「あー、アリアナは確かにそういうところあるからねぇ」

「やっぱりツンデレなんだね」

「初めて会った時からそうさ。要は真面目なんだよ」

アリアナちゃんの案内のもと、船の散歩を終えた後だ。

僕はこの船に乗っている最後の一人、序列第1位『天冠』のエルフリーデと対談していた。

僕が散歩を終えた後で辿り着いたのは、ステラちゃん達と居た広いホールではなく、数階上のテラス。室内とは違って広がる海と空が一望出来る場所だ。

流れる冷たい潮風の頬を撫でる感覚が気持ちいい。空と海、同じようで全く違う色の青がどこまでも広がっていて、なんだか心に余裕が生まれる。

先にこの場所にいたのは彼女の方だった。白い船に合わせたようにシャープなデザインの白いテーブル、そして白い椅子に腰掛け、優雅に紅茶を飲んでいた。

その姿はなんだか妙に似合っていて、お嬢様とか王女とかの高貴さというよりも、どこか気品を感じさせる美しい所作が様になっている感じがする。

そうして見ていた僕に気が付いた彼女は、何か気を悪くした様子も見せずに僕をお茶に誘った訳だ。

「ところでこの船なんだけど、なんでこんなにでっかいの? 乗る時はこんなに大きくなかったと思うんだけど」

雑談交じりに僕はそう切り出す。

ふと気になったことだ。この船には二階三階といった階が存在する上に、こんなテラスまで存在する程広く大きい。まるで豪華客船――いや、それどころか元の世界に存在したどんな船よりも巨大だ。

しかし、僕らがこの船に乗船した時はそれ程大きくはなかった。最低限、僕達全員が乗船して多少余る程。ちょっと大きいクルーザー程度だったはず。この差はおかしい。

「ああ、小さい方が乗る時に手間取らなくていいでしょ? この船は中と外とで空間の広さが違うんだよ。そういう風に作られてるから」

すると、その問いには彼女の方が簡単に答えてくれた。

「なんでまた……」

「私達の目的である所の、神を殺した後の話。この世界に何が起こってもおかしくないからね、例えば全大陸を沈めちゃうほどの水害が起こった場合、この船には大多数の生き物が乗船出来るようになってるんだよ。私達の主はそういう物を色々作ってて、これはその一つ」

まんまノアの箱舟かよ。その主とやら、中々に神話好きなんだね。神葬武装の名前も妙に神話上の武器名だし、まるでインターネットで漁ったような浅知恵感だよ。

まぁ僕の胸中に渦巻く中二心は擽られるけどさ。くそぅ、なんだかんだカッコいいしね。僕も一つは必殺技みたいな技とか武器とか欲しいな。

『鬼神(リスク)』とか『死神の手(デスサイズ)』は必殺というより捨て身技と地味さの目立つ武器だし。あの武器元はただの黒い棒だからね。今じゃ『鬼神(リスク)』は使えないし、『死神の手(デスサイズ)』は使えるけどスキル単体じゃ使えないし。

その点『城塞殺し(フォートレスブロウ)』って凄いのね。カウンターだし、必殺技らしさで言えばピカイチだった。もう使えないけどさ、くそぅ。

「まぁ、この船は大量に乗船出来るだけで別段兵器的な機能はないよ。君が警戒しているようなね」

「!」

どうやらばれていたらしい。

まぁ当然警戒するよね。この船も一種の神葬武装と同じような代物だった場合、僕達に逃げ場はない訳だし。

とはいえ、この様子だとこの船自体に危険はなさそうだ。まぁ広いから多少暴れて(・・・)も問題なさそうだし―――この場で襲われたりしない限りは大丈夫だろう。

「にしても、君も中々に不思議な運命を背負っているね」

すると、今度は彼女の方からそんな言葉を投げかけられた。

「この世界の住民ではなく、かといって勇者というわけもなければ、何か強力な力を持ち得たわけでもない……生きているだけで敵を作り、戦えば戦う程に不幸と災厄を呼ぶ。失いながら、失わせながらここまで来て、君は一体何を得られたのだろうね」

「……」

運命、なんてものを告げられる。不思議な運命というよりは、過酷な運命と言った方が良いくらいの異世界生活を送ってきたとは思っている。戦いに次ぐ戦い、休む暇もなく現れる敵、戦うたびに強い敵に苛まれ、精神すら摩耗していく日々。何度死にかけたか分からないくらいだ。

