アンデッドを作り出す事の出来る魔族にして魔法を極めんとした大魔導師、『幽鬼(リッチ)』は桔音達の前に現れた。その姿を、大量のアンデッドと共に見せたのだ。灰色のくすんだ髪が、白骨となった頭から生えており、その頭蓋骨に見合う様に身体は白骨で出来ていた。魔導師らしいローブに身を包み、身の丈ほどの大きな杖、頭蓋骨に開いている眼の部分の穴から見える眼光は、酷く不気味だ。

大量のアンデッドが、桔音達の方をずるりと振り向く。直接対峙した桔音とリッチ、それ故にアンデッド達の動きは今までの比ではない程に良くなっていた。

リッチが桔音の前に現れたということは、桔音もリッチの目の前に姿を晒しているということ。姿の見える敵を倒すのと見えない敵を倒すのでは、その難易度に大きな差が生まれるのは必然。桔音の姿が見えるとなれば、リッチの操るアンデッド達の動きが良くなるのもまた必然だった。

この場にいるアンデッド達は全て、リッチが自分の手で操っているアンデッド達だ。今までの様に、襲い掛かって来るだけのアンデッドとは違い、行動は冷静で、攻撃には知恵があり、防御という選択肢を持っている。

桔音達にとっては、厄介極まりない。ノエルがリッチの身体を金縛りで拘束したところで、アンデッドを操るのは魔力―――動けなくなろうが意味はない。

桔音とリッチは、一切の言葉を交わすことなく戦闘を開始したのだ。

「ッ……!」

薙刀を振るった所で、それを躱すアンデッド。1体を倒すのに掛かる時間が先程までとは大きく違う。刃を飛ばし、数体の首を落としたが……すると次からはそれ学んだ様にアンデッド達は飛来する刃すらも躱すようになった。戦闘をしていく中で、死んでいくアンデッド達から多くの事を学び、桔音達の戦力と手札を読み取っている。

桔音の瘴気の力が解析されていくということは、レイラの力が無力化されていくということだ。つまり、この中で最も早くアンデッド達を倒せなくなっていくのはレイラである。肉弾戦で倒しても良いのだが、アンデッド達を操るリッチは、見晴らしの良い場所からレイラ達全員が見える場所に立っている。レイラが何処を攻撃しようとしているのか、それすらも上から見えている故にアンデッド達にも軽々と躱されてしまうのだ。

桔音は若干の焦りを感じていた。どうするべきか、と自分の手札を考慮し策を練る。このままではまずレイラが先に潰される。彼女は桔音程の耐性値を持っていない、『瘴気の黒套(ゲノムクローク)』を展開して防御に専念すれば平気だろうが、それでも完全とは言えない。顔は護られていないし、あの魔族のことだ……それをなんとかするだけの力は持っている筈だろうと思っていた。

未だ桔音は、顔を合わせただけの魔族の正体を知らない。リッチのことを『幽鬼(リッチ)』だと分かっていないのだ。相手の力を理解することも出来ない。

薙刀を振るい、近づいてくるアンデッド達を1体ずつ確実に死体に戻して行くが……このままでは体力が限界が来る。

「……どうする……っ……!」

「『光の波紋(ルナティックモアー)』!」

「切りがない……!」

今この場に置いて最も有効な力を持っているのは、フィニアだ。その光魔法は問答無用でアンデッド達を死体に戻して行っている。今は光の魔力をさながら水の波紋の様に外へと広げてアンデッド達を数十体程無力化したのだ。

しかし、それでも海の波の様に次から次へと押し寄せる肉の津波は収まらない。フィニアは飛んでいるから良いものの……これでは全く手の打ち様がない。

「仕方ない……か……!」

桔音は大きく後退し、その刃を切り替える。先程は狭い通路故に使えなかったが、今は大きく広い空間だ……使っても恐らくは大丈夫だろうと考えたのだ。周囲に人はいない、大量のアンデッドを一網打尽にするには、1発の火力を上げるしかない。

