I’m Being Paid ¥ 300,000 a Month to Say ‘Okaeri, Kyo MO Ganbatta NE’ to a Hardworking Neighbor Oneesan Who Earns ¥500,000 a Month but Doesn’t Have a Use for the Money, Which Is Really Fun
gossip: I'd like to see you look just like me - Part II
「いいいい行くわよ松友さん」
「緊張することないですよミオさん。言ってもただの一般人ゲストなんですから。ほら、入りますよ」
「松友さん、そっちは公衆トイレよ」
「間違えました」
結局、ミオさんはオファーを受けることにした。とはいえ収録日が近づくと不安になってきたらしく、俺も付き添いでやってきた次第である。
正直、俺も自分が出るわけでもないのに割と緊張している。
「ミオさん、忘れ物はありませんか?」
「う、うん。服は普段のスーツでいいし、身分証だけあればいいって」
「あと、これも念の為持ってきました」
「胃薬……。たしかに必要よね。あとウェットティッシュに緊急連絡先に、色紙(しきし)?」
「ミオさん」
「うん」
「高瀬能子に会えたらサインもらいましょう。こんな機会めったにないですし」
「松友さん、意外とミーハー?」
「ミオさんほどでは」
「え?」
「さて、ほどよく緊張のほぐれたところで行きましょう」
釈然としない顔のミオさんの手を引き、テレビ局の中へ。フロントで受付を済ませ、指定された待合室へと向かう。
「廊下とかは意外と普通なのね。ポスターとかは多いけれど」
「実務的に、どうしてもオフィスビルと大差ないのかもしれませんね。でもほら、あの階段とか」
「階段?」
「防犯上、ひとつの階段で上がれる階数に縛りがあったりするみたいですよ」
「へー!」
「こういう小さいことに実感って湧きますよね」
「うぅ、実感したらまた緊張してきたわ……。大丈夫よね?」
「どうってことありませんよ。待合室で待って、スタッフさんが来たら言われたとおりに動く。それで終わるはずです」
「そ、そうよね」
「そうですよ。本物の高瀬能子と間違われるようなことでもなければね」
「ふふ、いくらなんでもそんなわけ」
「あ、探しましたよ高瀬さん!」
あった。
「あったわね」
「ありましたね」
廊下の向こうから、小さなバッグをたすき掛けにした俺と同い年くらいのお兄さんが駆け寄ってくるのが見える。AD《アシスタントディレクター》というやつだろうか。
だが予想していた事態なら対処はできる。相手は帽子(キャップ)が脱げそうなほど慌てているが、ここは落ち着いて会話すべきだ。
「ほら戻りますよ高瀬さん!!」
「待ってください。彼女は……」
「あなた事務所の人!? ならほら一緒に来て!」
「うわ、強っ! 力強っ!」
対処はできなかった。
「高瀬さん戻りましたー!」
「お疲れさまです!」
「メイク早く!」
「残り時間は!?」
「誰か単三電池持ってない!?」
「ディレクター、スポンサーの方が!」
「人手足りんぞ!」
「あの、その人は誰ですか……?」
「高瀬さんいいところに! 高瀬さんのメイクチェックを!」
「あっ、高瀬能子だ!」
「えっ、私が、えっ」
「メイク中に動かないで!」
「衣装も早く!」
「あばばばばばば」
「あわわわわわわ」
「高瀬さんと高瀬さんはメイク済んだらすぐスタジオに!」
「ディレクター! どっちの高瀬さんですか!?」
「バカ野郎! 高瀬さんがふたりいるわけ……いたわ」
ミオさんが二人いる。
事務所の人として端っこに追いやられていた俺は、漠然とそう思っていた。
「いやー、すみませんねウチのADはそそっかしくて!」
「いえ、私も貴重な体験ができましたから」
「そう言っていただけるとありがたいですよホント。じゃ、ここで待ってれば案内のスタッフが来ますんで!」
朝モードで対応するミオさんに何度も頭を下げながら、ディレクターは待合室を出ていった。
「松友さん」
