レイフォンがギルドに訪れている頃のテンベリス伯爵家の屋敷。

「お父様はお仕事には行かれないのですか?」

当たり前のように自分達と同じテーブルの席に座り動こうとしない父アスラ伯爵にアシュリーは尋ねた。

「私はアシュリーがこの屋敷にいる間は仕事はしない。今日からアシュリー週間だ」

昨日とうって変わって開き直りを見せた態度のアスラ伯爵。

(……わけがわかりません。というかーー)

「何を言ってるんですか! ふざけないでください! お父様がお仕事をなされないと誰が困ると思ってるんですか?」

「だって……」

「だってではありません! そんなことをおっしゃるのなら私はすぐにこの屋敷を出ていきます」

「な、ならん! それはなんらんぞアシュリー! 私が生きていけない!」

(だから……わけがわからないわお父様……)

アシュリーは父に呆れて放ったつもりの言葉なのだが、アスラ伯爵の中では娘アシュリーが自分のことを嫌いになり出ていくと、解釈してしまっていた。

「なら、ちゃんとお仕事に行かれますかお父様?」

「行く。私は仕事に行く。年中無休ででも働いて見せる。だから私を嫌いにならないでおくれアシュリー。世界中の人に嫌われても私はアシュリーにだけは嫌われたくない」

「はい?」

床に膝をつき、涙と鼻水を垂らしながら拝むように言ってきたアスラ伯爵に、アシュリーは呆れを通り越したような表情を浮かべながら

(お父様……大丈夫かしら……)

と本気で心配に思いはじめてきていた。

「……嫌いになりません。だから、別に年中無休で働かなくてもよろしいので、普通に、いつも通りにお仕事に行ってきてください」

「わかった! 私は頑張って仕事に行ってくるぞアシュリー!」

アシュリーから嫌いにならないと言葉をもらった途端に涙と鼻水がピタっととまり、キリッとした表情を見せ立ち上がったアスラ伯爵。

「ほら! 何をぼさっとしている! 仕事に参るぞ!」

「は、はい旦那様……」

声をかけられたアスラ伯爵を補佐する男性は表情には出さないものの呆れていた。

「では、私は仕事に行ってくる愛する娘アシュリーよ。愛する娘アシュリーの友人ふたりもゆっくりするといい。では、行ってくる愛する娘アシュリー」

大事なことなので3回言いましたと言わんばかりの態度と表情を見せたあと、アスラ伯爵はやる気満々に屋敷を出ていった。

ーー

アスラ伯爵が仕事に出かけたあと。

「アシュリーのお父様って変わってるわね? 昨日も思ったのだけど」

直球的にアシュリーに言葉をかけたミリベアス。

「その……いつもはもうちょっとマシなんだけどね……もうちょっとね……」

アシュリーは苦笑いで答えた。

「あの……私は……素敵なお父様だと思いますよ……羨ましくはないですけど……」

マリベルはフォローのつもりで言ったつもりなのだろうが、その表情はひきつっていた。

というか、ひとこと多い。

「マリベルごめん……気を使わせて……」

「気、気なんて使ってません……その……アシュリー……ファイトです」

「あ、ありがとう。そ、それよりこれら、ふたりとも街を見てまわらない? 私が案内するわよ?」

父の話題から離れるためのアシュリーの提案。

「ん? いいわね。わたくしはもちろん賛成よ」

「わ、私も賛成です!」

ミリベアスは普通に返事をし、マリベルはなぜか力が入った声で返事をした。

「なら、お昼は街のどこかで頂きましょうか?」

「いいわね」

食べることが好きなミリベアス。

「ビーフシチューみたいな、この街だけの料理はありますかね?」

興味津々といった感じのマリベル。

「もちろんあるわよ。それじゃあ、着替えたら街にいきましょう」

「わかったわ」

「はい!」

なんとか父の話題から離れることに成功したアシュリーは心の中でほっとしていたのであった。

(仕事から帰ってきたらいつもの普通のお父様になっているといいのだけど……)