つまり『病神(ドロシー)』から『武神(ミョルニル)』へ

「全員、下がって!」

桔音の言葉よりも早く、巨大な刃から放たれる威圧感に気付いた全員が桔音の後ろへと下がっていた。その威力を既に知っているからだ。リーシェは知らないが、吸血鬼になったおかげか、それとも魔眼でアンデッド達が吹き飛ぶ様を見たのか、とにかく動き出しはレイラ達と遜色ない早さだった。

そして、桔音はその巨大な刃を振り下ろす。刃というよりは鎚のように、押し潰す一撃が振り落とされた。

そして、響く轟音。吹き飛ぶアンデッド達。衝撃波だけで脆いアンデッド達の身体は千切れ、吹き飛び動かなくなっていく。目の前に居たアンデッドに関しては最早肉片すら残らない様な桁違いの威力―――衝撃波が収まった時には、ほぼ全てのアンデッドが動かぬ死体へと姿を変えていた。

残った少数のアンデッド達は、フィニアの光魔法を中心にリーシェやレイラ、桔音によって掃討される。

だが、大量のアンデッドを葬り去ったその一撃はリッチには届いていなかった。遠くにいたこともあったし、何より彼自身が魔法で防御していたのだ。直撃であればソレごと叩き潰しただろうが、元々アンデッドを倒す為に使ったのだから、リッチが倒されなかったとしても構わない。

「……良い、素晴らしいぞ人間」

「……君が黒幕で良いのかな?」

「黒幕というには違うな。我は何も貴様に害を為そうとしていた訳ではない。アンデッドとして暇潰しに作ったあの人間(レイス・ネス)が、偶々貴様の仲間を殺しただけのこと……我にとっては貴様らのやる昆虫採集のようなものだ、文句を言われる謂われはない」

桔音とリッチは、初めて言葉を交わした。リッチの言う通り、今回の件に黒幕はいない。今回は偶々リッチが桔音の敵となってしまっただけであって、彼にとってはアンデッドの素材集めをしていただけのことなのだ。

まぁ人間であったこともあったので、仲間を殺された事で激昂するのも分からなくはないが、それでも彼は悪い事をしたとは思っていない。何故なら、それが『幽鬼(リッチ)』という魔族の生き方だからだ。

「我が人間の大陸に足を踏み入れるなど、100年に1度程度の話だったのだが……その1度でこうも破滅の運命を引き寄せるなどとは思わなんだぞ……まぁ、貴様が相手ならば仕方の無い事なのかもしれぬがな」

「何言ってるか分かんないけど……もうやって良いってこと?」

「ハッハッハ……まぁ聞いておけよ、先人のありがたい話だ。それに、貴様にとっても有益かもしれぬぞ?」

桔音は怪訝な表情を浮かべた。アレほどのアンデッドを差し向けてきたというのに、リッチにはなんの敵意も感じられない。寧ろ、話が出来ればそれで満足と言わんばかりだ。その大きな杖を振るうことも無く、魔力を練ることもしない。

本当にただただ、話をしているだけのようだった。

故に、桔音も警戒は解かないものの、話だけは聞こうかという姿勢を作る。レイラ達もそれに倣って攻撃を仕掛けるという事はしなかった。

そしてそれを見たリッチは、自身の白骨となった顎を撫でながら話し始める。だが、桔音はそのカラカラと音の鳴る口から放たれた言葉に驚愕を隠せなかった。

「貴様の運命についての話をしよう」

「運、命……?」

運命の話とはどういうことなのだろうかと、驚愕と共に首を傾げる桔音。だが、それを今から説明してやるとばかりに、リッチは口を開いた。

「貴様には、相手の能力値を見るスキルがあるだろう? それで貴様は見た事がある筈だ……『称号』という項目を」

「!」

称号、確かに桔音はその項目を見たことがある。自分にも幾つか称号がついているし、他の皆にも称号は1つか2つ程存在している。今までこの称号が何かを齎すのか分からないでいた桔音だが、リッチはその称号について何かを知っていた。

故に、口にしたのが運命。リッチは更に続けて説明しだす。

「考えた事はないか? 何故、勇者という絶好の獲物がいるにも関わらず、魔王サマがお前に眼を付けたのか……となりにいる『赤い夜』が貴様に引き寄せられたのか……100年に1度の頻度でしか姿を現さない我が、よりにもよって魔王サマに眼を付けられている貴様と偶然接触することになったのか……おかしいだろう? お前はこの世界に来てから1年も経っていない筈だ、それなのに何故これだけの魔族と遭遇する? 普通ならこんな短期間で何体もの魔族と出会う事などあり得ないだろう?」

