I Kinda Came to Another World, but Where’s the Way Home?

What I got, what I lost, what I sprang up with.

「……7人……か」

「何か言いやがったですか?」

「ん、別に何も」

神と名乗ったあのカスは、結局送り込んだ異世界人の人数だけしか教えてくれなかった。それ以降の質問は、今のが最後の質問だろう、と言って一切口を開かなかったのだ。

具体的な人数として出て来た異世界人の人数――7人。

勇者だけで数えても歴史上6人。現在は2人存命しているというのに、その上異世界人は残り7人いるというのだ。しかも、今尚あの世界で生きている。ソレは最早桔音に驚愕以上の衝撃を与えた。

姿を消した神の後に現れたのは、小さな少女。膝裏まで伸びた艶やかな黒髪を揺らし、ルルと同い年程の年齢に見える彼女は、急に現れて少しの間目を丸くしていたが、神の仕業で引っ張り出されたのだと理解すれば行動は早かった。

大きく溜め息を吐いた後桔音の目の前に近づいて来たかと思えば、キッと上目遣いに睨みつけて来た。そしてその可愛らしい唇を開いて、元の世界に案内すると言ってサクサク先導を開始したのだ。今はその彼女の後ろを付いて行って真っ白な空間を歩いている所だ。

桔音は彼女の名前を知らないし、彼女も桔音と話そうとはしていないようで、2人の間には会話がない。それでも特に気まずいという雰囲気ではないし、寧ろ考え事をしたくもあった桔音としては、無駄な会話に思考を割く必要が無いというのは寧ろありがたくもある。

だが、どうやら桔音の思考は呟きとなって彼女にも聞こえたらしい。彼女は立ち止まり、桔音の方へとその艶やかな黒髪を揺らしながら此方を見た。

「そういえば、貴方誰ですか」

「あー、そこからなんだね君は……僕はきつね、あのカス女に異世界へ飛ばされた8人の内の一番新しい奴だ」

「ああ、酷い目に遭った日の……貴方のせいで酷い眼に遭ったですよ、謝罪しやがれです」

「ごめん」

「私は良い子なので許しちゃいますですよ! えへへ、素直な子は大好きです!」

やだこの子可愛い、と思う桔音。

少女は何故だか分からないが敬語というものをなんとなく間違って使っていたが、それでも尚それが彼女の個性だと思わせるだけのらしさというか、妙に違和感が無かった。

桔音をジトっと睨んで謝罪を求めた彼女だったが、桔音がその視線を逆に可愛いなぁと思いながら苦笑気味に謝ると、すぐににへーっと笑ってそれを許した。ちょろいのか、それとも本当に何も思っていなかったのか、彼女はなんというかあのカスとは対極的に扱いやすい子だった。

「それで、なんでその異世界人のきつねさんがこんな所に居やがるんですか?」

「知らない、ステータスぶち抜いたら此処に来てた」

「ああだからですか、以前も此処に来た人間は2人位いやがりましたですが、2人とも色々とやらかして此処に来やがりましたし」

すると、途端に歩を再開させながら桔音と会話を始める少女。桔音は先程までとは違って、この少女からも色々と情報が取れそうだなと思い、纏まらない思考は一旦止めて会話に勤しむことにする。

まずは、この妙な世界に来たことがあるという桔音とは別の2人に付いてだ。桔音は少女の隣に並行するようにして歩き、少女に質問する。

「2人? 此処に来た物好きが他にもいたの?」

「はい、物好き1号さんは橙色の髪の毛で、3歳位の女の子でしたですよ。妙なテンションが凄くうざかったです。物好き2号さんは橙色の服を着た、12歳位の女の子でしたですよ。高飛車でお転婆でじゃじゃ馬で傲慢で高慢で果てしなくうざかったです。あれ? 物好き3号さんは橙色じゃないですね?」

「とりあえず君が子供嫌いなのは分かったよ」

質問の結果、とりあえずこの少女がかつて此処に来た2人を嫌っていたことが分かった。そしてその特徴から言えば、此処に来た存在というのはおそらく最強ちゃんとあの大魔法使いアシュリーなのだろう。

