魔石を光源にするシャンデリアは、所詮魔術で光を灯しているのだから、魔力を遮断してやれば簡単に消せる。

私が手のひらの炎を消したのを合図に、ヴィクトルさんが魔力の遮断を解けば、ちかちかしながら再びシャンデリアに灯りが付いた。

刹那、黒い靄が母を取り巻き、鋭い悲鳴が彼女の喉から迸る。

「おじょ……っ!? 奥様っ!?」

セバスチャンが苦しそうに黒い靄を払おうと足掻く母に近づこうとするも、ダンッとラーラさんが足を踏み鳴らすと、その身体は再び動きを止めた。

「ボクの影縫いからは逃げられないったら」

冷ややかにいうラーラさんの足は、しっかりセバスチャンの影を踏んでいる。

影縫いというのは影を踏みつけて相手の動きを止めるスキルのようだ。

それでも藻掻くセバスチャンを横目に、私はヴィクトルさんを伺う。

ヴィクトルさんはその目を細めて母を観察し、それから首を横に振った。

「腐肉の呪いだ。近づかない方がいい」

「腐肉……」

腐肉の呪いとは皮膚が爛れ肉が腐る呪いだ。

ヴィクトルさんの言葉に、セバスチャンが私を睨む。

「これはどういうことです!?」

「どうもこうも……貴方達が嘘を吐いたからでしょう? 宇気比の結果ですよ」

「宇気比……!?」

そう、これは宇気比の結果だ。

私は簡単な宇気比の作法にのっとり、帝国の三英雄立ち会いのもと二人に対して手のひらの上に灯した炎を前に、神掛けて真実を告げているか否かを問うただけ。

嘘を吐けば呪われるとも忠告した。

「貴方達二人は神掛けて嘘は吐いていないと誓いましたね? それがこの結果ですよ。残念なことだ」

「……そ、んな……っ……」

ただそれにしては二人ともでなく、母だけが呪いを受けている。

そのことに「ああ」と溢せば、ロマノフ先生やヴィクトルさんも頷いた。

「セバスチャン。貴方、呪いを受け付けない体質なのでは?」

「何故、それを……」

苦痛に呻く母から目を逸らさずに、セバスチャンが呻く。

呆然とした様子に、宇気比の呪いの仕組み──呪いを受け付けない体質の者には、その者の大事な人が身代わりに呪われることを説明してやれば、その顔から血の気が失せた。

「で、では、奥様……お嬢様は、私の分の呪いまで!?」

「貴方が真実、母を大事に想っていたならそうでしょうね」

お前らの関係なんか知らんがな。

っていうか、さっきから「奥様」と「お嬢様」が混ざってる。

ブラダマンテさんがデミリッチの中で微睡みながら見ていたのは、本当にセバスチャンかも知れないな。

そう思っているとヴィクトルさんとロマノフ先生が、いつの間にか座り込んで苦痛にのたうっている母に近付く。

「うーん、これ……。単なる呪いなら僕にも解けるけど、宇気比の呪いは神様のお怒りだから無理だね。僕に出来るのはちょっと腐るスピードを落とすだけ。苦痛の緩和とか呪いの浸蝕を食い止めるには神様に愛された人。あれだ、桜蘭の巫女さんとか神官さん、それも結構偉い人にお祈りしてもらわなきゃ駄目だね」

「そうですか」

ブラダマンテさんなら、なんとかできるかな?

考えていると、ロマノフ先生がセバスチャンを冷たく見据えた。

「それで、君は腐っていく夫人を見ているだけですか?」

「……私が全てお話すれば、お嬢様を治療していただけるので?」

殺気を滲ませてセバスチャンは私達を見据える。

私はため息を大袈裟に吐いた。

「自分の立場が余程解らないと見える。私はね、別にこの人の治療なんかしなくったって構わないんですよ。だって死なないんだから」

「なんっ……!?」

「宇気比をして呪いを受けた者は、その償いが終わるまで死ねないんですよ。そりゃそうですよね。死ぬくらいで償える罪なら罰が下った瞬間に死んでいる。そうでないから、生かされて死ぬより苦しい目にあわされるんでしょうよ」

それはまあ、呪いが重篤だった場合の話で、軽微な罪だったら「この程度で死なんでよろしい」ってことだから、それなら呪いだって軽いはずだ。

母の場合は多分二人分を背負ったから、腐肉の呪いなんて恐ろしい呪いを受けただけで、一人分ならもっと軽かったんじゃないかな。

神様のお怒りは加算じゃなくて、累乗っぽいのが怖いところだ。

「嘘だと思うなら喉笛掻っ切ってご覧なさい。死ねないから」

私の言葉に、ラーラさんがセバスチャンの影から足を離す。

すると開放された男は、ふらふらと私の前に膝を折り、この脚に縋り付いた。

「どうか……! どうかお嬢様をお助けください!」

私が黙っていると、恥も外聞もないのだろう。脚から手を離してセバスチャンは額を床に擦り付けた。

大きな息を吐く。

そうして私は土下座する男に視線を合わせるために屈むと、いっそ優しく囁いた。

「セバスチャン、私は真実が知りたいのです。土下座なんかしてないで、話すべきことを話しなさい。無意味なことをしていれば、治療がその分遅れるだけですよ」

何がどうであろうと、真実を知るまでは手当てなんかしない。

言外に込められた意図を悟ったのか、セバスチャンが滔々と真実を語り始めた。

それは予想通りというのか何なのか、貴族の間で流れる噂──皇帝陛下と私との間で家督相続に関する密約が結ばれているという話を真に受けて、怯えた母が父を排除するために今回のことを画策したということで。

