I Reincarnated as a Noble Girl Villainess But Why Did It Turn Out This Way? (WN)
Outside the Book Courtesy Edition/Wasabi Eliza and Over Food That or It
何だかよく分からないが、藁を手に何だか幸福な気分で領内を歩く夢を見た。
その日は丁度小麦の様子見をした翌日だったから、おそらくはその体験からそんな夢を見たのだろう。
ラスィウォクの散歩に出た瞬間、晩春の風に吹かれて足元に一本の藁が転がって来たのがふと目に入ったのは、きっとその夢の事を思い出したからだ。
普段なら気にも留めないそれを拾い上げたのは夢の巡り合わせなどというスピリチュアルな理論を信じたわけではなく、単なる気まぐれであり、少し手元で弄った後はその辺に放るつもりですらあった。
「……これは?」
「はあ、これか。実は昨晩村に帰ってたんだけどよ。戻ってくる時に兵舎で分けて食えと親父に持たされたんだ」
館の立つ丘の中腹ほどで、布に包んだパンと根菜類の入った籠を抱えながら何やら困った様子でほとほとと歩く兵士を見つけたのは、未だに残る兵舎にいた頃の癖で狩りに入った林から出た後の事だった。
「これっぽっちを分けて食えったってなあ。かと言って一人で食うのも忍びねえし、野菜を煮るのも今からでは面倒だし、どうするかと思ってな……」
パンも野菜も困窮の最中にあるカルディア領ではかなりの価値があるものではあるが、兵舎で分けるにはあまりに量が少ない。それ故にせっかくの食料を持て余してしまっているらしい。
どうせ夕食は訓練も兼ねて自力で確保せねばならないのだし、これから数日掛けて一人で消費すればいいのではと思うのだが、それは本人の気が許さないようだ。
領軍の兵士達には差し入れられた食事等は皆で分けるという不文律のようなものがある。おそらくは母体となった盗賊団時代の名残だ。
私は少しばかり考えて、背から籠を下ろした。中には散歩に入った林でラスィウォクが見付けた紅花豆が入っている。
私の手から藁を奪って飛んだ鳥を狩るために追った先の小さな林という、普段の散歩の道通りに進んでいたら絶対に見つけられなかったそれは、これまで誰にも見つからなかったらしく鈴生りだったのを片っ端からごっそり取って来たものだ。同室の兵と分ける程度なら十分な量だろう。
「困っているならこれと交換しないか。パンや野菜ほどの価値は無いが」
「おお?こりゃ紅花豆か、よくこんなに見つけたな!いいのか?」
「豆よりはパンの方がいいからな」
だろうなと笑った兵士は、快くその提案を受け入れてくれた。
豆が一握りほどを残してごっそり無くなり、交換に私の手元にはパンと野菜が残る。私はその荷物をラスィウォクの背に乗せて、散歩を再開した。
冬の頃より体躯の随分大きくなったラスィウォクはその分要求する散歩の時間と距離も伸びている。最近では丘を降りてその周りを殆ど一周するくらいだ。
難民受け入れの準備に追われる忙しさから常はカミルにまかせているが、たまには私が付き添わないとラスィウォクが拗ねる。
幼い身体に運動不足はあまりよろしくないという事もあって、今日は久々に夕方一杯の時間を取った。無論その分の仕事はカミル任せである。
さて今日は一体何の偶然が重なったのかと不思議に思ったのは、黄金丘の館と丘の麓のクラリア村を結ぶ道半ばで、これまた困った顔をした年配の女を見た瞬間だった。
「…………おい、そこのお前。一体どうした?何かあったのか」
誕生祝の際の空気を思い出して一瞬躊躇ったが、結局見逃せずに声を掛けた。
「ん?……あ、あんた。領主の娘……」
農民らしい女は私に気付くとさっと顔を青褪めさせる。
やはり放っておくべきだったか。無駄に領民を怖がらせてしまった事を悔いる。
しかし女は困惑した様子ながら、私をじっと窺っていた。
まるで野生の獣にでも出会った時の反応だが、嫌悪はあまり感じない。とはいえ、私が居ると心穏やかで居られない事は確かだろう。
「あー、その、困った様子だったから……、何も無いならいい」
そう思って立ち去ろうとしたが、女は困った様子で「いや、ちょっと待っておくれ」と声を発した。
「……元から黄金丘の館を尋ねるつもりだったんだよ。今朝方、家の裏に見慣れない燃やした炭のように真っ赤な卵が産んであるのを見つけてね。どうすりゃいいかとあんたの所へ相談しに行く所だったんだ」
「卵?見せて貰っても良いだろうか」
あんたみたいな小さな子供に見せて分かるのかね、とぼやきつつも、女は包んでいた布を開いて中身を見せてくれた。確かに鮮やかな朱色をした卵が五つ程入っている。但しそっと触れてみても特に熱くはない。