それでも、そんな戦いを勝ち抜いても、僕が得られた物はいったいどれほどのものだろうか。

まずレイラちゃんとの戦いではフィニアちゃんと出会ったし、リーシェちゃんに命を救われた。そのおかげでルルちゃんとも出会ったし、レイラちゃんはアレだったけどその後の結果からすれば結果オーライ、ドランさんが仲間になってからは色んなことを教わったし、その結果魔王戦では命も救われた。姐御肌、拷問好き清楚、初代転生妹と三拍子揃った王女三姉妹とも出会ったし、音楽姉妹の演奏も聴けたし――あ、勇者擬きとの出会いはいらなかったな。後々散々な目に合わせてやったからもう良いけれど、アレとの出会いは人生の汚点だね。勿論初代は別だ。もっとやばかったのは屍音ちゃんとの出会いか、あの子は本気で頭おかしいからね。でもまぁパーティに入った以上はどうにかなったといえるか。

そんな中で、ステラちゃん達はまぁ、もう良く分かんない。

彼女達は意味不明過ぎて出会ってよかったのかどうかも分からないところあるからね。まぁ、命を狙われたって所を見たら不幸なのかもしれないけど。

とはいえ、その延長で大魔法使いと最強ちゃんっていう別の意味でぶっとんだ人外と出会ったわけだし、その出会いのおかげでステラちゃん達の情報も幾らか得られたわけだし、良い出会いではあったかな。

あれ、そう考えると案外悪いことばかりでもなかったような気がする。いや、何度も死にかけた以上悪いことばかりだったんだろうけど、個人的には得たものもそう少なくなかった気がするんだよね。ドランさんの件は未だに大きいけれど、そんなにくよくよもしてられないし。

結論としては――ああ、運命って残酷。

「そうだね、僕超不憫だよね。そろそろ何か大きな役得(リターン)があっても良い気がする」

主にあの水着回をもう一度。僕に都合のいいシチュエーションで。

「あ、今君に対する同情心がきれいさっぱり消えた」

「そんな理不尽な」

『仕方ないと思うなぁ、私もなんでか苛々してきたよ。ふひひひ……』

エルフリーデちゃんの言葉に賛同したノエルちゃんが、僕の背中をドスドス蹴ってくる。

確かに、美少女の黒タイツに包まれたすらりと美しい脚で蹴られると、一部喜ぶ方々がいるのは僕も知っているけれど――あ、痛い、結構痛い、魂レベルでの攻撃だから痛い、いや以前と違って僕の魂もあの耐性値を還元してる筈なんだけど、あっ、痛いって、何これ、ギャグ的なやりとりだと防御無効なの?

『死んじゃえ……この変態』

そんな塵屑を見る様な眼で見ないでもいいじゃないか。

「ふふふ、仲良いんだね、君達(・・)」

『!』

「……見えてるの?」

「まぁ、私も幽霊という存在の知識くらいは知ってる。知ったのは最近だけどね。おかげで私も彼女のことが見える」

幽霊を見る為の条件は、幽霊という存在を知っていること。けれど、幽霊のことを教えられただけで見えるようになるとは思えない。

幽霊を知っているというのは、そもそも幽霊そのものを常識として知っているレベルであることが必要なんだ。誰かから聞いて知ったとしても、それは幽霊という存在の漠然とした認識でしかない。

知ったのは最近―――じゃあどんな風にして知ったんだ?

そんな僕の視線に何かを感づいたのだろう。彼女は僕の視線にふと微笑むと、一息つくように背凭れに深く身を預けた。ほんの一口程度残っていた紅茶をこれまた優雅に飲み干すと、ゆっくり立ちあがる。

「まぁこれでも私達は今、君の敵だ。余計なお喋りは慎まないとね」

『……なーんか怪しいの』

「序列第1位ってだけあって、君は実に厄介そうだ」

僕の言葉に対し、彼女はふと笑みを浮かべて立ち去って行く。

テラスに残された僕とノエルちゃんに、一際強く吹き抜けていく潮風。その風に対し、最初に感じた爽快さと違ってどこかうすら寒さを感じた僕達だった。

◇ ◇ ◇

元のホールに桔音が戻って来た時、レイラ達の容体は幾らかマシになっていた。

というのも、ホールを埋め尽くすほどの瘴気が蔓延していたからだ。どうやらレイラがこの船の聖性に対抗する為に、周囲を瘴気で埋め尽くす力技に出たらしい。

なるほどその力技は上手く効果を為したようで、レイラと屍音、リーシェの三名は若干気怠い様子ではあるものの、行動不能からは脱せたようだった。

まだ頭が重いのか若干くらくらした様子のレイラだが、桔音の姿を見つけた瞬間、笑顔で手を振ってきた。何とか大丈夫そうだ。ただ、瘴気のせいで視界が悪いのが難だった。

「あー、気持ち悪っ……おにーさんの笑顔と同じ位気持ち悪い」

「おい、僕を体調の悪さの比較対象にするんじゃない」

そして屍音は相も変わらず桔音に対して口が悪い。

体調不良をネタに桔音を貶すことを忘れない辺り、流石というべきなのだろうか。幼女の割に口が悪く、凶悪な人格のは代わり無いようだ。体調不良ならもう少ししおらしくなっても良いものを。

