいなんだよ? それに、ただでさえ魔王やステラちゃん、メアリーちゃんとかSランク組に目を付けられてるんだ、ここでそれを簡単にあしらう幽霊が四六時中一緒に居たらどうなると思う。面倒極まりないでしょ、却下だ却下。
「きつね君♪ 疲れた顔してるね! ああんもう可愛いっ♡」
「きつねさんから離れろー! このっ、ばか! あほ! レイラ!」
「私の名前悪口みたいに並べないで! このむ―――……ごめんなさい、怖い顔しないできつね君……♪」
「はぁ……」
フィニアちゃんのことを虫と言い掛けたレイラちゃんだけど、僕がじっと睨むとしゅんと肩を縮こまらせた。上目遣いに謝って来るのを見て、溜め息を吐く。まぁ、前に言ったことを覚えていたのは評価して、許してあげよう。
まぁ、フィニアちゃんとレイラちゃんの犬猿の仲とでも言うべき関係は今更だし、こういうやりとりはなんとなく見ていて楽しいものがあるから良いけどね。ただ今はちょっと溜め息しか出ないけど。
「きつねくーん♪ んー、大好きっ♡」
「きつねさんから離れて!」
『きつねちゃーん、仲間に入れて? ふひひっ……♪』
「きつね、そういえば武器の製造はどうなったんだ?」
「病み上がり? だし、肉が喰いてぇなぁ……」
喧しい。ちょっと個性強すぎるぞこのパーティ。幽霊ちゃんを入れたとしても、種族がバラバラだね。人間、妖精、獣人、魔族、人間、人間、幽霊……わーおパーティの半分以上が人外だぜ! 十人十色とは言うけれど、全員原色じゃ色が強すぎる。此処の個性が高すぎて逆にバランス悪いよね。
まぁ偶然にも戦闘の連携的にはかなり良い感じにスキルバランスも高くなってるけどさ。
「きつね様……? 大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。ルルちゃんは良い子だねぇ」
「……? えへへ……」
ルルちゃんが居なかったら多分僕ストレスで胃に穴が空いてたよきっと。これだけ人数居て癒しキャラがルルちゃんしかいないとかちょっとあり得ない。とりあえず、ルルちゃんの頭を撫でながら癒されることにした。
なんとなく柔らかい髪質、撫でていると子犬を撫でている気分になってくる。流石小動物属性を持ったロリルルちゃんだ、天使よりよっぽど天使だよ。メアリーちゃん? あれは天使じゃなくてまともな教育受けてない子供だから。価値観からして狂ってるしね。
まぁ、ある意味天使らしいのかもしれないけど。
「きつね君、私も!」
「……はぁ……はいはい、よしよーし」
「うふふうふふふ♪ えへぇ……気持ちい~……♡」
でもまぁ流石のルルちゃんでも覚醒したレイラちゃんの齎す溜め息を止められる程、癒し切れる訳ではないようだ。ルルちゃんにも癒しの許容量があるんだろう。まぁ、ルルちゃんが全力で癒しに来たら多分違う意味で倒れるだろうけどね。
「?」
「……ルルちゃんはそのままでいてね」
「え? は、はい……!」
何が何だか分かっていないだろうけれど、ルルちゃんはこくんと頷いて小さな両の拳を胸の前で握り締めた。可愛い、超可愛い、抱き締めてやろうか!
おっと、自重自重……ルルちゃんに嫌われるのは嫌だからね。
「と、着いた着いた」
そこで、僕達は宿へと帰ってきた。ああそうだ、人数が増えたからまた部屋を1つ借りないといけないね。今借りてる僕とフィニアちゃん、ルルちゃんの1部屋に加えて、レイラちゃんとリーシェちゃんで1つ、ドランさんは1つかな? ノエルちゃんには部屋はいらないだろうし。
オリヴィアちゃんに貰ったお金がまだいっぱいあるし、金銭面は大丈夫だろう。
そんなことを考えながら、僕達は6人―――いや、7人かな? とにかく大勢で、騒々しく宿の扉を開いた。
◇ ◇ ◇
さて―――その夜のこと。
皆が寝静まった後……フィニアちゃん達全員が眠った後のことだ。昏睡状態にあったとはいえ、眠ったという感覚では無かったようで、リーシェちゃん達も案外すっと眠る事が出来た様だ。
そしてそんな中で、僕は1人――ノエルちゃんと対峙していた。宿の食堂スペースは、食事は出来ずとも空間だけは常時開放されている。軽くだけど灯りも付いているし、座って談笑する程度であれば食堂スペースを使うことが出来る。
流石にこの時間、人はいないけれど……僕は傍目から見れば1人でテーブルに付いている。でも、向かい合うように目の前で座っているノエルちゃんは、確かにそこに居た。
半透明で、死んで瞳孔の開いた瞳で僕を見つめている。結局、彼女は屋敷から此処まで付いて来てしまった。いや、憑いて来てしまった、かな?
