カイルアネラ王国に辿り着いた。移動中はもっぱら瘴気の操作をして、休憩と野営の際はずっと素振りやドランさんの指導を受けていたから、特に暇では無かったね。たまに魔獣が出てきたりもしたけれど、基本リーシェちゃんの吸血鬼パワーの確認の為に犠牲となった。なんでも、リーシェちゃんはレイラちゃんとは違って、吸血行為をすることによってステータスを向上させることが出来るらしい。ステータスを覗いてみたら、レベルの向上と共に、以前の1.5倍程の伸び率でステータスが向上していた。

とりあえずレベルは1に戻しておいたけれど、吸血鬼って便利だなぁ。まぁ昼は途端に弱くなるからどっこいどっこいだけどね。

でだ、カイルアネラ王国は潮の香りが漂う、涼しい国だった。そこら中の人々は僕と擦れ違う際に避けようともしないし、視線すら合わせようとしないし、話し掛けても無視してくるけれど、海産物を取り扱っている店が多く、魚屋特有の生臭い匂いも混じっている。

「わぁー♪ これが海! でっかーい♪」

何よりも、広大な海に面しているのが大きな特徴だろう。国の何処に居ても見える程大きな灯台が聳え立ち、大型漁船から小型のボートまで、幾つもの船が停まっている港がある。無論、旅船は別途で港があるようだけどね。

レイラちゃんが両手を広げて初めて見るらしい海に歓声を上げていた。でも、海を初めて見たのはレイラちゃんだけではないらしく、奴隷生活を送っていたルルちゃんや内陸国ミニエラで生まれたリーシェちゃん、異世界の記憶を持っていると言っても生で見たのは初めてのフィニアちゃん、そしてなにより、孤児でありすぐに研究材料となって死んだノエルちゃん。

つまりはドランさんと僕を除いた全員が初めて見る海に感動しているようだった。言葉も出ない、というのはこういうことなのだろう。

「んッ! しょっぱいです」

「あはは、海は塩水だからね」

「そうなの? あはっ♪ おもしろーい♡」

ルルちゃんが海に指先を付けて舐めると、その塩味にピクッと肩を振るわせた。本当、海について何も知らないんだなぁ。

でも、こうして考えてみると僕のパーティって結構悲惨な過去持った人が多いよね。レイラちゃんは魔族に罹って人生ぶち壊されてるし、リーシェちゃんは騎士になれなかったし、ルルちゃんは奴隷生活だし、ドランさんは復讐心に取り付かれてたし、ノエルちゃんは実験素体にされた挙句死んでるし、僕なんて人生ハードモード過ぎるし。フィニアちゃんくらいじゃないかな、まともに生きて来たの。

改めて、このパーティ超異質だな。

「で、どうすんだ? 宿を取るにしても、お前に付いた称号が邪魔するだろうし」

「そうだよねー、どうするかなぁ……」

時間は……まだお昼前か。それじゃあまぁ、さっさと暗黒大陸に向かうことにしよう。距離的に言えば、船で大体2週間ってところかな? 大陸から大陸への移動って結構距離あるよね、一般的に船の速度が時速22km程度だから、計算すると大体7000kmくらいかな? 分かりやすく言えば、日本からハワイまでの距離がそれ位だね。

2週間も船の上っていうのは少々船酔いを心配するところだけれど、まず僕達に船を貸してくれる所がないよね。まぁそれ以前に暗黒大陸に船を出している所がないけどね。

うーん……そうだなぁ、残金は白金貨49枚と少し。てことは、日本円にして4億9000万円か。

「よし、船を買おう」

「マジか」

これだけお金があるんだし、最低限僕達が乗れればいいサイズのものなら、中古で良い感じのが買える筈だ。帰りにも使う訳だし、個人で船を持っておいて悪くは無いだろう。

「それじゃ、ドランさん。船買って来て、僕達が乗れる程度の物で良いよ」

そう言って、僕はドランさんにお金を預けた。

◇ ◇ ◇

「うーん……良い風じゃないか!」

という訳で、ドランさんに船を買って来て貰った。なんと燃料は魔力という魔導船らしく、その分残金の半分位持っていかれたけれど、フィニアちゃんがちょいちょい魔力を注入してくれればかなり長い距離を走る事が出来るらしい。

ただ、ノエルちゃんを除いた6人が乗れれば良い訳で、その中でもルルちゃんとフィニアちゃんは2人合わせても大人1人分にも満たない。つまりは結構小型の船ってことだね。

だから出航の時は大分漁師さん達に心配された。まぁこんな小さい船じゃ魔獣が現れた瞬間一飲みだろうしね。僕達は水中戦に長けてはいないしね。

だがしかし、ここでまたもや僕の瘴気が役立った。というか、この海という環境下で瘴気はかなり相性が良いのだ。考えても見て欲しい。海中には狂暴な魔獣も確かにいるが、あの生物が居るのだ。食物連鎖の最低辺、プランクトンと呼ばれる生物がね! 無数に存在するあの生物だって、細胞で出来た生物だ。

