筋肉と筋肉のぶつかり合い。人が武器を手にするよりも前の原初の闘争がそこにはあった。

「ぬぉぉあああッ!!」

「ウガァァァア!」

 組み合い、投げ合い、殴り合う。一進一退の攻防は、泥臭くも観る者を惹き付ける素晴らしい闘いだ。

 ただ、ただちょっとね。闘ってる二人のビジュアルが衝撃的過ぎて、ラーメンを食べて回復した筈の精神力をあの災厄の進化形態とは別のベクトルでごりごりと削って行くのですよ。

 闘っている片割れの知人(ダイヤさん)には申し訳ないのだが、やっぱりいきなり目の前に出てこられると心臓に悪い。できることならずっと魔法少女に変身した状態でいてほしい。

 しかし妙だな? 戦闘音を聞き付けて此方に向かってから、それなりに時間が経過している。今目の前で繰り広げられている闘いがずっと続いていたとするなら、モンスターであるゴリラはまだしも、ダイヤさんのHPはとっくに0になっている筈だ。

「ライリーフ君、援護を」

「んぁ? ああ、そうだな」

 ソフィアに声をかけられ、ダイヤさんの援護に向かおうとする。だがそれを遮るように、ラプンツェルコングが立ちはだかった。

「手出シハサセン」

「いいや、退いてもらうぜ。あの人とは知り合いなんだ、ここでみすみす引けるかよ」

「ナラバコソ手出シハ無用。コノ闘イハ、神聖ナル試練デアル。ソレヲ妨ゲレバ、アヤツカラ恨マレルハ貴様等ゾ」

「試練だと……?」

 神様連中が出してくる特殊クエストみたいなものってことか?

 なるほど、だとすればダイヤさんのHPがいまだに尽きないのにも納得がいく。勝敗の条件がHP以外の特殊戦闘、と言ったところだろう。

 そうであるなら確かに手出しするのは不味い。他人が進めているイベントに介入して、そのせいで失敗しましたなんて事になったら洒落にならないからな。

「ふぅ……忠告どうも。ただし見学はさせてもらうぜ、それくらい構わないだろ?」

「……好キニシロ」

 ラプンツェルコングの許可も出たので、そのまま観戦することに。

 それにしても、ダイヤさんは相変わらず体のキレが凄いな。

 災厄戦の打ち上げの時に聞いた話だが、リアルでも肉体を相当鍛えているらしい。いつか魔法少女と出会い、その魔法少女がピンチに陥った時に少しでも役に立てるようにとの理由で。

 もしかして敵が少ない状況なら、リアルスキルも相まって変身して魔法を使うよりも肉弾戦の方が強いんじゃないだろうか?

「いいんですか、ライリーフ君?」

「友人を失うような真似は出来ないからな。別にここを放置しても街の方に危険もないみたいたしさ」

「あ、いえ。そうじゃなくて、ラプンツェルコングに挑発的な感じで話していたことに関してです」

「うん……?」

「ライリーフ君の好みのタイプなんですよね? 一度拒否されたからと言って、嫌われるような言動をとるのは早いんじゃないですか?」

「あの、ソフィアさん……?」

「人とモンスターと言う差がありますが、彼女の髪は私から見ても思わず羨んでしまう程の物です。諦めずにアタックを続ければ、いつか心を開いてくれるかもしれませんよ!」

「ちょっと待て!? あれは混乱と魅了のせいで言動がバグってただけで、ゴリラが好みな訳じゃないからッ!!」

「違ったんですか!?」

「違うわ! てかなんでそんなに驚いてんのさ!?」

「いえ、お母様から世の中には特殊な趣向をした殿方がいると聞いていたもので……てっきりライリーフ君がそうなのかとばかり」

「あのゴリラより一億倍くらいソフィアの方が可愛いし好みだよ!」

「ふぇっ!?」

 おのれソフィア母め、娘に対してなんて知識を授けてやがるんだ。おかげで俺がアブノーマルな人種だと認識されるところだったろうが!

