I Kinda Came to Another World, but Where’s the Way Home?
Final showdown, start
初手は勿論、この場で最も空間的アドバンテージを得ている屍音ちゃんだった。
この『玩具箱(ブラックボックス)』の世界は、全てが屍音ちゃんの思った通りになる。かつて僕がそうだったように、ステータス差やスキルの優劣も全く関係ない――彼女が傷付けたいもの、そうでないもの、なくしたいもの、守りたいもの、全て思い通りに世界を塗り潰すことが出来る。
しかも屍音ちゃんの様子を見ると、今回は僕と戦った時とは違って彼女の肉体が大きく成長しているからか、発動中に掛かる負荷に対する許容量も大きく増大しているみたいだ。この世界の継続時間も飛躍的に伸びているのだろう。
「じゃあ手始めに――『能力の発動はダメ』」
「ちょ」
「続いて――『動いちゃダメ』」
「やりたい放題か!」
屍音ちゃんは次々に禁止事項を増やしていく。
『超越者』という一つ上の次元に上がって、此処まで色んな人のスキルや攻撃を受けてきた。それでも、『超越者』になってからはどんな人でも僕の防御力を超えてダメージを与えられたことはなかったし、スキルの影響も僕には及ばなかった。
しかし、何故か屍音ちゃんのこのスキルの効果は僕にもしっかり届いている。とすれば彼女もまた『超越者』に近い次元、もしくは同等の次元に上っているということなのだろうか。
僕もユーアリアちゃんも屍音ちゃんの力のせいで、あらゆるスキルと行動が制限されてしまっている。スキルの発動も出来ないから、おそらく彼女の記憶と感情の操作も出来ないままだ。屍音ちゃん、強過ぎなんですけど。
本当、屍音ちゃん何者なんだ。
「良く分からないって顔してるね、おにーさん」
「まぁ……それはね」
でもそんな僕の顔を見て、得意げにニマニマと笑みを浮かべる屍音ちゃん。
それはそうだろう。かつて魔王を倒しに行ったときに会った際は確かに圧倒的な実力差と攻撃力に苦しめられたけれど、ステータスを捨てて以降は精霊の力を借りてはいたけれど拘束することが出来たし、弱体化させてからだったけど彼女の生殺与奪を握ることも出来た。
それが唐突にこんな強さを手に入れてるなんて驚きだろう。
「私としては、おにーさんが私に対して色々出来たことの方が不思議なんだけどね」
「どういうこと?」
「この感じ……あらあら、もしかして貴女私の同類さんかしら?」
「!」
そこへユーアリアちゃんが介入してくる。そして同類という言葉の意味は、屍音ちゃんの強さの理由と何か関係があるのかな?
「あははっ、しっかたないなぁ……話に付いてこれてない時代遅れなおにーさんにこの私が教えてあげるよ。感謝してね、こんな美人さんに何か教えてもらうのはとっても光栄なこと何だから」
「うわ、本当良い性格になったよ。こんな状況じゃなきゃひっぱたいてやりたい」
「そもそもおにーさん達が当たり前の様に使ってるステータスはね、元を辿ればステータスなんて枠には収まらない力なんだよ。簡単に言っちゃえば、今のおにーさんの状態が、本来のステータスの形だったってこと」
本来のステータスの形。
僕達が持っていたステータスは、本来『超越者』と呼ばれる形が正しい状態ってこと? 何があったかは分からないけど、ステータスの歴史の最初は皆『超越者』状態がデフォルトだったってことかな。
いや違うか。そもそも『超越者』状態がデフォルトなら、今のステータス状態がデフォルトになったから少数派になった『超越者』状態が、『超越者』なんて仰々しい名前で呼ばれ出したのか。
「かつてこの世界には人間を生み出した神々が生きていた時代があるんだよ。その神々が保有していたのが今で言うスキル、魔法とかの力。なんやかんやあって神々がこの世界から消えた時に世界中にばらまいた力が、ステータスって枠に収まった状態で人間とかに宿ったんだよ」
「つまり、今の僕がかつての神々と同じ力の在り方で、その僕にダメージを与えたりスキルの影響を及ぼしたり出来る屍音ちゃんやユーアリアちゃんは……」
「ようやく分かったの? 本当あったま悪いんだから、完全にとは言えないけど、私はかつてこの世界からいなくなった神々と同じ存在ってことだよ」
屍音ちゃんの罵りは無視しよう。