つまり瘴気変換が可能! もっと言えば、瘴気は海の中でも展開可能だったことも大きい。瘴気を海の中に展開し、プランクトンを片っ端から瘴気に変換したら―――僕の瘴気量が爆発的に増えた。しかも爆発的に増えても尚、プランクトンは無数に存在していると来た。

つまり海は、瘴気増量の絶好の餌場って訳だ。

そして、海の中にも瘴気を展開出来るという事は、近付いてきた魔獣達を瘴気変換してしまえば船が攻撃される事は無い。しかも、船の底を瘴気でコーティングすればその耐性値は僕と同じだから大抵の攻撃は一切通らない。

「あはは、我が船は無敵じゃないか!」

「改めてその力って反則だよねー」

僕の言葉に、フィニアちゃんがツッコみを入れた。うん、まぁ僕もなんとなく分かってる。

ああそうそう、この船は魔力で動くけれど操縦者は必要だ。僕達のパーティではドランさんが担当することになっている。ドランさんって結構色んな国に行っているから、船の操縦なんかも出来るらしい。一時期カイルアネラ王国にも滞在していたらしいし、海上戦闘も経験あるんだってさ。結構幅広い技術を持っているよね。

でだ、船を扱うに当たってそこまでは良かったんだけど……リーシェちゃんは海の上だと日陰になるものがなくてダウン、レイラちゃんは船酔いで潰れてしまい、ルルちゃんは2人の看病をしている。無事なのは僕とドランさん、空を飛べるフィニアちゃん、酔う身体がないノエルちゃんだけだ。リーシェちゃんは操縦室で横になっているからまだマシだけど、レイラちゃんが船に弱いとは思わなかった。

何せ、船に乗って数分でダウンしたからね。最初ははしゃいでいたけれど、今では死体の様に動かなくなってしまった。

「うふぇえぇぇ……」

たまに気持ち悪さで変な声を上げているけれど、いつもみたいな軽快な感じ口調ではなく、ガチのトーンだ。リーシェちゃんはともかく、レイラちゃんは海上戦では役に立たなそうだ。

「でもさ、きつねさん」

「ん?」

「称号って運命的な因果を引き寄せるんでしょ? きつねさんの場合超強敵カーニバルなわけじゃない?」

「不本意だけどね」

「てことはさ、海上に居たらそれこそヤバい敵を引き寄せちゃうんじゃないの?」

「……そうだね」

フィニアちゃんの言葉に、僕が明後日の方向を見て頷いた時だった。

突然船の両サイドの海面が同時に盛り上がり、どっぱーんという水の層を突破する音と共に2体の巨大な魔獣が現れた。はい来ました、フラグ建造&回収お疲れ様です。畜生、この称号達ホントいらないんだけど。捨てられるのなら今すぐこの海の底へと沈めてやりたい。

だけど残念、この装備は呪われていますってか。誰だこんな称号付けたの……神か? よし、神に会ったら1回殴ろう。あ、やっぱ返り討ちに会いそうだからやめとこ。

現れたのはBランク魔獣『溟海烏賊(クラーケン)』と同じくBランク魔獣『血海鮫(ブラッディシャーク)』。どちらも僕達の船など簡単に飲み込むか壊すか出来るサイズだ。海に隠れた身体も含めて考えれば大体全長20m位? 地球に大王イカとか呼ばれる奴らがいたけど、サイズはそんな感じ。

クラーケンの見た目はイカというよりもタコの方が近い気がするけど、触手は明らか8本より多いし、イカみたいなエンペラもある。なにこのイカとタコの交配から生まれたみたいな生物。キモいな。

それに比べて鮫の方は普通だ。普通にデカイ鮫だ。なんだか安心する。

「どうするの? きつねさん」

「うーん……デカイから正直小刻みに斬っても意味なさそうだしねぇ……よし、ぶっ飛ばそう」

というわけで『武神(ミョルニル)』を発動。この2日間で、少しは『死神の手(デスサイズ)』も使えるようになってきた。まぁそれでもドランさん曰く素人に毛が生えた程度らしいけどね。

今まで使ってきた『城塞殺し(フォートレスブロウ)』による超火力は、僕の拳でも『武神(ミョルニル)』でも、扱う僕の技術が素人だった故に大半の威力が分散してしまっていた。一流の使い手であれば、その威力を正しくその相手にのみ伝えることが出来るので、僕みたく放つ度に周囲を吹き飛ばすことは無いんだそうだ。

