「どういうことですか?」

 食い気味に迫って教えて貰ったことには、父はなんとレグルス君を屋敷に預けた後で、暫くは代官屋敷にいたらしい。

 なんでも帝都で帳簿を調べたら、おかしな金の流れがあって、尻尾を掴んだから今までの代官を更迭したそうな。

 「それでよぉ、税金をとりあえず下げるから、どうにか冒険者たちにこの菊乃井領で金を落とすように仕向けてくれっつーんだわ」

 「大雑把!?」

 なんと言うことでしょう、丸投げか!?

  開いた口が塞がらなくて困っていると、ローランさんが顎を擦って笑う。

 「俺もそう思ったさ。だから【威圧】かましてやったんだけどな」

 「ああ、それで……。君の【威圧】に青褪めるくらいで終わったなら、見所はあるんじゃないです?」

 「まあ、なあ……。でも息子が流しちまったからな」

 「この子は特殊ですから仕方ないです」

 むにっと私の頬っぺたをロマノフ先生の指が掴む。痛くはないけど、先生はもち肌フェチなのか。

 あんまりもちもちされたら、私の頬肉伸びるんじゃないかな。

 ロマノフ先生を止めて貰いたくて、希望を込めてローランさんを見上げれば、げふりと咳払い。

 「『次の代官に優秀なのを見つけてから、本腰を据えて開発に勤めるから頼む』ってな。領地に一年に一回来るか来ねぇかだったのがえらい変わりようだって、この辺りの店主たちと話してたのよ」