火の付けた炭のような色で、熱くはなく、大きさは鶏卵より一回りほど大きい。そして、春の終わりの産卵……これは火呑み鳥のものだろう。兵舎時代に食べた事が何度かある。
火呑み鳥は夏に現れる燐蛾という虫を餌とする、鶏より少し大きな鳥だ。
その辺を普通に飛んではいるが、脅かすと蹴爪で襲い掛かってくる事もあるらしい。
とはいえ割合臆病な性格のため人には近寄らず、普段は産卵も川辺の林にすると物知りな兵士には教わったのだが……。
「これなら知っている、火呑み鳥の卵だ。特に問題は無いと思うし、卵は茹でれば食べられる」
「食べられるのかい、この卵。でもねえ……あいにく、一昨日うちの鍋底が抜けちまってねえ。折角の卵だけど、次の行商人が来るまで茹でられないんだよ。悪くなっちまうかねえ……」
既視感を感じつつ、私はラスィウォクの背から荷物を下ろす。
「ここにパンと日持ちする野菜が幾らかあるんだが、それと卵を交換しないか」
「おや、いいのかい。パンが貰えるのは助かるね」
思わず、といった様子で顔を綻ばせたその女性は、パンと野菜の八割を取り分けて、代わりに卵を全て私に寄越して去って行った。
「……何だかな。まあ、卵が手に入ったのはいい事か。お前も食べられるしな」
ぽん、と傍らのラスィウォクの首元を撫でると、彼は嬉しそうに尾を揺らした。
だが似たような事は更にもう一度続き、卵は二つを残すきりとなって、代わりに小麦粉の袋と芽の出た芋が新たにラスィウォクの背に乗ることとなった。
取引をしたのは東の王領から西の王都へと戻ろうとする行商人である。
カルディア領でも麦の種を何度か買い付けた事があり、通りかかった私に「領主様、二束三文で良いので、芽の出た芋を引き取ってくれる村人は居ませんか」と声を掛けてきたのだ。
芽の出た芋は有毒とされ、食料としての商品価値は無くなる。子どもに食わせると危ないという事実が先行して広まったのか、芽と皮を取ってしまえば食べられるという事はあまり知られていない。そもそも芋は皮ごと煮て食べるものだと認識されている節があって、皮を剥いて芽を取り除くという手間のかかる調理の発想は、日々仕事で忙しくしている領民には無いようだ。
とはいえ春も半ばを過ぎたこの頃に、芋を植えられる土地は空いていない。食う事も増やす事も出来ない芋を恩義や同情で村の人間に買われるのは、多少の事とはいえあまり領内の経済的に良い事でも無い。
館の大人達や領軍の兵士であれば食えるからという理由で火食い鳥の卵と引き換えさせた。流石に駄目になりかけの芋と卵では釣り合わなさ過ぎると思ったのか、小麦粉の袋がついてきたのは予想外の事だったが。
ええと……何だっけ。こんな昔話が前世の記憶にあったような。
藁から始まった奇妙な縁で様々なものを手にする人の話という概要は覚えているが、詳しい話の内容までは思い出せない。
手元に残った野菜と芋、卵、パンの切れ端と小麦粉を見下ろしながらそんな事を考えたのは、ちょっとした現実逃避だ。この半端な食材をどうするべきか結局私も困っていた。どれも量が少な過ぎて、コックに渡した所で邪魔にしかならなさそうな気がする。
──前世の記憶を引っ張りだしたのは偶然にも丁度良いタイミングだった。残った食材から、そういえば、前世にあった料理が作れそうだという事に気がついたのだ。
芋の食べられない部分を取り除いて、茹でて潰して、そこに他の野菜を細かくしたのを合わせて。平べったく形を整えて、卵液と細かく千切ったパンの破片につけて揚げる料理。
確か、コロッケという名前だっただろうか。前世の女の記憶では既に作られたものを買ってきて食べてばかりではあったが、まあ、作れない事もないだろう。
ただし、私が作るとなると話は別だ。何しろ調理場と身体のサイズが全く合っていない。
「カミルに相談してみるか……」
ぽそりと呟くと、隣のラスィウォクがぺしりとわたしの背を軽く尾で打った。
「ん?なんだ?」
いつの間にかあれこれ考えて伏せていた顔を挙げると、そこには明らかに拗ねたような人間臭い感情を目に浮かべたラスィウォクの顔が。
湿った鼻先で頬をぐりぐりと押される。おい、冷たいぞ、やめろ。
「どうした。……あ、卵か」
卵を芋と小麦粉に引き換えたせいで、ラスィウォクの食べられるものが減ってしまっている。それを彼は不満に思っていたらしい。その残った卵も、コロッケの衣に使う気でいる。
「ごめん、悪かった。お詫びに今度、蛇を取りに行く時間を取るから。こら、尻尾で私の頭を叩くのはやめないか。私が悪かったから」
結局、館に戻るまでずっとラスィウォクに謝り続ける事になった。狼竜にとっても食べ物の恨みはなんとやら、という事らしい。
今後は彼の取り分をうっかり減らしてしまうような事は無いようにしよう、と心に誓う日であった。