灼熱の砂階層で商売上の儲けは大したことはなかった……どころか最後の激戦が響いて赤字だったのだが、まあそれはいいだろう。

この階層でやるべきことは終えたので、清流の階層に戻ることになった。

灼熱と清流の二つの階層は転送陣が正常に作動しているので、頻繁に連絡を取りあうことに決まり、今後は交流も盛んになるだろう。

何かあればお互いに助け合うことになっているので、再びここに来る機会があるのかもしれない。

「何かと世話になっちまったな。滾る爆炎の団があんな奴らだと見抜けなかったのは、後悔してもしきれねえ。マジですまなかった!」

見送りに来てくれた灼熱の会長が、九十度より深く腰を曲げて謝罪している。

今回の一件がかなり堪えたようで報告を受けてから、灼熱の砂ハンター協会に所属しているハンターたちの身辺調査をやっているらしい。

「また何かあったら手伝いにくるからね」

「もうちょい涼しくなったらいいんだがな」

「暑いと冷たい物が美味しくて最高っすよ」

女性陣は和やかなムードだ。砂漠の柱での一連の出来事は命の危機に晒され、一歩間違えたら全滅したというのに。

これは男性も同じなのだが、ハンターの精神の強さとでも言うべきか、誰も後に引きずっていない。

「この階層の方はサンダルがメインですので面白味がありませんよね」

ヘブイは今回の一件で吹っ切れたようで、良くも悪くも自然体といった感じだ。

「今度の戦いでハッコン師匠の素晴らしさを再認識させていただきました! 清流の湖階層でもよろしくお願いします」

特に何もしていないのにミシュエルの好感度が日に日に上がっている。何故、こんなにも慕われているのか不思議でならない。

そんな和気藹々と会話している仲間から少し離れた位置で、黒八咫とボタンを撫でているキコユがいた。

真剣な顔つきでずっと撫で続けている。会話にも混ざってこなかったし、何か悩み事でもあるのだろうか。

悩み事として思い当たるのは、体が急成長して大人になったことぐらいだ。ずっと子供の体だったので大人となった体に馴染まないのかもしれないな。

そうだとしたら、自動販売機である俺に出来ることはそっと生理用品を出すぐらいだろうか……いや、これはセクハラだな。女性のデリケートな部分に男が口を出してはいけない。

まさか、俺との商売対決で相打ちとなったことで悩んでいる訳ではないだろうし、軽い悩みであればいいのだが。

そんな心配事を抱えながらも、我が家でもある清流の湖階層へと戻った。

やっぱり、落ち着くねぇ。何だかんだ言っても我が家が最高だ。

まあ、我が家と言っても屋外でハンター協会前の定位置なのだが。

「帰ってくるのが遅かったから、もうちょいで灼熱の砂階層まで買い出しに行くところだったぜ」

「これを飲むと心健やかになれる」

俺の姿を見つけるとすぐさま駆けつけて、いつものセットを購入した門番のカリオスとゴルスが嬉しそうに話しかけてくる。

「ありがとうございま す」

そう言ってくれるだけでも自動販売機になって良かったと思うよ。

二人の格好は半袖ではなく長袖へと変更されている。灼熱の砂階層にずっといたので真夏の感覚だったが、ここはもう秋だ。

自動販売機になってから二度目の秋か。ここにきて一年ぐらい経ったんだよな、あっという間の出来事に感じるよ。一年も付き合っているので体も完全に慣れてしまった。

もし生前の姿に戻れたとしても、普通に歩けるかどうかも怪しいぞ。

人間に戻れる方法はダンジョンをクリアーした時の褒美、何でも叶えることのできる願い事に託すしかない。正直言って眉唾だが。

この異世界には魔法や加護といった超常的な力が当たり前のように存在している。このダンジョンだって階層ごとに別世界の様な空間だ。

何があっても不思議ではないと思うが、何でも願い事を叶えるというのは誇大広告すぎるだろ。じゃあ、この世界の全てを俺の物に、なんて無茶振りにも応じてくれるのだろうか。