というか驚きの事実だな。魔王の娘、実は旧世界の神でしたとか。
まぁ人間だけ作ったって訳じゃないだろうし、魔族や魔獣の出生にもきっとその神々が関わってるんだろうけど、まぁ歴史が分からない以上その辺は分からない。
でも、屍音ちゃんもユーアリアちゃんもその神々と同じ存在――いわば神という種族ってわけかな? 屍音ちゃん自身は完全ではないって言ってるし、魔族として生まれたのも嘘じゃないんだろうけど、半神半魔ってところか。
じゃあユーアリアちゃんもそれに沿った存在ってわけか。視線を向けると、動けない状態であるにも拘らずその笑みは崩れないまま。
「そうね、私もそんな感じよ。神とは少し違うけれど、生まれ方は似たようなものだもの」
「……なるほどね」
今まで魔獣とか、魔族とか、勇者とか、使徒とか、魔王とか、散々色んな敵と戦って命懸けの戦いを繰り広げてきたし、その全てを乗り越えて命辛々生き延びて来たって言うのに――
「最後の……最後で、ッハハ……神様の登場かー」
――もう笑いしか出てこない。
この世界に来た異世界人の過去も幾つか知ったけど、断言する。僕が一番不幸だよこれは。
良くフィクションの世界、時には現実であろうと、世界中で自分が一番不幸だと思うな、とか、苦しんでいる人は腐るほどいる、とか、そんなテンプレートな台詞は多い。でも人類の敵にもなったし、そもそもこの世界から排他される運命すら背負わされてるわけだし、こーれは間違いない。僕が一番過酷で残酷で最高に不幸な人間だと断言出来る。
一般男子高校生が唐突に異世界に放り込まれたかと思えば巨大な魔獣や蜘蛛に襲われ、果てはその世界でもとびきり危険とされている『赤い夜』にすら襲われ、左目抉り取られながらも生き延びたかと思えば、『赤い夜』再来して常に追い回される日々に晒され、なんとか生きていられるかと思えば勇者に半殺しにされてようやく築いた家族を奪われ、と思えば使徒がやってきて殺されかけて、生き延びたかと思えば――そのあとも何度殺されかけただろうか。
普通なら何十回か死んでるよ。寧ろ良く生き延びたよ僕。
なのに、最後の最後で神ですか? この後何が残ってんの?
「何処見てるのおにーさん。気持ち悪いけど」
「もう何処見ていいかも分からないよ」
「気持ち悪いなぁ……まぁいいけど」
そう言うと屍音ちゃんは悠々とユーアリアちゃんの方へと近づいていき、その手に魔力剣を生み出す。そしてユーアリアの首元にその刃先を近づけた。
「あらあら、大変ね。これはどうにかしないと死んじゃうわ」
「まぁ、私としては貴女より先におにーさんの方を殺しちゃいたい気分だから、さっくりいくね☆ 喜んでいいよ、私に殺されるなんてとっても素敵なことなんだから」
「そういえば、桔音君のそのポケットに入っているソレ……もしかして私の創った子じゃないかしら?」
でも屍音ちゃんの刃がユーアリアちゃんの首を切り裂こうとした瞬間、ユーアリアちゃんの言葉が状況を変えた。僕のポケットに入っていた指輪が突然光って、外に飛び出してきたからだ。
そしてそれはユーアリアちゃんの指に収まり、そこからするりとリアちゃんが飛び出してくる。指輪の中に入っていたからか、一緒にこの空間に入って来ていたらしい。
「うーうー……暗い? 怖い? 狭いけど広い様な絵具がどろどろーって空を漂ってるよー?」
「ふふふ、やっぱり……何故かは分からないけど、桔音君の所にいたのね」
そう言うとユーアリアちゃんの胸の中にリアちゃんが吸い込まれるように入っていく。初めて見る光景だけど、思想種の妖精とその生みの親が一緒にいるとこうなるのかな? それとも彼女達だけか――いや、多分彼女だけだな。妖精と本人は全く別の存在として確立している。それは世界を隔てて存在し合えているフィニアちゃんが証明しているからね。
リアちゃんがユーアリアちゃんの中に入り切った瞬間、ユーアリアちゃんの身体がほのかに光る。
「!」
「屍音ちゃん?」
「……私の縛りが破られちゃった」
すると、屍音ちゃんが僕の横まで飛び退いてくる。
彼女の言葉にユーアリアちゃんが動けているのが分かった。気がつけば僕の身体も動けるようになっている――どうやら誰か一人がルールを破れればその場の制約はなくなるらしい。つまり、ユーアリアちゃんの力が屍音ちゃんを上回ったということだ。
