実技試験を除いた筆記と面接の試験を終えて、桔音達は元の宿へと戻って来ていた。

首尾は上々……という訳にはいかないだろうが、桔音は『不気味体質』で学園長をからかったものの、表面上はしっかりとした返答を返していたし、ルルに関しては試験官の満足いく返答を返せていた。レイラやリーシェも、あらかじめ用意していた返答を返し、突然の質問にはアドリブで対応したので、平均点程度は取ることが出来ている筈だと思う。故に桔音は詳しく言及はしなかった。

しかし、屍音に関しては別だ。桔音は彼女に面接でどう答えたのかを問い質し、その内容を知った。自己中心的な回答を見事に炸裂させ、試験官を悪い意味で唸らせたらしい。これはあまり良い点は貰えていないだろう。その事実に大きく溜め息を吐いた桔音である。

とはいえ、筆記試験の方は皆不安はないとのこと。屍音に関しては問題用紙に記載された間違いや問題点、別の解釈までつらつらと書き綴ったらしいので、満点以上の解答用紙になってると自信満々に言う位なので、桔音も心配はしていない。

「実技試験は明日だね……過去の情報からすると、試験官に対して自分の得意分野で何かを見せるっていう試験方法が、毎年行われているみたいだけど……まぁ大丈夫かな」

「ああ、今日見た受験者達の纏う空気を見たところ……厄介そうなのは数人いたが、大半は大したことない様に思えた。おそらく、魔法や剣技で言えばそれなりのものは持っているだろうが……それを実際に戦術として扱う技術はないと思う」

桔音の言葉を、リーシェの言葉が裏付ける。今日同じ空間で試験を受けた受験者達は、リーシェの眼から見ても大したことのない者達ばかりに映った。確かにそれなりの体格をした男や、周囲を魔力で感知していた女、立派な剣を携えた男等々、素養としては十分な下地が出来ている者達ばかりではあったし、礼節や礼儀作法をしっかりと見に付けている者も多かった。

しかし、それは下地であって完成品とは程遠い。地面を均したのは良いが、その上に家を立てていないならば意味が無い。つまり、その下地を使いこなすだけの技術がない彼らに、これといった脅威は感じなかったということだ。

「ま、学園長がアレじゃ育てられる者も大したことないか」

「お前学園長に何したんだ……」

「あはっ♪ どうせきつね君は何かやらかして気味悪がられたんでしょ?」

「はぁ……全く、試験くらい大人しくしたらどうなんだ……」

それを理解している桔音も、学園長の怯え様を思い出しながら薄ら笑いを浮かべる。あの時からかう反面で、学園長の力量を見定めていた……結果、桔音の下した判断は『特に敵ではない』というもの。反抗してきた所で捩子伏せる事は簡単であるし、いざという時は力づくという強行手段に出ることも可能だということが分かったのだから、ある意味で儲け物だろう。

レイラが桔音の後ろから抱き付くと、リーシェが大きく溜め息を吐く。いつも通りの光景だ。桔音が馬鹿をやって、レイラがそれを面白がって、リーシェが頭を抱える。いつも通りで、幸せの日常だ。

すると、桔音の着けているお面と指輪から、ぽんという音と共にフィニアとリアが出て来た。2人ともずっと想いの品の中に入っていたせいか、ぐいーっと身体を伸ばしている。

「んあー……! 試験お疲れ様! きつねさん!」

「うん、ごめんねずっと中に居て貰って」

「別に良いよ! きつねさんの大事なお受験だもん、邪魔はしないよ!」

「君は僕のお母さんなの?」

お受験だなんて言われるとは思わなかった、とばかりに桔音は苦笑する。まるで子供扱いだなと思いつつ、桔音はフィニアの頭を人差し指でちょいちょいと撫でた。目を細めてにゅふふと笑うフィニアに桔音の頬も緩む。

すると、今度は指輪から出て来た狂気の妖精――リアが桔音の髪をくいくいと引っ張ってきた。何の用かと桔音はリアの方へと視線を向ける。そしてどんよりと暗い雰囲気を纏う彼女に、首を傾げながら聞いた。

「どうかした?」

「髪、紙? 今日、今日は何の日?」

「…………ああ、今日は試験を受けてたんだよ」

「しけーん? 試験、し、剣、死件、けんけんぱー……」

リアはやはり情緒不安定というか、言動が不安定だ。まるで言葉が上手く扱えないかのように、単語を幾つも羅列するだけの様に喋る。今日何故指輪の中に入れられたのか、桔音がなにをしていたのか、それそのものを全く理解していないようだ。

桔音がそれを説明すると、やはり分かったのか分からなかったのか良く分からない態度のまま、くるくると回りながらベッドへぼふっと落ちた。コロコロと転がりながらむーむーと唸るリアは、もう会話は終わったとばかりに好き勝手し始める。

桔音はそのリアの様子に苦笑しつつ、転がるリアの背中を何度か指で突いた。

「まぁどうにか試験は乗り切った訳だし、後は実技試験で相当のことがなければ入学は出来るでしょ……屍音ちゃんはなんか心配だけど、中等部の合格水準は高等部よりも幾分低い様だし、筆記と実技でなんとか挽回出来れば大丈夫、かな?」