「ええ」
「テレビ番組を作るのって、大変なんだね……」
「これからはもっと大事に観ようと思います。お茶いります?」
「うん、ありがと」
ようやく一息つけると、テーブルのお茶に手を伸ばしたところでドアがノックされた。
「あのー、先ほどはどうも……」
遠慮がちに入ってきたのは、長い黒髪をストレートに下ろした美人だった。
「ミオさんが二人いる」
「高瀬能子……さんだ!」
芸能人を普段は呼び捨てしているから、いざ本人を前にすると敬称に悩む。あるあるらしい。
「すみません、私のせいでご迷惑を」
「あれは高瀬さんのせいでは」
「いえ、私が勝手に抜け出したせいですから」
「いえいえ……」
「いえいえいえ……」
こうして話していると性格まで似ているんじゃないかと思えてくる。頭を下げる仕草までそっくりだ。
「何か大事な用事でもあったんですか?」
「いえ、その……」
しばらく迷うような素振りをして、高瀬能子は持っていたバッグから小さめのぬいぐるみを取り出した。
タヌキ、だろうか。
「緊張すると不安になって、この子を抱かないと落ち着かなくて」
「……なるほど?」
「大事なシーンの前でトイレに行くフリをしてこの子を抱きにいって、戻ってきたら」
「自分のそっくりさんがメイクされていたと」
「はい……」
「確かに責任はあるかもしれませんが、そこまで気にしなくても」
「そもそも私のそっくりさんを探すことになったのも、私のせいで」
「え?」
「私のスキャンダル写真がもうすぐ週刊誌に載るって情報があって、あっ、身に覚えなんてないんですよ!? でもああいうのってどうとでも言えちゃうから、どうしようってところに双子みたいにそっくりな人がいるって分かって……」
「この写真は高瀬能子ではありません、ということにしようと思ったと」
「はい……」
ぬいぐるみ好き。
妙な間の悪さ。
理不尽に見舞われがちな体質。
なんだろう、この感じ。
「ミオさん」
「うん」
「この世には自分にそっくりな人が三人いるそうですよ」
「あとひとり、どこにいるんだろうね」
「えっ? えっ?」
「よければ、仲良くしてください」
「あわわわ……」
高瀬能子とガッチリと握手を交わすミオさんは、十年来の知己を得たようだった。
その後、撮影は滞りなく終わった。サインももらえた。
「ただ、いまー?」
「はい、おかえりなさい」
それから数日後。俺はDVDと週刊誌を用意して仕事上がりのミオさんを出迎えた。
「録れたー?」
「はい、バッチリです」
ミオさんの出た番組は昼の放送だったので、仕事中のミオさんに代わって俺が録画しておいた次第だ。食後にいっしょに観ようと思う。
「それと、一応これも」
「なにこれ。週刊誌?」
「高瀬能子のスキャンダル写真が載ってるっていうやつです」
「あー」
普段こういう雑誌は買わないのだが。写っている人物が高瀬能子のそっくりさん、つまりミオさんということにされる可能性があるということで、念のために購入したものである。
「どんな写真だった?」
「俺もまだ見てません。いっしょに見ようかと」
「見よう」
「今すぐ?」
「気になる」
この手の週刊誌は主に女性が買うらしい。その購買層がちょっとだけ見えた気がする。
「えっと、結婚、離婚、犯罪歴ときて……あ、これだ」
「見せてー」
「はい、この『高瀬能子、一般男性と同棲中! マンションから出てくる姿を激写』っていう……うん?」
「むぇ?」
「…………」
「…………」
ふたりで顔を見合わせたあと、示し合わせたように壁に飾った高瀬能子のサインを見上げた。
「なんとなく」
「うん」
「話を聞いた時から、そうじゃないかなーとは思ってませんでした?」
「正直、ちょっと思ってた」
「ミオさん、高瀬能子の連絡先って聞いてます?」
「メールだけど」
「連絡してあげてください」
「そうする」
「この雑誌社、どうなりますかね」
「同情はしない」
「厳しい」
「どうせならもっとオシャレしてる時に撮ってほしかった」
「……あー、はい」
解像度低めの誌面には、クマさんのTシャツで俺と買い物に出かけるミオさんがバッチリと載っていた。