「それで、此処に来る為の条件っていうのはなんなの?」

「そんなの決まってやがりますよ、捨てれば良いんです。何か、存在に関わる様な何かを」

彼女は説明する。黒髪を揺らしながら。

此処に来るためには、存在に関わる様な何かを捨てなければならない。それは桔音がやった様に生物全てが持っている『ステータス』というシステムの様なものだ。命にも匹敵する何か、という訳ではない。本当にその存在がその存在でいる為に必要な物を捨てなければならないのだ。存在理由や存在意義といってもいい、そういう小さくも大きな何か。例えば、生きる為に絶対に必要なモノ、その人物がその人物として絶対に必要不可欠なモノだったりだ。

「物好き1号さんも2号さんもそれなりのものを捨てやがったみたいですよ? 3号さんはどうやら自分の人間らしさを捨てやがったみたいですけど」

「ふーん……まぁそれはそれでいいや。所で、君は一体誰なの? あのカス女とは違う存在だよね?」

「ああ……私は―――と、此処ですね」

桔音の問いに対して、少女はふと気がついた様に目の前に視線を向けた。そこには真っ白い扉が存在している。いつの間にそこに現れたのか全く気がつくことが出来なかった桔音。少しだけ目を見開いて、少し後ずさりしてしまった。

少女はそんな桔音をスルーして、扉をガチャリと開ける。わざわざ歩かなければ辿り着けない出口とはこれいかにと思うが、まぁそういう世界なのだろうと桔音は納得することにした。

扉の向こうは白い靄の様な空間が広がっていた。どうやら異次元ゲート的な役割を果たす扉らしい。

「僕転移体験するの初めてだなぁ」

「呑気な人間ですねぇ、この扉を通れば元の世界に帰れるですよ。まぁ意識だけ飛んで来てるんで、眼を覚ます感覚ですねー」

「そっか、案内ありがとう」

「えへへ、お礼言われちゃいましたです。私良い子ですね!」

ちょろいな、と思いながら桔音はなんとなく彼女の頭をよしよしと撫でた。艶やかな黒髪はさらりと手のひらを滑る。中々に心地の良い感触だな、と思いつつ目を細めてにへーと笑う少女に破顔した。

とはいえ、桔音は扉を通る前に彼女の名前くらいは聞いておこうともう一度彼女の名前を聞いた。彼女は最早桔音のことを良い人だと認識しているらしい。良い感じに彼女はちょろかった。

そして、彼女は桔音に可愛らしい笑顔を向けながら改めて自己紹介をする。

「えへへ、私の名前はアイといいます! アイツは私の名前全然思い出しやがらないですけど」

「アイ? それって―――」

その名前に聞き覚えを感じて、桔音は言葉を紡ごうとする。しかし、その途中で桔音は扉の奥へと吸い込まれた。まるで時間切れの様に桔音を元の世界へと連れ戻そうとする意志を感じ、桔音はぼやける様に薄れていく目の前の景色を見た。

そこには桔音に向かって手を振るアイと名乗った少女。そして桔音は見た。彼女の艶やかな黒髪に隠れたその細い首、そこに存在している……薄汚れた黒い首輪を。それは何処かで見たことのある、あの首輪に似ていて、桔音は驚きに眼を見開いた。

だがその後、完全に意識はこの真っ白な世界から絶たれ―――元の現実へと戻って行った。

◇ ◇ ◇

『―――ちゃん! きつねちゃん!!』

「っ……ああうん……大丈夫だよ、そんなに大声出さないでノエルちゃん……」

桔音が目を覚ました時、空はなんだか青白くなっていた。どうやら一晩寝たまま過ごしてしまったらしい。ノエルは桔音が意識を失ってから今まで、ずっと声を掛けてくれていた様だ。声が嗄れない霊体故に、いくらでも一晩中でも声を掛け続けられたらしい。