「ふふふ……実は玖珂君の所から離れた時、私の力の一部を貸していたの。記憶をそれとなく弄れるだけの力だけれどね」
「さっき返してもらうとか言ってたあれか」
「そう……そして私が死んだことにしたときに、ソレを伝える伝達役が必要でしょう? だからあの子を創ったの、私の感情を一つ切り離してね」
記憶と感情の操作が出来るということが、なるほどそういうことが出来るとは思わなかった。確かに純粋に大きな感情から生まれるのが思想種の妖精ということは、その感情を操作出来る彼女にとって思想種を生み出すのはお手の物ということか。とはいえ自分の感情の一つを切り離して妖精化するなんて予想外だったけど。
ん? あれ? 感情の一つを切り離して妖精にした? リアちゃんってなんの妖精だったっけ。
「うふふふ……でも、はぁ……久しぶりねこの感覚」
「あ」
思い出した、狂気の妖精だった。てことは、なるほど戻ったのは悪感情か……。
初めて出会った時から何故か悪意や敵意といった感情が全然見えなくて、ただただ慈愛に満ちた様な人間だったのはそのせいか。悪感情を全て切り離してリアちゃんを創ったから、ユーアリアちゃん自身に全くと言っていいほど悪意を感じなかったわけだ。
言動と感情が全く噛み合っていないと思ったら、ホントやることなすこと全部頭ぶっ飛んでる。
「さて、そろそろこの空間も目が痛くなっちゃうし……出してもらおうかしら」
「そんなの出来ると思ってるの?」
「あら、やろうと思えばなんとかなるものよ? ほら――」
「!?」
そうしてユーアリアちゃんが軽く手を振った。
◇ ◇ ◇
桔音とユーアリアが屍音の世界に連れ込まれてから、取り残されたフィニア達は操作された感情が元に戻り、正気を取り戻していた。
桔音に攻撃したこと、得体の知れない憎悪を抱かされていたこともしっかり覚えているので、少し罪悪感を抱くも、そこは流石桔音のパーティというべきか、切り替えは早い。
フィニア達はとりあえず消えた桔音とユーアリアをどうするかを考えていた。最強ちゃんは直感で別空間に取り込まれたのを理解していたが、とはいえそれにどう干渉するかは別問題だ。しかし現時点で空間に干渉する力は誰も持っていなかった。
「でもきつねさんはすぐ出て来ると思う」
「そうだねー、じゃあ出て来た時にどうするかかなー♪」
「だが相手が強過ぎる。きつねを圧倒する実力だ……今のままじゃ足手まといになる」
更に問題はフィニア達の実力が桔音達の戦いに付いていけないということだ。
度重なる戦いを生き延びるために、桔音はその力で急速に成長していった。それにつれて現れる敵もどんどん強くなる。
フィニア達も桔音のレベル回帰成長法の恩恵に預かってはいたが、それでもその成長速度は桔音よりも幾許か劣る。今や彼女達が桔音達の戦いに参加するには、筆舌し難い地力の差が生まれてしまっているのだ。
この中で桔音達の戦いに参加出来るとすれば、能力的に最強ちゃんくらいのものだろう。だが、このパーティに実力不足で足手まといを認める者はいない。
「私には秘密のとっておきがあるよ♪」
「私も、時間は掛かりますが……戦えます」
「私もまだこの身体になって試してないことは多いからな」
「私もきつねさんの為に覚醒した切り札があるからね!」
そう、彼女達にはまだ桔音も見たことがない切り札たる力があった。それこそ、桔音達の戦いに付いていける可能性くらいは見出せる、そんな力だ。
「じゃあ……大丈夫だね♡」
「当然! いつだって言ってるでしょ、きつねさんは私が守るって!」
「私の方が役に立つかもね♪」
「は?」
「なに?」
「喧嘩するな」
フィニアとレイラが睨み合うと、それをリーシェが諌める。そしてルルがそれを見守るという構図。いつも通りの様子だ。
最強ちゃんとステラはその光景を見れば、このパーティの絆が強いことが訊かずとも理解出来る。
そして各々が各々の戦闘態勢を整えた瞬間――
ガラスが砕ける様な音と共に空間が砕けた。
桔音と、屍音と、そして雰囲気の変わった様子のユーアリアが姿を現す。
戦いは終わっていない、ソレが理解出来た時にはもうフィニア達の顔に恐れや戸惑い、恐怖という感情はなかった。
戦いが始まる。彼女達の心には等しく一つの想いのみ、
桔音の力になりたい―――それだけだ。
「! ―――皆、いくよ」
桔音のそんな言葉が、嬉しかった。