「さて、入学おめでとう諸君! 俺の名前はアルバート・デルセンだ! この騎士科で実践授業を担当している! まぁつまりはこれからお前達に剣術を叩きこむ男だ、よろしくな!」

騎士科の授業、それは入学式の翌々日から始まった。

入学式の日を終えて、新入生達は各々授業の為の準備に入る。教材のチェック、同じ新入生同士の交流、授業の選択等々様々だ。

寮に入った後、彼らはそういった準備の為に街に出たり、学校の校舎を見て回ったり、それぞれ自由な時間が与えられた。教師達に話を聞くもよし、学園の施設を利用するもよし、先輩達と親睦を深めるもよし、時間の使い方は様々だ。そうした中で得られるものもある。

そして入学式の翌日は授業の説明とクラス分けの発表。桔音達は騎士科の授業を受けるが、魔法科の生徒も合わせたクラス分けだ。AからFクラスまでの6クラスがあり、特にクラスごとに順位や優劣はない。だが魔法科と騎士科の人数はそれぞれ均等に配分されるようになっている。

そのクラス分けの結果、桔音とレイラは同じAクラス、リーシェはBクラスとなった。高等部の人数も多い故に全員同じクラスとは行かなかった様だが、桔音としてはクラスが何処になろうが関係ないのでどうでも良い。

中等部の方でもクラス分けが為されたようで、同様にAからFクラスの6クラス。ルルはD、屍音はCと、どうやら別々のクラスになったらしい。だが、聞いた話によるとどちらも友人と呼べる人間は出来ているらしい。おそらくは同居人がそうだろう。

現在は騎士科の授業にて、校庭に出て来ている。体操服も制服と一緒に配布されているので、全員ソレを着ている。女子はブルマらしいのだが、それはあまりにも不健全ということで4代目勇者も涙を呑んで引き下がったらしい。但し、ブルマ自体は男達の欲望の為に採用され、女子はその上から長ズボンのジャージを履くのが通常となったようだ。

だが、別に気にしないし動きづらい、という女子はいるようで、毎年数名はブルマ姿を見せてくれるらしい。4代目勇者も、喜びに舞い踊っていることだろう。

「まぁ初回の授業だからな、まずは各々自己紹介をして貰おうと思う。名前、趣味、特技、後は何か一言言う位だな。意気込み的な物でも良いぞ!」

教師の名前はアルバート・デルセン。引き締まった肉体を持っており、その身長はおよそ2mにも届くのではないだろうか。しかし怖いと思わせる様な空気を纏っておらず、元気な笑顔で溌剌とした声を出している部分から、そこそこ愛嬌と親しみやすさを感じされる先生だった。

腰に提げた剣は使い古されてはいるものの、手入れがしっかりされているのかボロ剣といった印象は抱かせない。佇まいも一流で、ある程度実力のある者が見れば、この男がかなりの熟練者であることは直ぐに見抜けるだろう。

だがそれはまだ騎士として未熟である新入生に分かって貰うには、あまりにも分かりにくいものである。

「まずは自分が自己紹介したらどうだ? それに、俺は自分よりも弱い者から教えを乞うつもりはないぞ?」

故に、毎年こういった生徒が必ずと言って良いほど出てくる。しかしアルバートもそれを毎年経験していることから、動じることなくそれに答えた。寧ろその言葉を待っていたとばかりに、答えが元々用意されていたかのような余裕さすら感じさせる。

「ああ、そうだな。先も言ったが、名前はアルバート・デルセン。年齢は36歳、妻も娘も居る幸せ者だ! そして俺の実力だが……そうだな、少なくともこの場にいる全員が束になって掛かって来ようが負けることはないと断言する程度には強いぞ?」

「……何?」

「ワハハハッ! まだまだひよっこのお前らには負けないってことだ。おっと気を悪くするなよ? これでも俺は昔騎士団の隊長を務めていたこともあるんだ。今のはそれに対する自負というか、プライドみたいなもんだからよ!」

騎士団の隊長。騎士団には騎士団長と呼ばれるトップがいて、その下に副団長が存在する。そしてその更に下に幾つかの隊が存在し、その隊ごとの長が隊長だ。つまり、実質騎士団で上から3番目の立ち位置に立っていた人物だ。

