「お、おい、まじかよ……」
「あんな細い腕のどこに筋肉があるんだよ」
「三百九十八、……三百九十九、四、百……。四百一」
周囲がざわつき始めると共にマリウス隊長の声に驚きが混じっているのが分かる。
私はポタポタと地面に落ちる汗を見ながらひたすら腕立て伏せをする。大勢の兵が私を見ているのが全身で分かる。
……かなりきついわ。想像よりもはるかに腕に負担がかかる。五百回一気にやったこと今までなかったもの。
けど、出来ないことはない。
「四百十一、四百十二、……四百十、三」
「全くペースが乱れない。……なんて根性なんだ。流石ヴィクター王子が彼を推薦しただけのことはあるな」
副隊長であろう男の声が耳に響く。
もし、私がここでヘマをしたら、ヴィクターの顔に泥を塗ることになる。
……私のせいで他人の面目丸つぶれとか絶対に嫌よ。私のプライドが許さないわ。このままのペースで最後までやってやるわよ。
「この隊で腕立て五百回連続で出来る奴はどのくらいいるだろう……」
「そんなのほとんどいねえよ」
「どんな環境下で育ったら、あんな化け物みたいなやつが生まれるんだよ」
化け物とは失礼ね。私はこれでも前まで立派に令嬢をしていたのよ。
腕が少し震えてくる。手のひらが汗でかなり濡れているのが分かる。多分、隊長達もそれに気付いている。
「……四百四十七、四百、四十八」
「ペースダウンするか?」
「いい」
副隊長であろう男の言葉に小さく答えて、四百四十九回目の腕立て伏せをする。さっき、敬語を使えって言われたけど、今のはしょうがない。
歴史に名を残す為に、日々奮闘してようやくここまで来たのよ。こんなところでくたばってはダメよ、アリシア。
自分を鼓舞させて、さらに腕に力を入れる。
「あのガキ、ペースアップし始めたぞ」
「信じられねえよ」
この後、普通に訓練があるのよね……。体力もつかしら……。けど、今手を抜くわけにはいかないわ。
目を覆っている布もだいぶ湿っている。少し気持ち悪いけど、今は我慢するしかない。
誰も私が気位が高く、孤高の令嬢になろうとしているなんて思わないでしょうね。
「四百八十三、八十四、八十五、八十六」
「なんでどんどんスピード速くなってんだよ」
「超人……ってレベルじゃねえ」
日々の鍛錬はこの腕立ての為に!
そんなわけないけど、そう思ってやらないと今はやってやらない。
どんどん周りがうるさくなる。その中には応援の声も混ざっている。
「チビ! お前なら出来るぞ!」
「頑張れ! もう少しだぞ!」
さっきまで敵視されていたとは思えない。
「九十七、九十八、九十九、五百……」
お、終わったわ。私はその場にべたりと寝そべる。
汚いって言われても、威厳がなくなるって言われてもいいわ。どうせ今の私は少年の格好だもの。少し休憩しないと、立ち上がれない。
私が腕立て伏せ五百回終えた瞬間、沈黙が広がる。少し経った後、ポツリポツリと皆声を発し始める。
「あんな華奢な体で……」
「あ、あいつ、やり切ったぞ……」
「……本当に五百回」
「うおおおおおお! チビ! すげえぞ!」
「お前、やるじゃねえか! 見直したぞ」
「おチビ! 今日からお前も俺達の仲間だ!」
次々と歓声の声が上がる。私はどうやらガキからチビに昇格したみたいだ。
まるで戦いでに勝利を収めたような喜びようだわ。
……というか、どうして私より彼らが喜んでいるのかしら。歓喜の声をあげるのは私のはずなのに。
「よくやったな」
そう言って、マリウス隊長が私に手を差し出す。
その手をしっかり握り、彼に支えながらなんとかその場に立つ。スゥッと息を吸って呼吸を整える。
「有難う、ございます」
「まさか、お前がそんなに体力のある奴だとは思わなかった。おチビ」
「僕、リアって名前が」
「これからもっと鍛えてやる」
私の言葉を無視して、隊長は嬉しそうな表情で力強くそう言った。
ガキよりもチビって言われる方がましだし、皆楽しそうだから、……もう訂正しなくてもいっか。
「俺の名前はガリウス・ニールだ。この隊の副隊長をしている。あんな無茶な腕立てをよく頑張ったな」
やっぱり貴方は副隊長よね。
「ニール副隊長、有難う御座います」
「今まで一体どんな訓練をしてきたのか是非聞いてみたいものだな」
ニール副隊長は目を光らせる。
「副隊長、まさか俺らにも同じことをさせようと……」
「待て、チビ、何も言うな!」
彼の考えを察したのか、兵達が急に声を上げる。
ニール副隊長って、優しそうに見えて、案外鬼なのかしら。まぁ、鬼の方がより強くなれるからそっちの方がいいわね。
「ほう、じゃあ、お前らも今から腕立て五百回するか?」
「ご、ご勘弁を~」
「遊んでないで、早く訓練始めるぞ」
マリウス隊長が呆れた様子でそう言った。彼らの表情も一瞬で兵士の表情へと変わる。
……オンとオフの差がしっかりしていて素晴らしい隊ね。
「チビ、お前ももう動けるか?」
「はい!」
私は威勢よくそう言って、訓練に挑んだ。