「あ、あの、今のはどう言う――」

「ウホォォォォ!」

「うっ、くっ……」

「おっ、決着か」

 ダイヤさんが膝をつき、ゴリラが勝利の雄叫びをあげている。

 最後のクロスカウンターはほぼ同威力に見えたが、ゴリラの方がダイヤさんよりも少しだけリーチが長かった。それが勝敗を分けたのだろう。

 しかし何故だ? この決着とは全く関係ないところで、何か重大な事をスルーしてしまった気がする。……まあきっと気のせいだろう。

「ソレマデ。プリティ・ダイヤモンド、貴様ハ未ダ未熟デアル。ソシテマダ諦メヌト言ウノナラバ……今ハコノ場ヨリ去リ、今一度己ノ力ト向キ合イ研鑽ヲ積ムガイイ」

「……そう、ね」

 勝者のゴリラとラプンツェルコングが去ってから、ふぅ……と息を一つ吐き、ダイヤさんは立ち上がった。そこで漸(ようや)く俺達を認識したようだ。

「あら、ライリーフくんじゃなぁい。恥ずかしい所を見せちゃったわね」

「ダイヤさん久しぶりっす。迫力あって格好よかったですよ」

「うふふ、そうかしらぁん? それにしても、こんな所で会うなんて珍しい事もあるものね。女の子と二人でいるのを見るにデートかしら?」

「でぇッ……!?」

「だったら良かったんすけどね、なんか騎士団に拉致られて強制クエスト中なんですわ。あ、立ち話もなんですし、よかったら一緒に拠点まで行きませんか? これから帰る所なんで」

「ならご一緒しようかしら? 私もちょっと疲れちゃって、ゆっくり休みたかったの」

 ふーむ? なんかダイヤさんの雰囲気が少し変わったような気がする。具体的にどう変わったのかは説明しづらいけど、なんかこう……前に会った時よりも自然体って言うか、わざとらしさが薄い……?

 そんな事を考えつつ、挙動が少しおかしいソフィアの手を引きながら三人で騎士達の築いた拠点へと向かっている時の事だった。

『ダイヤー、大丈夫かぁ? あんなことしなくたって、オイラの力をもっと引き出せるようになればあいつにも負けないのに……』

「うふふ、ありがとうフェア。でもあれは私が先に進むのに必要な事なの。だから絶対に諦めたりしないわ、だって私は魔法少女なんだもの!」

 なんか光る物体と会話するダイヤさんを視界の隅に捉えてしまった。

 おかしいな、幻覚かな? また混乱にでも掛かったか?

「……なあソフィア、ダイヤさんの回りをくるくる飛び回ってる光の玉見える?」

「ふぇっ、あっ、な、何かいるんですか……?」

 ソフィアには見えてない、と。やはり幻覚か?

 でも今のソフィアは挙動不審だし顔も赤い。風邪でも引いていて、注意力が散漫になっている可能性が高い。幻覚か、はたまた本当にそこにいるのか……。

『ん? んんん? お前、もしかしてオイラのこと見えてるか? なんてこった……ダイヤはともかくとして、なんでお前みたいな男がオイラのこと見れるのさ!』

「げぇ! 幻覚じゃなかった!?」

「うそ、ライリーフくんもフェアのこと見えるの!? 精霊は魔法少女の素質がないと見れないのに!」

「冗談だろ!?」

『それはこっちの台詞さ! 何だって貴重な魔法少女の素質を持ってるのが頭の悪そうな男なのさ? あぁぁ……せめてそっちの子だったら里の皆にきちんと紹介できたのにぃ』

「フェアったらそんな事言っちゃダメじゃない。ライリーフくん? 魔法少女になれるなんて滅多にないチャンスよ! 今こなしているクエストが終わったら精霊の里に案内してあげるわ!」

『待ってダイヤ! そんな奴連れてったらオイラが里の皆に笑われちゃうよ!』

「あの、いったい何が……?」

 状況について行けずにソフィアが困惑しているが、それは俺とて同じこと。とりあえずこれだけは言わせてくれ。魔法少女って何なのさ!?