とまあ商売中に考え事をしているのだが、注意力が散漫で考えもうまくまとまらない。さっきから視界の隅に映る彼女のことが気になって仕方がないのだ。

上辺は取り繕ってお客の対応をしているのだが、時折見せる真剣な表情とため息を吐く姿を目にすると心配になる。

この階層に戻ってきても悩みは晴れていないようだな、キコユ。

自発的に相談に来てくれたら幾らでも話を聞くけど、こっちの方をちらちらと見ては慌てて視線を逸らしている。

キコユのことはもちろん心配なのだが、もう一つ気になっていることがある。いつも俺の傍から離れようとしないラッミスが最近あまり近寄ってこないのだ。

ここ数日、忙しいらしくヒュールミも顔を出さないので少し寂しい。

そんなことを悩んでいると夜も更け、いつも通り夜も商売を続けるつもりだったのだが、ラッミスに懇願されてヒュールミと一緒に住んでいるテントに運ばれることになった。

「最近忙しくて碌に話せなかったから、今日は一緒に遅くまでお話したい」

と、ラッミスに上目遣いで頼まれて断れる男がいるだろうか。いないと断言できる。

若干、浮かれ気分で迎えに来てくれたラッミスに担がれてテントに入った。

「ハッコン、お誕生日おめでとう!」

えっ?

おめでとうの合唱と鳴りやまない拍手。ヒュールミしかいない筈のテント内には今までお世話になった人々の姿。

熊会長、始まりの会長、迷路会長、闇の会長、カリオス、ゴルス、ムナミ、シメライお爺さん、ユミテお婆さん、園長先生、スオリ、シャーリィ、大食い団の四人、シュイ、ヘブイ、ミシュエル、キコユ、黒八咫、ボタンがいる。

そして、ヒュールミとラッミス。親しい人たちが全員テントの中に集まってくれていた。

「正確な誕生日はわからないけど、うちとハッコンが会った日から近い今日に勝手に決めちゃった。迷惑じゃなかった?」

俺を輪の中心に降ろして、照れたように微笑むラッミスに感謝の言葉を伝えないといけないのはわかっているのだが……言葉が出なかった。

驚き過ぎて、嬉し過ぎて、何を言えばいいのか回路がショートしそうだよ。

「ありがとう」

何とか言葉を振り絞り、そう伝えた。

俺を取り囲んでいたみんながもう一度声を揃えて「おめでとう!」と祝福の言葉を投げかけてくれる。

ああ、くそっ、不意打ちすぎる。まさか、自動販売機になってこんなにも多くの人に誕生日を祝ってもらえる日が来るなんて。

たぶん、ラッミスが企画してくれたのだろう。俺にはもったいない相棒だよ。

「そしてー、ちょっと遅れたけどキコユちゃんもおめでとうー!」

そうか、キコユも誕生日を迎えたばかりだったな。合同誕生日会になるのか、賑やかでいいね。

「えっ、えっ、私もですか」

キコユが本気で驚いたようで唖然としている。これで最近の悩みが吹き飛んでくれたらいいのだけど。

「本当はご馳走を食べて欲しかったんだけど、口がないからそれは人間に戻った時の楽しみにしておいてね! じゃあ、二人ともみんなからの贈り物を受け取ってください」

ラッミスがそういうと俺とキコユの前にずらっと仲間が並んだ。

「まずは俺たちからだ。ゴルスと一緒に選んだのはこれだ!」

「気に入ってくれるといいのだが」

そう言って二人が差し出したのは看板だった。

それも黒板のようにチョークで文字を書きこむことができるタイプの、飲食店の入り口に手書きのメニューが書きこまれていたりするあれだ。

これは便利だな。新たな場所で使い方の説明をここに書きこんでおけば手間が省ける。新商品の説明にも使えるから本当にありがたい。

「ありがとう」

自動販売機へのプレゼントなんてどうするのだろうかと思ったのだが、ちゃんと使えそうな物を考えてくれたんだ。

「ハッコン、いつも世話になっている。これはハンター協会からの贈り物となる」

「うむ、ハッコンのおかげで始まりの階層も陥落せずに済んだ」

「ハンター協会としてはハッコンさんの活躍を多いに評価しています。その証拠としてこれを皆で贈ろうと考えました。ええ、言い出しっぺは熊会長ですが私も同じことを考えていたのですよ。嘘じゃありませんわ。ちゃーんと、私としても評価を形として――」