その実力はその隊であろうと変わらず飛び抜けており、やはり常人では敵わない程に強い。

すると、それを言われた生徒達はアルバートという名前の隊長がかつていたことを思い出す。彼らがまだ小さかった頃の話故に分からなかったが、大怪我を負って第一線を退いたアルバートという隊長がいたことは、騎士団の記録にもしっかり残っているのだ。

だがまさか学園の教師をしているとは予想もしていなかった。

「……すいません、失礼な口を利きました」

「ワハハハッ! 良いってことよ、まだまだ若ぇんだ! そんくれぇ元気があった方が良いさ……そんじゃ、自己紹介してってくれ。ああ順番は出席番号順で良いぞ」

アルバートに対する認識を改めた所で、彼の指示が飛ぶ。自分達よりも強い、という発言に苛立ちや不満を抱いた者は少なくはない。しかし彼の言っていることは事実であり、かつ彼自身の言葉に馬鹿にするような念がなかったことが、生徒達を引き下がらせる要因となっていた。

そして彼の指示に従い、生徒達が自己紹介をしていく。貴族で真っ直ぐな精神を持った男子、剣術を幼小より学んできた者、女でも強い事を証明したいという者、意気込みは様々だがやはり夢は騎士団に入って名を残したいという者ばかりだった。

アルバートから見ても、やはり面構えは将来有望な生徒達ばかりだ。育て甲斐があると、内心で彼らの若さに十人十色、違った輝きを見た。

「うむ、えーと……次は、きつねか」

「……?」

生徒達がきつねという名前を聞いて、疑問符を浮かべて周囲を見渡す。きつねと呼ばれた生徒が一向に立ち上がらないからだ。それに対してアルバートも少しだけ怪訝な表情を浮かべた。

「あー、と……きつね、いないのか?」

「ん、ああ……はーい、はいはい、いますよー」

「お? なんだ、いるなら返事をしろ」

「すいません、寝てました」

「立ったままか、この野郎」

すると、二度目の呼び掛けでようやく桔音は立ちあがった。のろのろと気だるげな動きで、愛想笑いを混ぜて来ている。その態度に周囲の生徒達はくすくすと笑うか、ふざけていると苛立ちを表情に出すといった反応を返した。

アルバートはそんな桔音に呆れた様に頭を掻いたが、とりあえず初回だからという理由で見逃すことにした。と同時に、これは問題児が入ってきたものだとも思った。

「僕の名前はきつね、気軽に適当なあだ名で呼んでくれて構わないよ。最近の趣味は読書、特技は嘘を吐いたり見抜いたり? で、意気込みかぁ……そうだね、とりあえず強い奴は公私問わず僕に関わらないでください」

そしてその自己紹介もまた、最悪に問題だらけである。アルバートは頭を抱え、周囲の生徒達はそんな桔音に対して敵意を抱いた。何だアイツは、という表情を浮かべ、桔音に対してあまり良くない感情を向ける。

このような発言が敵を生み出すという事に気が付いていない桔音は、本当によろしくとばかりに笑顔を浮かべて口を閉ざした。もう自己紹介は終わったと視線をアルバートに向けると、アルバートはハッとなって咳払いを一つ入れる。

「んん゛っ……まぁあまり挑発するような発言は止せ? さて、それじゃ次――」

アルバートが自己紹介を続ける為に次の生徒へと促す。

そんな中で、桔音は体操服に身を包みながらじっと1人の生徒を見つめていた。その眼は真剣で、何か重要なものを見つけたかのような鋭さがあった。その視線の先には、にんまりと猫の様な印象を与えてくる笑みを浮かべた、小柄な女生徒がいる。その生徒は黙って皆の自己紹介を聞いているが、落ちつきなさそうにそわそわと自分の番を待っていた。

桔音はその女生徒をじっと見つめている。まるで一挙手一投足を見逃さないと言わんばかりの眼光――その視線は、彼女の下半身に向けられていた。

「…………ブルマだ」

『きつねちゃんサイテー』

そこには、瑞々しい脚が伸びる紺色のブルマが存在していた。細い生足がすらりと伸び、白ソックスに包まれたふくらはぎの曲線へと続き、そして若干内股に地面に立つ足へと繋がっている。健康的なその脚は、健康的でありながらどこか妖艶なエロスを感じさせた。

とどのつまり、桔音は彼女のブルマに真剣で自己紹介の番に気がつかなかったのだった。

◇ ◇ ◇

その頃、中等部の方では座学の授業で同じ様に自己紹介をしていた。クラスはCクラスで、ざわついている教室の中央でただ1人立っているのは、勿論最強最悪の自己中心の究極系問題児――屍音だ。

