ファルは驚いた表情をしながらイルビアを見ていた。

「イルビアって……まさかこの人がアル君が前に言ってた妹さんなの?」

「ああ。今となっては邪神側の幹部になっちまってるけどな」

「私としてはまだお兄ちゃんにはこっち側に来てもらいたいと思ってるんだけど、どう? やっぱりこっち側に来る気になったりしない?」

「するわけないだろ。俺はお前を止めるつもりだしな」

「ふふっ。やっぱり駄目かぁ」

 そう言って、イルビアはクスリと笑った。元々俺が良い返事をすることについては期待していなかったらしい。

「……イルビア、どうして王都を襲ったんだ?」

「うーん。これ言っちゃってもいいのかな。……まあいいや、邪神様に指示されたの。王都を破壊しろって」

「邪神の……指示?」

 そんなことをして邪神に何の得があるんだ……?

「うん。そうすればお兄ちゃんが邪神様へさらに敵意を抱くようになって面白くなるからって」

「は……?」

「私もそれを聞いて喜んで破壊させてもらったんだけど……その様子じゃ、あんまり効果は無かったみたいだね。ざーんねん」

「……そんなことのためだけに、王都をこんな酷い状態にしたってのか……?」

 俺の質問に、イルビアは不思議そうに首を傾げると、

「そうだよ? それがどうかした?」

「っ……!」

 母さんはイルビアの事を完全な悪ではないと言っていた。

 だが、俺に敵意を抱かせるだけのために王都を襲ったのなら、完全な悪としか思えない。

 イルビアにはもう、良心の欠片すらないってことなのか……?

 俺がそう思っていると、ファルが一歩前に出て口を開いた。

「……ねぇ、イルビアちゃん」

「何? お兄ちゃん以外とはあんまり話すつもりはないんだけど」

「少し聞きたいことがあるの。本物のアルビィさんはどこ?」

「本物も何も、元々アルビィなんて人は存在しないよ? あれは私が貴女に接触するために作り出した仮想の人物に過ぎないから」

「そっか……。ならもうひとつだけ聞きたいんだけど、今の王都の状況、わざと(・・・)こうなるようにしたの? 見た感じだと、私にはそうとしか思えないんだけど」

 ……? ファルの質問の意味がわからない。どういうことなんだ?

 だが、イルビアはその質問の意味がわかったようで、口元に笑みを浮かべながら答えた。

「……もちろんわざとに決まってるでしょ? 私は壊すことだけ(・・)は好きだから」

「そっか……」

 イルビアの答えを聞くと、ファルは安心したかのような笑みを浮かべた。

「ありがとう」

「……自分の故郷を壊した相手にお礼を言うなんて、王女様は頭がおかしいんじゃないかな?」

「そんなことないよ。きっとアル君だって同じことを言うと思う」

「え? 俺も?」

 まったく話についていけてない気がする……。どうしてファルはイルビアにお礼を言ったんだ……? それに、俺もお礼を言うってのはどういうことだろうか。

「……そう」

 イルビアは一瞬暗い表情をしてそう呟くと、すぐに元の表情に戻った。

「お兄ちゃん。ほんとは後で言うつもりだったけど、正体バレちゃったし(・・・・・・・)今ここで伝えておくね」

「……なんだ?」

「『シルス村で待つ』……邪神様からお兄ちゃんに向けてのお言葉だよ」

「「!!」」

 その言葉に、俺とファルは驚愕した。

 前にファルの父親がシルス村の調査のために少数精鋭の隊を送ったことがあったが、神官が気絶したことによりすぐ王都に戻ってきたことがあり、その後、目を覚ました神官が邪悪な気配を感じたと言っていたらしいことをファルから聞いていたが、もしかしてこれって全部邪神のせい……ってことなのか?

「安心して。邪神様は村の人には手を出すつもりはないらしいから急ぐ必要はないよ。……尤も、遅すぎたらどうなるかわからないけどね」

「……そうか」

 となると、そんなに悠長にしてる暇は無いな……。対策を考えたらすぐに向かった方が良さそうだ。

「それじゃ、待ってるからね。お兄ちゃん」

「!? 待っ……!」

 俺が止める暇もなく、イルビアの姿は既に無くなっていた。