「それは……」

確かにそうだ、と桔音は思う。ドランが魔族専門の冒険者であったこともあって、桔音は魔族と偶然出会うことはそうそうないことであるということを知っている。それなのに、自分はこの世界に来て3日で当時Aランク魔族であった『赤い夜』と出会っているのだ……どれだけ不運であればそうなるのか、桔音も怪訝に思ったことはある。

しかし、それは説明出来ないことであったから放置していた。運が悪かったとしか言いようがないからだ。偶々レイラと出会い、偶々魔王に目を付けられ、偶々リッチと敵対した。それだけのことだとしか言えなかったのだ。

だが、リッチはそれにはれっきとした必然性があったと言えるだけの根拠があった。それが称号という存在。

「称号とは、運命を引き寄せるモノだ。例えば、そこの吸血鬼となった元アンデッド……そいつには『吸血鬼』という称号があるだろう? これは、吸血鬼という種族である運命を表す称号だ……他にも獣人や冒険者、といった種族や職業を運命化した称号もある。まぁこれに関しては生まれや就いた職業が関わって来るのだ、今は放っておくとしよう」

「……」

「問題は、貴様の持つ称号だ。自身の種族など生まれの運命を示す称号とは別に、貴様の持つ何か特殊な経験を経て手に入れる称号というものがある……異世界を渡ったことで付いた『異世界人』という称号、更に『赤い夜』に好かれたということで付いた『魔族に愛された者』、そして幽霊と契約したことで付いた『幽霊の契約者』……この3つの称号が貴様の運命を大きく捩子曲げたのだ」

『!』

リッチの言葉に、桔音とノエルが驚愕の表情を浮かべた。桔音は称号を知られているということと、彼が幽霊という単語を使ったことに驚き、ノエルは彼が自分を見たことに驚いていた。

まさか、見えているのか? ノエルのことが。しかも、その3つの称号が桔音の運命を捩子曲げたというのはどういうことだ? 桔音は息を飲み、動揺を隠しながらリッチの言葉を聞く。

「貴様の持つ『異世界人』という称号……恐らく勇者には無かっただろう? あちらには代わりに『勇者』の称号が付いているからな……さて、この『異世界人』という称号がまず貴様の運命を変えている。『赤い夜』を引き寄せたのもこの称号によるものが大きいだろう」

「どういうこと?」

「異世界からの来訪者……つまり、貴様は称号からしてこの世界の人間とは認められていないのだ。故に、"それを排除する為の運命"を背負わされたということだ」

「!?」

桔音は驚愕の表情を浮かべながらも、なんとなくしっくり来るような感覚を得ていた。桔音という世界の異分子を排除する為の運命――それが本当だとするのならば、今までの事に全部説明が付いてしまうのだ。

リッチは、桔音の内心を知ってか知らずか……その説明を口にする。いつのまにか、桔音達はリッチの話す内容に意識を持っていかれてしまっていた。戦意はもう両者にはなく、リッチが最初に言った通り話をしていた。

「まず、貴様を排除しようとしたのは『赤い夜』だ。まぁ、本人には自覚は無かっただろうが……そこで貴様は運良く生き延びた。偶然『赤い夜』が見逃すだけの要素が備わっていたのかもしれないな……だが、ソレがまた貴様の運命を捩子曲げる―――運悪く、貴様は図らずも『赤い夜』を魅了してしまったのだ」

それで付いた称号が今、『魔族に愛された者』となっている訳だ。桔音は、なんとなくその先が分かった気がした。

「……つまり、レイラちゃんと出会って手に入れた『魔族に愛された者』っていう称号は、レイラちゃんだけの話じゃなく――」

「そう、魔族は魔族だ。お前は全ての魔族を引き寄せる運命を背負ってしまったのだよ。その結果、『異世界人』の齎す運命を合わさって、魔王サマを引き寄せた訳だ……まぁ、その前にCランク程度の雑魚魔族と遭遇しているようだがな」