まぁどちらにせよ、僕と彼女は1つの話をする為にこうして向かい合っている訳だ。
「……それじゃ、雑談でもしようか」
『ふひひっ♪ ……私を仲間に入れて欲しいなっ』
「ド直球か……で、なんでかな?」
そう、話の内容は……彼女を仲間に入れるかどうかの話だ。
元々彼女は幽霊で、僕以外のパーティには一切目視する事が出来ない。声を聞かせる事は出来るようだけれど、それでも声だけのコミュニケーションには限界がある。仲間として、あらゆる面での連携が期待出来ない訳だ。
それに、彼女自身どうして僕の仲間になりたいのかが分からない。200年以上もの時間をあの屋敷で過ごして来た癖に、今になってどうしてあの屋敷を出ようとおもったのか……ソレが分からない。
そう考える僕の問いに、ノエルちゃんはくすくす笑いながら答えた。
『ふひひ……! 理由はまぁ……なんとなく、かな? 元々、あの屋敷に固執する理由はないんだよ……ただ、私は私の死因と過去が知りたかった……でも知る術がないから諦めてたの。だからあの屋敷に近寄ってくる人間相手に悪戯してたりして過ごしてたんだけどねー……』
「ふーん……」
『でも、きつねちゃん……君が現れた』
ノエルちゃんは、だぼだぼの袖に隠れた手で僕を指差した。その表情に、普段の楽しげな笑みは消えている。いつになく、真実味を帯びた真剣な表情だ。死んだ眼と相まって、結構不気味だ。
『君が私に私の真実を教えてくれた……だから、私にとってあの屋敷は大事にするべき故郷でもなんでもなかった事が分かった……寧ろ、私にとって忌むべき場所だったんだよ』
「ま、そうだね」
『だから私はあの場所を離れるの……そしてこの身体で、世界を見てみたい! だって、今の私の世界はあの薄暗い霧に包まれた屋敷の中だけなんだよ? 折角色々と面倒な疑問も払拭出来たんだし、良い機会なんだよ』
良い機会。外に出たい、生前にも見たことが無い綺麗な景色を見たい。絶望しか見て来なかった故に、希望に満ちた世界を見てみたい……ソレが彼女の願い。
でも、それなら別に僕に付いてくる理由にはならない筈だ。屋敷から出られるのなら、自由気ままに外へ飛び出せば良い。
すると、そう思っているのが伝わったのだろう。ノエルちゃんは少し苦笑して続けた。
『知っての通り、私は幽霊なんだよ。言ってなかったけど、幽霊は自分が死んだ場所を離れることが出来ないの』
「え? でも今離れてるじゃん」
『自分の死んだ場所から離れる方法がない訳じゃないの。幽霊が自分の死んだ場所から離れる為には、生きている人間の魂を壊して憑依するか、生きている人間に取り憑くか、生きている人間と『契約』を、交わすか……今の私は、きつねちゃんに取り憑いている状態だね』
取り憑く、か。だからずっと僕の傍に居た訳だね。
自縛霊から背後霊にジョブチェンジとは言ったものの、あながち間違いじゃなかったみたいだ。とはいえ、移動手段が『憑依』、『取り憑き』、『契約』とは中々面倒なんだね、幽霊って。
ん? 『契約』?