彼女の自己紹介は、とても尊大で、とても自分勝手で、とても傲慢だった。名前を言う所まではまだ、彼女の容姿から教室内でもマスコットの様な視線で見つめられていたのだが、彼女がちょっと口を開いただけでその印象はガラリと変わる。

「名前は屍音、趣味はお人形遊び、特技は人殺し! 今日からこの学園の皆は私の玩具で、人形で、ゴミだからしっかり私を楽しませてね? あと、このクラスの皆は私にちゃんと感謝しないとダメだよ? 私と同じクラス、同じ教室で学べるんだからそのことにはちゃんと感謝しないと! それに、私はよわっちぃ子が嫌いなの。だから私を楽しませてくれない子、私に退屈を与える子、私にとってもつまらない話を持ち掛けてくる子、みんなみーんなぶっ殺しても構わないと思うの! 良いよね? だって私につまらないと思わせたらそれはもうそれだけで罪だもんね! でも、私は私が一番大嫌いなおにーさんとの約束で皆に危害を与えないって決めてるからなぁ……でもさ、皆は私に殺されても危害だなんて思わないよね? だって私に触れて貰えるんだし、私に殺して貰えるんだもん。寧ろ恩恵だと思って喜んで受け取るよね? 大丈夫! 私は優しいし可愛いから、皆平等にちゃんと遊んであげるよ! 楽しませてくれれば抱き締めて殺してあげるし、つまらないと思わせたら残念だけどゴミとして踏み潰して殺してあげる! 嬉しいよね! だから皆これからよろしくね!」

やはり自己中心的で、かつ殺意に似た無邪気さを放つ彼女は、クラスの中でマスコットという印象からガラリと印象を変えた。そう、お人形さんの様な彼女は、人形は人形でも殺人ドールだった。その圧倒的威圧感と王の覇気に言葉が出ないクラスメイト達。

だが、その空気を見事に打ち壊してくれる存在が1人、ここにいた。

「もう駄目だよ~屍音ちゃん? こーゆー時はそんな風に威圧したら皆怖がっちゃうからね~?」

「そんなの関係ないもん。だって私がこうしてって言ってるんだから皆はそうするべきなんだよ」

「それはそうかもしれないけどね~、人間第一印象が大事なんだよ~?」

「第一印象……? 何それ、私に対する印象なんて皆一目惚れに決まってるじゃん。こんなに可愛くてお淑やかなんだし」

「すっごい自信だね~……でも、そんな屍音ちゃんが私は大好き!」

屍音の隣に座っていた少女、ふわふわぽわぽわした空気を纏っている少女で、屍音の同居人である少女だ。名前はミルーナ・フロジアス、平民で怒った所が全く想像出来ない、とても温和そうな子である。

彼女は屍音と同居人になってから、屍音の自己中心的な性格を知った。そしてその上で彼女の言い分を全て肯定し、存分に甘やかすことで屍音の友人というポジションを獲得したのである。つまり、彼女は自己中心的な屍音とは対極的に、他者肯定的な性格の持ち主なのだ。

ある意味、屍音とは性格的に相性がとても良かったといえる。ただ、お互いに成長を促せるかといえばそうでもないが。

「大丈夫、ミルは私のオトモダチだから殺したりはしないよ? でもあんまりつまんないと殺しちゃうから! ちゃんと私を楽しませてくれないと駄目だよ?」

「は~い、屍音ちゃんは我儘だなぁ~」

「我儘じゃないよ、これは常識」

「そうだね~、常識だったね……ごめんね~?」

「良いよ、私は器が大きいから許してあげる!」

屍音の空気がミルーナによって緩和されたことで、教室にいるクラスメイト達はほっと安堵の息を吐いた。どこまでも自分勝手ではあるが、ミルーナがどうどうと抑えることで上手い事彼女の威圧感から逃れることが出来たようだ。

そして、この瞬間このクラスの上下関係は決まった。全員が恐れる屍音、それを抑えられるミルーナがこのクラスにおいてトップカーストに君臨する存在である。

全てが自分に合わせるのが当然とする屍音という問題児。

自分が全てに合わせるのが当然とするミルーナという問題児。

どちらも他人とやっていくには気味が悪い人格の持ち主ではあるものの、その相性の良さによって――このクラスはとりあえず平穏だった。