一流の使い手が僕の『武神(ミョルニル)』を使えるとしたら、きっと相手の意識を置き去りにしてその肉体を消滅させることが出来るだろう。肉体を失って尚、相手は自分が死んだことに気が付かないという状況を作り出せる。

僕が一流でないからこそ、周囲に威力が分散して全部吹っ飛ばしてしまうのだ。最強ちゃんとの打ち合いで押し負けたのはそういうこと。最強ちゃんの拳はその全ての威力が僕に向かって放たれていて、僕の刃は威力の大半が分散してしまっていた。だから押し負けた。僕が一流の使い手であれば、あんなにも圧倒的に敗北する事は無かったかもしれない。

僕は『武神(ミョルニル)』を構え、2体の巨大な魔獣達に対峙する。どうやら向こうもこの武器の威圧感に気が付いた様だ。中々手を出せずにいる様だが、引き下がろうとはしない。成程、向こうにも向こうなりの意地とプライドがあるらしい。流石はBランクの魔獣だけあるね。

『手伝おっか?』

「いや、いい」

ノエルちゃんの声に、僕は即答で答えた。この程度の相手を倒せないのなら、魔王になんて到底敵わないさ。

そう思いながら、僕は瘴気の足場を使って飛び上がり『武神(ミョルニル)』を振るう。巨大な鮫の顔面に、巨大な刃を振り下ろす。足場に体重を乗せ、重心を意識する様に……武器に振るわれるのではなく、武器と一体となる―――それがあらゆる武器に共通した心得。

ドランさんに教わったことを実践しながら振り下ろされた刃は、巨大鮫を頭から真っ二つに両断した。そして周囲の海面を吹き飛ばし、同時に両断された鮫の肉体を吹き飛ばす。まだまだ練習が足りないし、技術も素人に毛が生えた程度……でも、ただただ威力任せにぶっ飛ばすのではなく、今回はしっかり両断されてから吹っ飛んだ。

威力の伝達はまだ完全にコントロール出来ていないけれど、重心や武器の振るい方でかなり変わった。後はこれを完全に使いこなせる様になれば、『武神(ミョルニル)』も劇的に強くなるだろう。

「さて……次は君の番だ」

鮫を殺して、次はクラーケンだ。『不気味体質』を発動して薄ら笑いを浮かべながら見ると、警戒心を強めたのか少しだけ距離を取ってきた。しかも、『武神(ミョルニル)』を一度見ている以上、そう簡単に喰らってはくれないだろう。

クラーケンが触手で船を破壊しようとする。伸びてくる触手を瘴気変換で分解して防いだけど、どうやら再生能力があるらしく、一旦引いた触手は直ぐにずるりと元に戻ってしまった。なるほど、中々しぶといみたいだね。防御力はそれほどでもないようだけど、回復力は群を抜いている様だ。ここがクラーケンの恐ろしい所なのかもしれない。

「なら……手数で勝負だ」

『武神(ミョルニル)』から『病神(ドロシー)』に変換して、連続で瘴気の刃を飛ばす。視界に移る触手を全て斬り払い、足場を使ってクラーケンへと近づいた。海中に潜んでいた別の触手が迫るけど、それも薙刀で斬り裂いた。以前よりも薙刀が使いやすい……斬った後も油断せず、次の行動にすぐ移れる様に体勢を整える。

瘴気のナイフを空中に2本作り出し、クラーケンの巨大な目玉へと突き刺した。すぐに回復するだろうが、一瞬だけでも視界を閉ざす事が出来ればそれでいい。

足場を蹴ってクラーケンへと近づき、振りかぶった薙刀(ドロシー)をすぐさまハルバード(ミョルニル)へと変化させ、クラーケンへと叩き付けた。今度は真っ二つとは行かずに、今までの様な衝撃波の嵐が生まれ、クラーケンは回復することも出来ない程に粉々になった。

そして、瘴気の足場を使った再度船に戻る。今の2体で大分レベルが上がった。レベル1に戻しておいて、『死神の手(デスサイズ)』を元の漆黒の棒へと戻した。

「うん……もう少し練習が必要かな」

『武神(ミョルニル)』はまだまだ練習を重ねないと使いこなせない様だ。

ただこれから暗黒大陸まで2週間もあるのに、初日でこんな巨大魔獣が出てくるとか、ちょっと僕の称号の運命力が仕事し過ぎて辛い……まぁ、まだ道のりは長いから、もう少し用心していくとしよう。

『きつねちゃん! 白髪の子が吐いた!』

「うぇえぇ……」

「……」

あ、やっべレイラちゃんのこと忘れてた。めっちゃ船揺らしちゃった……取り敢えずごめんね!