「契約ってなに?」
『契約は契約だよ。最も損の少ない移動法って言っても良いかな? 『憑依』は肉体と魂の食い違いから直ぐに拒絶反応が出る。『取り憑き』は長期間やり続けると相手の身体に不調をきたす。だから前2つの方法は幽霊に得があるだけで、相手に損が多過ぎるんだよ』
「……じゃあ契約は?」
僕は訊いた。『憑依』も『取り憑き』も人間側に損があるというのなら、最も損の少ないという『契約』には、最低限どれだけの損が生じるのか。
『うん、『契約』はね……幽霊が相手に取り憑くのを許可して貰って、代わりに相手を出来る限り脅威から護ってあげるって契約を結ぶんだよ。その方法だと相手側の身体に異常は起きないんだ』
「でも、それで終わりじゃないんだよね?」
『……幽霊は生物にとって魂への影響が高い存在だから、契約して取り憑かせて貰ったとしても相手側に多少影響が出るの。まぁちょっと良くないモノに寄り付かれるようになるかな?』
幽霊に取り憑かれる挙句、良くないモノに寄り付かれるようになるの? 最悪じゃん。ただでさえ魔王とか寄って来た後だよ? これで幽霊を引き連れたら今度は邪神とか出てくるんじゃないの? 滅茶苦茶面倒臭いんですけど。
というか、これ拒否権なくない? 拒否したらずっと『取り憑き』くらうでしょ? 多分ノエルちゃん契約結ぶまでずっと『取り憑き』やってくるよ。憎いわー、なまじ幽霊が見える自分が憎いわー。
でもまぁ……仕方ないかな? ノエルちゃんを仲間にしたらしたで戦力的には頼もしいし、連携も最悪僕と上手く行けば十分だし……はぁ、本当Sランク級が良く集まって来るもんだ。僕呪われてんじゃないの? よし、今度巫女にあったら殴ろう。呪い関係は大体アレのせいだ。
『……きつねちゃん?』
「……あーはいはい分かったよ。とどのつまり契約してくれってことでしょ? するよ、どうせ拒否権なさそうだし」
『本当? やった、ふひひっ……!』
という訳で、僕はノエルちゃんと契約を結ぶことにした。どうしてこうなったかなぁ……元を辿ってみるか。えーと…………うん、元を糺せば全部勇者が悪い。元々この国に来たのは勇者を倒そうと強くなる為に来た訳だし。
まぁ、もう報復はしたから良いけどね。コレに関しては、もう仕方ないとしよう。魔王でもなんでも来いよもう……諦めたよ、ノエルちゃんいなくてもどうせ来るなら一緒だよ。
『じゃあ早速!』
「うん、どうすればいい?」
『ああ、大丈夫! 相手の承認が貰えたらこっちで勝手にやれるから! ふひひひっ♪』
あ、そうですか。
さて、そういう訳で僕とノエルちゃんは、人知れずぼんやりとした灯りの燈る食堂の中……ひっそりと契約を交わした。まぁ僕にはその契約がどれほどの時間で、どんな風に交わされたのか分からないんだけどね。ぼんやりと僕とノエルちゃんの間に繋がりが出来たことは分かったけど。
ただ、目に見える変化はあった。ノエルちゃんのステータスが見えるようになっている。
◇ステータス◇
名前:ノエル・ハロウィン
性別:女 Lv0
種族:幽霊
筋力:-
体力:-
耐性:-
敏捷:-
魔力:-
【称号】
『幽霊』
『人間と契約を交わした幽霊』
【スキル】
なし
【固有スキル】
『亡霊の宴(ティーズハロウィン)』
【PTメンバー】
◎薙刀桔音《契約者》
フィニア(妖精)
ルル(獣人)
トリシェ(人間)
レイラ(魔族)
ドラン(人間)
◇
やっぱり幽霊だからステータスにおける能力値はないみたいだ。肉体がないから仕方ないっちゃ仕方ないんだろうけどね。というか、名前は僕が付けたままなんだね。本名は肉体あってこそ、か。
ということは、今までの現象全てが彼女の固有スキルによるものだってことだね。でもここまで来ると大体その力の詳細も分かって来るというものだ。
しかしまぁ……なにはともあれ―――
『これからよろしくね! きつねちゃん!』
「よろしく、ノエルちゃん」
僕に、新しい絆が増えた様だ。僕以外、誰も見る事の出来ない幽霊という仲間が。