母としては私に父を排除する口実を与えたら、嬉々としてそうするだろうと思っていたらしい。

しかし、セバスチャンはそれには反対したそうだ。

セバスチャンは私が母にレグルスくんを養子にと言ってくると睨んでいたらしい。

その時に母に有利な条件を引き出すために、色々と母に助言してこちらの味方に立つような発言をさせていたそうだ。

だがそれも母には気に入らなかったのだろう。

どうしても父を排除するといきり立つ母のために、セバスチャンは今度の策を講じた。

それが真実だという。

「バレないと思ってたんですか?」

「危ういとは思っていましたが……」

バレた時は自分が全て被ればいいと考えていたというセバスチャンに、私は疑問を抱いた。

何故こんなに母に尽くすんだろう?

ヴィクトルさんに声をかけて呪いの侵食スピードを落としてもらうと、ラーラさんにブラダマンテさんを呼んで来てもらうようお願いする。

すっと、ロマノフ先生が私の近くに移動した。

「セバスチャン、解放されてすぐ私に縋り付いたのは何故です? 人質に取ることもできたでしょうに」

「英雄のお三方がそれを考えない筈もない。離れているのはそうしていても、私が若様に危害を加えることが出来ない状況なのでは……と。それならばお慈悲に縋るほうが建設的だと判断しました」

「なるほど」

それだけの判断が出来るのに、なんでこの男は……?

第一、そんな計算が出来るならもっと上手く母を操縦できたろうし、母が大事ならあの交渉の場で何故嘲笑を浮かべていたんだろう?

不可解な事が多い。

そういう矛盾というか、私の理解の範囲外にあることを尋ねると、今度はセバスチャンがきょとんとした。

「何故私がお嬢様の行動を制しなければならないのです? あの方は心のままに生きられてこそ、あの方ですのに」

「は……?」

「産まれ持った全ての特権を使って恣(ほしいまま)に振る舞われるお嬢様は、まるで女神の如く強く麗しくあらせられるのに!」

セバスチャンは恍惚とした表情で、高らかに声を上げた。

権力を持ち、それを恣意的に使い、他人のことをこれっぽっちも省みず、自らの欲望を叶えるためなら、誰かを不幸にしてもいい。

それが許される立場だと奢り苛烈に振る舞うその姿が、セバスチャンには生命力に溢れ美しく感じられたらしい。

ドン引き。

いや、でもそんな崇拝してるお嬢様が窮地に立たされて、なんで嗤ってたのさ。

私が引いているのにも気づかず、男はその理由を語り始めた。

セバスチャンには大変魅力的でも、我が儘で気まぐれ、優しさの欠片もないご令嬢なんて、いくら家柄が良くても付き合いたくはない。ましてや家柄がっていっても、公爵レベルなら兎も角伯爵程度では……。

そう判断されて母は段々と孤立していき、その分唯々諾々と付き従い、いつも賛美してくれるセバスチャンに母は依存していった。

それが嬉しかったのだと、セバスチャンはいう。

そうしてこのまま孤立を深めれば、母の中にはセバスチャン以外いなくなるのではないか、と。

「浅ましくもそのような考えが浮かび……」

「じゃあ、あの時嗤ったのは母の孤立を喜んだから……?」

「嗤ったつもりは御座いませんが、お嬢様は益々私に依存してくださる。その喜びを隠しきれなかったのやも……」

男の答えに背筋が寒くなる。

レグルスくんを階段から突き飛ばしたのだって、栄誉ある伴侶に選ばれながら母を蔑ろにした男を苦しめたかっただけで、怪我をしようが最悪死のうが母の心痛が取れればそれで良かったと宣う男に、私は嫌悪感を隠せなかった。

「気持ち悪い」

ポロリと落ちた言葉に、セバスチャンはニヤリと頬を歪める。

その蛇のような雰囲気に、私は頭を振った。

するとロマノフ先生が私を隠すように、セバスチャンとの間に入る。

「しかし、因果なものだ。その強い想いが伯爵夫人に降りかかる呪いをより激しいものにしたのだから」

「呪いが緩和されようが何しようが、多分もう伯爵夫人は人として立ち行かないよ」

ロマノフ先生とヴィクトルさんの、冷たく凍てつく視線と言葉を受けて、セバスチャンが泣き崩れるのを、私は何処か空虚に眺めた。