バルドゥルのことか、と桔音は思う。

「魔王を引き寄せながらも、『異世界人』という運命は止まらない。元々魔族以外であっても貴様を排除するだけの存在であれば引き寄せる称号だ。心当たりはあるだろう?」

「……ステラちゃんか」

「そう、我々魔族にとっても不確定要素であり、謎の存在である『使徒』の登場だ。アレが何処から来たのか、どんな存在なのかは分からないが……確実にお前はあの存在にとって排除すべき存在だっただろう?」

確かに、と桔音は思い出していた。ステラと最初に出会った時こそ、彼女はレイラを排除しようとしていたが、結果的に戦ったのは桔音だった。そして、最終的にステラは異世界人である桔音を排除すべく襲撃してきたし、それを退けた後はメアリーがやってきた。どちらも桔音を排除出来るだけの能力と実力をもっていたし、なんとか退けたは良いものの再戦すれば負ける可能性の高い相手だ。

もっと言えば、とリッチが続けた。桔音の思考が中断され、リッチの方へと向く。

「貴様の前に現れる相手は、後に連れて強くなっていただろう? もしくは、貴様にとってやり辛い相手だった筈だ……貴様を排除する為に運命が引き寄せたのだから、貴様を排除する力を持っていて当然だがな……その最たる例が、そこに居る幽霊だ」

「やっぱり、見えてるんだね」

「まぁ私も一旦死んだ身だ。『幽鬼(リッチ)』になる前に一瞬だが幽霊になった経験があるのだ……とはいっても、今の私は白骨体であるが肉体を持っている……そこの幽霊に手出しは出来ん。話を戻そうか……貴様はそこの幽霊と敵対した時、恐らくなんの手の打ち様も無かった筈だ。何せ物理攻撃が通用しないのだからな」

確かにそうだった。桔音はノエルと対峙した時、リーシェ達を人質に取られて何も出来なかった。戦えば確実に桔音が負ける相手だし、リーシェ達の生殺与奪権を握られている以上手の打ち様がなかった。最終的に、桔音はノエルに負けを認めて貰うことで事無きを得たのだから。

「結果的に、貴様らは契約を交わし……貴様には『幽霊の契約者』という称号が増えた。これが我を引き寄せた運命だ。この称号は幽霊と契約することで、死霊系の存在を引き寄せる運命を持っている……まぁこれはデメリットの部分であって、メリットもあるのだがな……今はデメリットの部分に注目して貰おうか。『異世界人』と『魔族に愛された者』が組み合わさって、強力な魔族と引き寄せる運命を背負った貴様は、死霊系の存在を引き寄せる『幽霊の契約者』を手に入れ、結果強力な魔族を引き寄せる、特に死霊系の魔族を引き寄せることになってしまったのだ。そして引き寄せられたのが、我だ」

死霊系の魔族の中で、最も高位の魔族―――『幽鬼(リッチ)』

そこで桔音は全てを理解する。今まで現れた強敵達は全て、桔音自身が引き寄せたということを。レイラも、魔王も、偶然ではない。桔音の運命が引き寄せた必然だったのだ。考えてみれば、出会った魔族全員1度は敵対しており、必ず戦っている。それは、相手が桔音自身の敵として現れたからだ。

ということは、桔音は強くなればなるほどそれを打倒出来るだけの強敵が現れるということになる。

「まぁ、我は死霊系の魔族であったから引き寄せられただけであって……貴様を排除するだけの力は持っていないがな……敵対する意思も無い、出来れば見逃して欲し―――」

桔音が思考に耽っていた所で、リッチの言葉が不自然に途切れた。桔音は視線を上げてリッチの方へと視線を向ける。そして、こう思った。

ああ、そうか。それならば彼女が現れたのも必然だったのかもしれない、と。

そこに、リッチの姿はなかった。代わりに存在していたのは、橙の髪を持った少女……その小さな拳でリッチだったモノを押し潰し、一瞬でその命を打ち砕いたのだ。

そしてゆっくりと立ち上がり、桔音の方へ相変わらず眠たそうな瞳で視線を送りながらピースを作った。

「いえーい……さいきょー」

これで戦ってくれるだろう? と言わんばかりに、最強の冒険者である彼女は可愛らしく首を傾げた。