桔音は起き上がり、頭に手をやりながら頭を振る。そしてノエルの声にぼんやりとした意識のままとりあえず返答した。

そして周囲を確認すると、早朝の涼しさが桔音の肌を叩き、出てこようとする太陽の明るみを感じて立ち上がる。

先程までの真っ白な空間の記憶はある。あの仮称カスと名付けた神らしき何かとの会話、その後出会った"アイ"と名乗った少女――その首に存在した薄汚れた黒い首輪。あれは、間違いなく『隷属の首輪』だった。薄汚れていたから、きっとずっと昔の代物なのだろう。機能はしていないようだけれど、それでも首輪としての役割は果たしているとばかりに、その存在を黒髪の奥で主張していた。

「アイ……初代勇者、神奈ちゃんの奴隷にして仲間だった少女と同一人物……なのか?」

『きつねちゃん! 大丈夫なの!? もう! 心配したんだよ!?』

「あー、うんまぁそうだね、大丈夫だよ。でもまぁ、色々と目的は達成出来たみたいだ」

『む、何か隠してる様な感じ……まぁ、良いけどさー無事なら』

桔音はたははと笑いながら立ち上がり、ぐいーっと身体を伸ばした。そしてまずは、とスキルの確認をする。人間らしさを捨てた桔音は、一体何が出来るようになり、何が出来なくなったのか、それを確認する。

すると、桔音はまずステータスを覗くことが出来なくなっていた。自分だけではなく、近くに居たノエルのものも見えない。本格的に、『ステータス鑑定』のスキルは使えなくなったらしい。

更に他の物はどうかと思い、『死神の手(デスサイズ)』を取り出しスキルを全て1つずつ付与してみた。これで発動しなかったものが、今の桔音に使えなくなったスキルだということだ。

そして確かめた結果、桔音はその失ったスキルと使えるままのスキルの偏りに気が付く。その偏りは、桔音の決めた『勝てなくとも死なずに逃げられる戦闘法』を確立する為だけに必要なものだけが残っている偏りだった。

つまり―――攻撃系スキルが、消えていた。

『城塞殺し(フォートレスブロウ)』と『鬼神(リスク)』が、消えていた。

「……一切の決め手を失ったってことか」

『ん?』

「いや、なんでもないよ。寧ろ、支障はない」

能力値は最早数値では表示出来ない。その数字は全て桔音の身体に力そのものとして宿ったのだから。ステータスという枠組みを破壊して、桔音の身体はステータスという枠組みによって調節出来た力を宿した。例えるのなら、ダムによって調節出来ていた水量が、ダムを壊したことで止め処なく流れる滝となり、身体という川へと流れ込んでいるようなものだ。

つまり、今の桔音にかつて意識するだけでステータスが勝手にやってくれた手加減は利かないということ。だがそれは問題ないだろう。力の加減など、攻撃的な調節は桔音には必要ないのだから。

「うん、まぁ追々詳細は掴んでいくとしよう。とりあえず、スキル自体はなんとか使える様だしね」

そう思い、桔音は瘴気の船を作ろうとして―――出来なかった。

「あれ?」

腕を振って瘴気を出そうとするも、やはり出ない。先程武器を通してなら発動したというのに、桔音本人が使おうとすると出ない。

「……まさか」

そう、桔音は気がついた。

力が肉体に定着したということは、その発動や力の調節は全て本人がしなければならないということ。つまり、ステータスというシステムが今まで桔音の戦闘や生活において、スキルを発動していたという事実が判明した。桔音の発動したいという意思を、ステータスというシステムが感知し、そのスキルを発動させる……それがこの世界でステータスというシステムが行っていた仕事。

簡単に言えば使える力の管理が、ステータスというシステムの役割だったのだ。しかし桔音はそれを破壊、その管理していた全ての力を自分自身の肉体に宿した。結果、彼は今までステータスというシステムが行っていた役割を自分でやらなくてはいけなくなった。

「……あー……くそ」

桔音はそう吐き捨て、天を仰ぐ。

カスと呼んだあの女が、あの真っ白い世界でカラカラと愉快に笑っている姿が思い浮かんだのだった。