 「ああ……慰謝料払わなきゃいけなくなりましたからね……」

 「そう言うわけだったんだなぁ。いやはや、やるねぇ鳳蝶様よ」

 「そうですよ、鳳蝶君は色々出来る子なんですから」

 それは似非チート(いかさま)なんです。

 とは言えないから、とりあえず誉められたお礼は言っておく。なんか、本当に申し訳ない。

 居心地が悪くてもぞもぞブラウスの裾をいじっていると、頭を優しく撫でられた。

 「君は誉められることに慣れませんねぇ」

 「……すみません」

 だってズルしてるみたいな感じだし、それを気持ち良く思ったら終わりだと思う。

 私とロマノフ先生のやり取りを興味ありげに見ていたローランさんが、渡した炭酸水を口に含む。それから「ぷはっ」と吹き出して、目をしばたかせた。

 「炭酸水に凍らせたフランボワーズとハチミツか……。お貴族様は炭酸水飲むのも庶民とは違うねぇ」

 「あ、お口に合いませんでしたか……」

 「いやいや、これはこれで旨いけどな。俺はもう少し甘くなくても良いや」

 「私はこれくらいの甘さが好きですね」

 ロマノフ先生も飲んだようで、それぞれに感想をくれる。

 今度はレグルス君に炭酸水じゃなくて、お水で作ろうか。

 「甘さ控えめのが良いなら、フランボワーズをレモンに変えてハチミツを少量にしても美味しいですよ」

 「ふぅん、果物を変えればアレンジがきくんだな」

 「はい。炭酸水に入れるときに果物を凍らせると、それが氷がわりになって冷たさが長く保ちますし」

 ふんふんと頷いて聞いていたローランさんが、腕を組んで少し考える素振りを見せる。ややあって、にやっと唇をあげた。

 「あのよ、冒険者たちに金を落とさせるには何が必要だと思う?」

 「武器とか防具ですか……?」

 「それもあるが、それなりの値段のものだから滅多に買い換えたりはしないんだよ。だからそれほど頻繁に金を落とすようなもんじゃない」

 武器でも防具でもない。それなら薬や包帯の類いかと尋ねれば、首を横に振られる。

 冒険者に回復魔術は必須、どのパーティーにも一人は回復役がいるし、薬草なんかは確かによく売れるが、安価なものが多いらしい。

 それなら、後は冒険者だけでなく、人間が生活するのに必要なものになる。

 「衣食住の食と住……ですか?」

 「おう、当たりだ」

 つまり、宿屋と食事処をまず整えると言うことか。

 しかし、宿屋も食事処もこの商店街にあったような。

 「新しく宿屋や食事処を建てるんじゃなくて、とりあえず既存のものを繁盛させたら、それなりに金は動くからな」

 「確かに先に既存のものを埋めなければ、新しい箱が埋まるとは限りませんもんね」

 「おうよ。だけど今のままじゃ無理だな。売りがない」

 「ああ……税金が安くなっただけで、他は変わりがないから……ですね」

 「そう言うこと。だけどな、それなら売りを作りゃ良い」

 売り。

 菊乃井の宿屋や食事処にはあって、他にはないもの。いや、将来的には真似されても、菊乃井が発祥なら発祥のブランドは手に入るから真似されても構わない。

 宿屋や食事処に置くなら、それは矢張り食べ物で、何度も食べたくなるような、それでいて材料も売り値も安価に設定出来るものを名物に出来れば、或いは───

 「食べ物……何か、菊乃井の特産品を使った……」

 「おう、それも旨けりゃ旨いだけ良い。旨い飯は生きて帰ろうって気力になるからな」

 「ああ、なるほど」

 食は明日への活力とは古来から言われてきた言葉だ。

 それなら何かしら美味しいものを考え出せたなら。

 と、考え出した処で、何だかお腹が空いてきた。

 ウエストポーチからお弁当を出すと、さっくり並べる。

 ポーチのなかは時間経過がないから、作り立てがそのまま味わえるのだ。

 ハムとキュウリとトマトとオムレツのサンドイッチを手渡すと、しげしげと眺めてからローランさんがかぶりつく。

 「あ、うめぇな」

 「はい、料理長が作ってくれました」

 庭でとれたキュウリとトマトは味が濃くて、爽やかな夏を感じさせてくれる。

 しゃきしゃきの歯触りと、ハムの程よい塩気を、オムレツのふわふわが上手く包み込んでいた。流石料理長。

 同じくサンドイッチを楽しんでいたロマノフ先生が、飄々と言う。

 「菊乃井のレシピ、名物作りに応用できませんかね?」

 「菊乃井のレシピ、ですか?」

 「ええ、物珍しいものがなくはないですし。例えばほら、『スフレオムレツ』とか『出汁蒸し卵』とか」

 「なんだ、そりゃ」

 興味があるのか身を乗り出すローランさんに、ロマノフ先生が身ぶり手振りで料理長と私が作った料理を説明する。

 と、ふむと少し考えてローランさんが口を開いた。

 「それをよ、この近くにある飯屋で作ってみちゃくんねぇか?」

 「あー……料理長が許可をくだされば」

 「ああ、そうか。そうだな、作った料理人に許可を貰わなきゃだな。で、他には何かねぇのかい?」

 「他……と言われても、どんな感じが良いんでしょう?」

 「そうですねぇ、冒険者だからスタミナがいりますよね。肉類を全面に出したようなのとかありますか?」

 「肉……」

 むーん、肉。

 この世界の調味料は前世のに似てて、味噌や醤油、酒にみりんなんかもあるんだよね。見たことないのはカレー粉にマヨネーズ、ウスターソース、ケチャップくらいかな。

 肉も豚肉に鶏肉、牛肉なんかもあるし、珍しいとこではオーク肉やらロック鳥の肉、ミノタウロスの肉なんかもあるらしい。

 オーク肉もロック鳥の肉もミノタウロスの肉も魔物の肉だけど美味しいのだと、料理長が教えてくれた。

 ちなみにドラゴンとかワイバーンとかも目茶苦茶美味しいらしい。

 話が逸れた。

 肉で冒険者っていうか勝ち負けがって……言ったらアレだよね。

 「トンカツとかどうですかね?」

 「トンカツ……?」

 名前をだすと、大人二人から怪訝そうな顔をされる。

 ヤバい、こっちはトンカツなかったのか。

 こんな時に自分のいる世界の狭さを思い知る。屋敷の中しか知らないってのは本当に困ったもんだ。

 いや、ないかあるかなんて知らんわ。この二人が知らないだけかもしれないし。

 「えーっとトンカツと言うのはですね、ちょっと厚めに切った豚肉に小麦粉をはたいて、卵を絡ませて、パン粉を付けて揚げる料理です」

 「旨いのか?」

 「美味しいと思いますよ」

 私の言葉にロマノフ先生の目がきらんと光る。

 そしてローランさんと二人して頷くと、にっこりと凄く良い笑顔を浮かべて。

 「作ってみましょうか?」

 「はあ……誰が、何処で?」

 「そりゃ、お前さんだろ。場所は──────」