桔音はそう呟き、リアを潰すようにベッドへ寝っ転がった。ふぎゅ、という呻き声が桔音の身体の下から聞こえてくる。数秒後、桔音の身体の下からリアが這うように抜け出した。ベッドの上だから、地面は力を入れれば沈んでくれる。それを繰り返してリアはふぅと抜け出た。

フィニアが桔音の身体の上に座り、桔音に抱き付いていたレイラは隣に寝っ転がる。いそいそと桔音の腕を運んで自分の枕にした。

ルルとリーシェはそれを見て軽く笑った。屍音はなにやってんだか、という目で白けていたけれど、椅子の背凭れの方に身体を向けて座り、頬杖を付きながら欠伸をした。

「ところでおにーさんのパーティってさー……おにーさん以外に人間いないよね。魔族、魔族、魔族、妖精、妖精、獣人……おにーさんだけじゃん、人間」

屍音は指差し確認で自分も含め、それぞれの種族を確認していき、最後に桔音を指差した。確かにこのパーティは人間という種族は桔音しかいない。他は全て魔族か獣人か妖精なのだから当たり前だが、それでもこれほどまでに種族がバラバラなパーティも他にはないだろう。

寧ろ魔族をパーティに入れている所など、何処にもない。戦うべき敵が混じっているのだから、当然だ。桔音達は冒険者パーティという枠組みの常識で考えれば、異常としか言いようがない集団である。

最早、パーティの様な集団だ。

死神と呼ばれる人間――桔音が率いる、世界最悪の病魔(ウイルス)『赤い夜』、魔族の王である屍音、人間から吸血鬼に至ったリーシェ、太陽の輝きを以って駆ける獣人ルル、思想種の妖精フィニア、同じくリア。

全員の戦力を足せば、あの最強ちゃんにも対抗出来るかもしれない。そう桔音に思わせる位には、このパーティは異常な空気と共に過剰な戦力を持っていた。

新参の屍音からすれば、やはりそれは顕著に映るのだろう。

『正確には幽霊の私もいるんだけどねー……ふひひひっ♪』

だが、そこにこの無敵の亡霊ノエルがいる事は知らない。何度も拘束を受けているが、屍音には彼女の気配すらも掴めない。その気になればノエルはこの屍音すらも、あの幽霊屋敷でやった様に仮死状態にする事が出来るだろう。魂に触れ、そして永遠に目覚めさせないことだって出来るのだ。

間違いなく、桔音のパーティの中で最強はノエルだ。何故なら、相手が油断さえしていればどうとでも出来るのだから。唯一天敵足り得るのは、概念的にものを切り裂く神葬武装を持った天使、メアリー位のものだろう。

「まぁ、色々あったんだよ。僕としても実際こんなパーティになるなんて予想してなかったし」

「でも良くこんなでこぼこのパーティでやってけるよねぇ、正直人間と魔族が共存している時点でおかしいし」

「君もその辺の常識はあるんだね。まぁ君も魔族だけどな」

「うっさいよ、死ね」

「お前が死ね」

「おにーさんがもっと死ね」

死ね死ねと連呼する桔音と屍音、その言い合いは結局、桔音が屁理屈込みで丸めこんだ所で終結したのだった。

◇ ◇ ◇

一方その頃、受験生達が全員帰って行った後の学園。学園長室では、憔悴した様子の学園長が、面倒臭そうな表情の大魔法使いと共に座っていた。

大魔法使いは元々研究室に居たのだが、学園長に呼び出されて此処に居る。研究も捗っていなかったので別に構いはしなかったのだが、それでも大魔法使いが他人の命令で動かされるというのは気にくわないようだ。

だが、学園長としてはどうしても大魔法使いと話しておかねばならない事案があった。そう、生きていた桔音の話だ。殺した人間が生きていたというのは、やはり大魔法使いとしても見過ごせない自体である筈なのだ。

「で、何よ?」

「きつね―――貴方が殺したと思っていたあの少年が、生きていました」

「……そう、確かに殺したと思ったんだけど……なんとなくそんな気がしてたわ」

しかし、学園長の言葉に大魔法使いは思っていた様な反応を返さなかった。教えられたことに対して、彼女は予想はしていたと言う。

彼女は魔法を使って桔音を確かに殺した。確実に死んだと思っていた。その考えに嘘は無いし、普通に考えてあの怪我で生きていられる筈がないのだから。しかし、彼女の心には完全に殺したという確信なかった。手応えが無かったというべきだろうか……彼女は桔音が本当に死んだのか? というほんの僅かな疑問を抱いていた。

確証はない、しかし直感という奴がそう告げていたのだ。もしかしたら、と。

「そう、生きていたのね。面白いじゃない、私の魔法を喰らって生きている奴なんてそうそういないわよ? 俄然興味が湧いて来たわ」

「ですが、彼は危険ですよ? 今日入学試験に出てきましたが……あの気配はまるで死神そのもの……」

「入学してくるなら都合が良いじゃない。それに、死神程度に屈する私じゃないわ」

学園長の言葉に、大魔法使いは不敵な笑みを浮かべる。死神の様だった、危険な気配を持っていた、そんなことを言われた所で彼女の自信は崩れない。彼女の自分自身に対する、自分の魔法に対する信頼は一切崩れる事は無いのだ。

そして、そんな彼女は言う。殺した筈の桔音。その彼が生きていた。

「少しだけ話を聞いてあげても良いわね」

ならばあくまで上から、死神の頭を私が抑えつけるとばかりに不敵な笑みを浮かべるだけだ。