「はいはい、迷路会長しゃべりすぎや。ハッコンはんも困ってるやないか。見てみい、困惑して魔道具だけに、まあどうしようって思っている顔してんで」

突っ込まないぞ、闇の会長。

ハンター協会会長を代表して熊会長が渡してくれたものは、一枚のカードだった。これはハンターの証であるカードだよね。俺は既に清流の湖階層のハンターとして登録されているので、似たようなカードを貰っている。

このカードは既に持っているカードと違い縁が金色ではあるけど。

「これはハンター協会が認めた者にしか授けない特殊な証明書だ。これを見せれば転送陣の代金は無料となり、どの階層も自由に行き来することが可能となる。加えて、例えハンター協会の会長から直接命令されたとしても拒否する権利が与えられる」

VIPカードみたいなものなのだろうか。あまりの好待遇なので心配になるが、俺がそれを悪用しないと信じて託してくれたのだろう。なら断る理由はない。

更に老夫婦と園長先生からはお手製の湯飲み。二つあるのは人に戻ってから嫁と使えるようにという配慮だった。

ムナミからは永久無料宿泊券。人間に戻っても使えるそうなので、今後の生活は安泰のようだ。

次のスオリはとてもわかり易い。

「ハッコンさんはお金をポイントとして力を得るとのお話でしたので、わらわからは金貨の詰め合わせですわ」

装飾過多な小箱を黒服の人が運んできてくれた。あの箱の中には何枚の金貨が入っているのか。考えるのが怖いぐらいの金額だよな。

これ受け取っていいのだろうか。買取り金額じゃないよ……ね?

「遠慮なさらず。わらわの屋敷にあった調度品を一つ売り捌けば補てんできる程度の金額ですので」

若干怖いがポイントは喉から手が出るぐらいに欲しい。喉も手もないけど。

話し方はあれだけど根はいい子だから、裏がないと信じよう。

「スオリちゃんの後だと物怖じしてしまいますわね。ハッコンさん」

シャーリィさんが声を潜め寄り添うようにして、凶悪な二つの実り過ぎた果実を押し付けてきた。これが生身の体だったら理性が空の彼方へと吹き飛びそうだ。

「これを受け取ってください。人間に戻られた暁には私が自らお相手しますので」

そう言って釣り銭の受け取り口に入れられた紙は――彼女のお仕事に関連する男性向けのサービスだった。

贈り物は受け取るのが礼儀だ。そう、使う気はなくとも相手の気持ちを最優先にして、この場は受け取らなければならない。

全く関係ないのだが、いつか人間に戻れるようにもっと努力しないとな!

「いつもお世話になってるから、頑張って用意したっす!」

「ハッコンさん、私とシュイからは粗品ではありますが、これを」

ヘブイがそう言って大きめの袋から取り出したのは――バカげた大きさの靴だった。大人が数人余裕で入れる大きさの革靴。これ特注品で作ってもらったのだろうか。

「これは闇の森林階層からこちらに移住された職人さんに頼んでも作ってもらいました」

その説明で脳裏に髭面でラッミスの武具を作った職人の顔が思い浮かんだ。

で、この巨大な靴は……もしかしなくても、俺の靴なのか。

「靴の大きさは心配無用ですよ。こと靴に関しては私が測り間違うことはあり得ませんので」

その無駄な自信が怖い。お礼を言っていいものか迷っていると、ヘブイが俺を持ち上げて止める間もなく靴へと挿入された。

あ、うん、ピッタリだ。身体の下半分がすっぽり靴に納まっている。

「に、似合ってるっすよ……」

じゃあ、こっちを見ながら言ってみなさい。何で背を向けて肩を震わせているのかな。

ヘブイ以外が全員同じ動きをしているのは何故でしょうかねぇ。