すると、そんな桔音達の所へステラがやってきた。

「あと少しで目的地に辿り着きますが、調子は良くなりましたか?」

「あ、うん。なんとか」

「成程……瘴気の空間を作ったんですか……空間的には聖性も無くなってはいないようですが、多少抵抗(レジスト)に成功しているようですね」

「視界環境は悪くなったけどね」

「魔族とはいえ、一応主の招待ですから。多少のことは見逃しましょう」

「あ、やっぱり魔族は敵扱いなんだね」

「魔族は浄化対象ですから」

瘴気の空間に対して少しばかり表情を曇らせたステラであったが、基本無表情だからか全く変化が分からなかった。桔音も苦笑気味だ。

とはいえ、今は桔音も魔族と同じ敵扱い。浄化対象かどうかは曖昧なところだが、その辺はステラ達それぞれでも評価が曖昧なのかもしれない。

ステラは浄化対象だなんだと言ってはいるけれど、かのメアリーは問答無用に人々を殺していたし、マリアの縁切り対象も争いを起こした場合に限り、メティスに至っては恐怖対象故に全世界に該当してしまう。

やはり彼女達それぞれでその力を振るう対象というのが変わるのだろうか。

全員漏れなく頭のおかしい彼女達なわけだが、比較的話の通じる相手もいるあたり、常識や価値観といったところで大勢一般とずれているのだと思われる。

「というか、その目的地も聖性蔓延してたりするの?」

「そうですね……基本的には問題ないと思います。この船は特殊ですから」

「なら良かった……ん?」

ステラと桔音が話していると、桔音の袖をくいっと引っ張るレイラの姿があった。その表情はいつもの笑顔や嫉妬心といった表情ではなく、視線は船の外に向かっており、瞳も真剣な色を移している。

何かあったのかと桔音も警戒心を高め、念のためにポケットから例の黒い棒を取り出した。

「レイラちゃん、どうしたの?」

「うん、何か外におっきい気配があるよ♪」

現在桔音はステータスを放棄し、その能力を全て自身で扱わねばならない故に、スキル単体での発動が出来ない。つまり瘴気での索敵が出来ないのだ。

ある程度の直感や経験での気配察知は出来るものの、その精度は常時発動型(パッシブ)スキルがあった頃と数段劣る。

とはいえ、どうやらレイラの索敵能力に何かが触れたらしい。しかも、巨大な気配。海上であることを考えれば、相手は以前遭遇した『海王龍(リヴァイアサン)』の様な大型魔獣かもしれない。

対応しに行くべきかと桔音が先程のテラスへと向かおうとした瞬間、その歩みをステラが止めた。

「いえ、向かう必要はありません」

「え? どういうこと?」

「そうですね……見た方が早いかと。此方へどうぞ」

「?」

ステラの言葉に首を傾げながら、桔音は誘われるままにホールの壁際へと辿り着く。

そこはガラス張りになっていて、外が見れるようになっていた。そこから見えたのは甲板。そしてそこに立っているアリアナの姿だった。

一体何をしているのか、とステラに問い掛けようとした瞬間――船の真正面、海が弾けた。

水面の厚い水膜を食い破るようにして現れたのは、かつて桔音が出会った二体の海獣『海王龍(リヴァイアサン)』と『クラーケン』よりも巨大な海獣。ただでさえ巨大なこの船を丸呑みに出来そうな程の巨大さだった。

黒よりも漆黒な影に、船はすっぽり収まってしまう。

「あれは……『黒鯨(くろくじら)』ですね。推定Sランク以上、世界最大の魔獣です」

「マジで? うわ逃げようよ」

「いえ、問題ないです。アリアナが出ていますから」

「え」

ステラの言葉に怪訝な表情をしながら視線を前に向けると、アリアナは何処から取り出したのかまるで太陽の光の様な輝きを放つ剣を持っていた。

彼女の冠する『聖剣』の名に相応しい剣。聖剣とはおそらく、あのような剣のことを言うのだろう。

彼女はその剣を上段に構えると、その身から、剣から、神聖な輝きを放つ。その光は徐々に巨大になっていき、やがて鯨の影になっていた船を見事に照らしあげた。

煌々と輝く刃は勝利を疑わせず、真っ直ぐな性格の彼女が振るえば、誰よりも様になっている。あの剣が聖剣と呼ばれるに相応しい様に、彼女こそ、あの剣を持っているに相応しい。

「アレがアリアナの神葬武装―――『神壊ノ剣(カミタチノツルギ)』です」

そしてその輝きは、真っ直ぐに振り下ろされる刀身と共に、

巨大な鯨を消滅(・・)させた。

――音もなく。