「ねぇ、いつまでここにいるの？」
ジルは本を開きながらだるそうに私にそう言った。
「レベル85を習得するまでここにいるわ」
私の返答にジルがギョッとする。
「レベル85？……アリシアが頑張っているのは分かるけど、むきになっても意味ないよ」
ジルは穏やかな口調でそう言った。
言い方が私よりも年上みたいだわ。
「じっちゃんの所はいつ行くの？」
そうだわ、ウィルおじいさんの所にも行かないといけないんだったわ。
私は窓の方に目を向けた。
……もう真っ暗だわ。
気付けば月明かりが図書室を照らしている。いつ現れたのかしら、あの月。
まだ上弦の月ってところかしら。
私、一体何時間魔法の練習をしていたのかしら。
「ジル、太陽がなくなっているわ」
「アリシア、何言ってるの？ 夜なんだから当たり前でしょ」
ジルは怪訝な表情を浮かべて私を見た。
私、こんなにも練習していたのに、全く進歩していないって事？
せめてライオンになりたかったわ。
レベル82の動物変身魔法。
「明日は学園に行くよね？」
「ええ、行くわ」
逆に行かない理由がないもの。
「早く寝た方が良いと思うけど」
なんだか、ジルって私の保護者みたいだわ。
……悪女がそんなに面倒みてもらっていてどうするのよ！
しっかり自立した女にならないといけないのに。
このままだと私は悪女どころかダメ女になるわ。
「そうね、もう寝るわ」
私はジルに軽く笑ってそう言った。
ジルは満足気に頷いた。
その日は何の進歩もなく私達は部屋に戻った。
「アリシア？ 起きているか？」
お父様の声が聞こえるわ。
夢か現実か、どっちかしら。
「アリ？」
もう一度声が聞こえた。
私は寝ぼけたまま起き上がり、扉を開けた。
「はい？」
扉を開けるとお父様が立っていた。
まだ目が半分ぐらいしか開かないし、頭も働いていない。
悪女なら本当はこんな寝起きの姿を他人に見せてはいけないのだろうけど、お父様だし許してもらいましょ。
「おはよう。アリ」
お父様が安心した表情を浮かべる。
「おはようございます、お父様。どうしたのですか？」
「どうしたじゃないだろ。娘が攫われて怪我まで負ったって聞いたんだぞ」
お父様が少し声を荒げた。
ああ、そうだったわ。私、攫われたんだったわ。
お父様が目を見開いて私を見る。その目には怒りがあった。
段々頭が回転してくる。
そう言えば、昨日家に帰った時にお父様がいなかったような……。
お兄様達にも会っていないし。
「昨日はどこに……」
私はそう言いかけて固まった。完全に目が覚めた。
お父様の瞳が潤んでいるのが分かった。
……私、そんなに心配されていたのね。
「お前が無事で良かったよ」
そう言って私の頭を優しく撫でた。
少し声が震えていたのが分かった。
とても大きくて温かい手だわ。父親の手って安心するのね。
でも、それと同じぐらいウィルおじいさんの手も安心するのよね。
お父様はゆっくり私の頭から手を離した。
そして私の目を真っすぐ見てゆっくり口を開いた。
「アリシア、キャザー・リズの監視役をやめるんだ」