I Reincarnated as a Noble Girl Villainess But Why Did It Turn Out This Way? (WN)
09 Starting Ceremony - Medium
「ああ、来たね。カルディア、エミリア殿」
「御機嫌ようございます、王太子殿下、ドーヴァダイン子爵、ジークハルト」
エリックの先導でエミリアを連れて行った先は、シュテルト・ホールの一番奥にある舞台袖だ。
王太子はいつものようににこやかに微笑み、グレイスは冷ややかな視線で、ジークハルトは軽く片手を上げる形で私の軽い挨拶に応えると、先程のエリックと同様にエミリアへと挨拶を交わす。
「じゃあ、予定のおさらいだよ。今日、エミリア殿をリンダール連合王国との和平の象徴としての留学生として、この学習院に迎えたことを学生達に公表する」
王太子の言葉に全員がこくりと頷く。
エミリアが再び緊張を帯びた気配がしたが、流石にここではどうにも出来ない。
人々の前に立つ事も彼女にはこれから嫌という程求められる。慣れて貰うしか無いだろう。
「エミリア殿の舞台中央までのエスコートはグレイスが務め、カルディアはエミリア殿の護衛を務めていると解るよう、儀礼用の細剣を帯剣してその後に続く事。エリックとジークハルトは僕の側近、護衛としていつもの通りにね」
「カルディア、剣はこれを」
ジークハルトから用意された細剣を受け取って、慎重に腰に下げる。恐ろしく細工が凝っており、いくら一時的とはいえ、身に着けるのにはかなり気が引けた。
「刃は潰してあるけど、何かあったら遠慮なく抜いてね、カルディア」
そうしてベルトを結び終えた途端、王太子が軽やかにとんでもない事を言い放った。
「アルフレッド、冗談にしては度が過ぎるんじゃ……」
思わず、といった様子で声を上げたのはグレイスだ。
彼の言う通り、王太子の言葉が場の緊張を解すための軽い冗談のつもりならば、度が過ぎている。
ここは国内の貴族の子女の全てが通う学習院だ。無論、その重要さに応じた警備が敷かれている。この中で学生の諍い程度の事を越えた何かが起こる事など在(・)り(・)え(・)て(・)は(・)な(・)ら(・)な(・)い(・)。
「いや、グレイス。冗談じゃないよ。カルディアは王の命によって任ぜられたエミリア大公女殿下の護衛だ。飾りじゃない。有事の際の想定は必要だ、そうだろう?」
だが、王太子は軽く首を振ってその諌めを否定した。
嫌に含みのある不穏な会話に、しかし誰も口を挟む事は出来ない。
「まさか。ここは学習院だ。有事など……」
「そうだね。でも、どこであろうと言うべきことは言わなきゃならない。そうでしょう?」
グレイスは険しい表情を浮かべかけた顔をすぐさま伏せた。おそらくは、目を丸くして成り行きを見つめているエミリアにその表情を見せないために。
「……差し出がましい事を言った」
「いいよ。何も問題無い。……カルディア、いいね?」
「はい、殿下」
念押しのように掛けられた声に頷く。
王太子の考えに戸惑いはあったが、それをグレイスのように欠片でも表に出す事は、今の私には許されていない。
「王太子殿下、そろそろ開会致しますのでこちらへ」
「今行くよ」
教員に呼ばれ、王太子はグレイスの肩を軽く叩き、私に向かって一瞬、にこりと笑みを浮かべた。
そうして、すれ違いざまに──まただ。ごめんね、と、微かな謝罪が耳へと届いた。
私が振り返るのも待たず、そのまま彼はエリックとジークハルトを伴ってそのまま舞台へと上がって行く。
後には気まずい空気だけが残された。
「エミリア様、どうぞこちらへ。まだ少し時間があるでしょうから、お掛けになって下さい」
沈黙するグレイスはこちらを見ようともしないので触らずにおき、呼ばれるまでの間くらいは、と壁際に置かれていたカウチへエミリアを座らせる。
「……あの、今のは……?」
「あまりお気になさらず。王太子殿下は私に気を緩める事の無きよう、と仰られただけでしょうから。……この学習院は貴族の子女が集まっている場所故、王城や大公家と並ぶほどに厳重に守られております。しかし、だからと言って私が御身を守るために仰せつかった役目から手を抜いて良い理由にはならないと、そう殿下は注意して下さったのだと思います」
エミリアの不安を和らげるべく、単なる釘刺しだと説明をしたが、恐らくそんなつもりの発言でない事は確かだった。
現状、アークシア内のリンダールへの感情はあまりに悪い。
殆どリンダールを支配下に収める形での和平となったとはいえ、それでもアークシアはリンダールを併合せず、ある程度の自治や国際的な立場をそのまま残した。
不満の声は当然のように存在している。
とりわけ、軍需で潤った訳でもない内々地の貴族達からの、無責任とも言えるようなリンダールへの嫌悪ともとれる声は無視できるものではなくなってきている。
国内でのエミリアの待遇がまだ貴族達に明らかになっていない以上、彼女への悪意が最も露出するのは今日、彼女の身分だけが知れ渡った後だ。
そして王太子にこの細剣を返すのは、このセレモニーの全てが終わってからとなる。
……グレイスとエミリアの手前溜息は堪えたが、この後の事を思えばあまりに気が重たくて、待機時間の間中、私は只管「帰りたい」と念じる事になった。