ドラゴン。
ファンタジーを代表する生物。
物語によっては神格化されることもあり、敵対すればその圧倒的な力により主人公たちを苦しめる存在である。
口から炎を出すのは当たり前、近年では氷の息や毒の息なども普通に吐いてくる厄介な奴。
とはいえ、これはあくまでもゲーム等のフィクションでの話だ。
だが、コショマーレ様は言った。俺達の世界のゲームというものは、そもそもが俺のような転生者がすんなりと異世界の存在を受け入れやすくするために、地球人に無意識のうちに作らせたものであると。
実際、鈴木が飼っていたポチ――ワイバーンもまた俺の想像通りの魔物であった。
となれば、やはり警戒しなくてはいけない。
「こっちニャ」
小さな声で、ステラが俺達を案内する。
「こういう時、小さい体は身を隠すのに便利そうだな。なぁ、キャロ」
「イチノ様、どうしてそこで私に同意を求めるんですか……私はあそこまで小さくありません」
キャロが不貞腐れたように頬を膨らませた。
「……小さいことを気にしてたのか?」
「いえ……小さいことを気にしたことなんてあまりなかったんですが(……イチノ様が私をきっちり大人として見てくれないから)」
「悪い、最後の方があまり聞こえなかったんだが」
「なんでもありません」
どうやら怒らせてしまったようだ。キャロは普段からしっかりしているからついつい忘れてしまいそうになるけど、まだまだ子供だからな。過酷な旅でストレスが溜まっているのかもしれない。町に帰ったら四人で楽しい買い物でもしてストレスを和らげるのもいいかもしれないな。
正直、俺達は働き過ぎだ。無職なのに働き過ぎって、冗談が過ぎるだろ。
「イチノよ。遊んでいる場合ではないぞ」
「……そのようだな。さっきから気配をびんびん感じてるよ」
敵の気配も、魔物によってその気配は微妙に異なる。弱い魔物だと、あ、なんかいるなぁ、程度の気配だし、殺気を放つ魔物だったら鋭く刺さるような気配だったり。
もっとも、敵の数が多ければ他の気配と混ざってわかりにくくなるのだが、今回の気配は――言葉で表すには、強大な気配だ。じっと立っているだけで強い向かい風にもたれかかっているような気になる。
おそらく、この草場を抜けた先に奴はいる。
それでも、なんだろうな。
勝てない相手じゃないと思う。
「キャロは離れた場所から、魅了魔法を使えるか試してくれ。マリーナは魔弓で敵の脆そうな場所――目とか口の中とかを狙ってくれ」
「かしこまりました」
「任せておけ――我の第三の目から逃げられる者などおりはせぬ」
キャロが頷き、マリーナが自信満々に言う。
マリーナは第三の目を開眼させる前にまずはその仮面を外して第一、第二の目の視界を広げる努力をしろよな。
「ハル、俺達は前で戦うことになる。マリーナの腕なら心配はないとは思うが、それでも射線上には立たないように戦おう。最初はいつも通りスラッシュによる攻撃からはじめる。そして、俺が散開と言ったらドラゴンからできるだけ離れてくれ。俺が最大威力の魔法を放つから」
「わかりました」
ハルが頷いた。
「ステラはどこかに隠れていてくれ。流石にステラまでフォローできるかわからん。あと、ステラ以外に言うが、一応、空間は開けておく。やばいと思ったらそこに逃げ込め」
俺はそう言うと、引きこもりのスキルを使い、俺の世界への扉を作り出した。
備えあれば憂いなし。
できる限りの保険はかけておこう。
今回はレベル上げではなく、勝負だ。
職業を無職、剣聖、剣士、魔法剣士、剣闘士に設定。
剣にこだわった職業を設定。
もっとも、最後にとどめをさすのは魔法なんだけどな。
そして、俺は茂みからそっと向こうを見る。
崖のような場所に人ひとりがぎりぎり通れるような穴があり、その穴の横に、ボスフィッシュリザードの倍くらいの大きさがあるトカゲ――ドラゴンがいた。
ドラゴンの色は茶色だ。
茶色ってことは、地竜か、それとも、赤色に近いから、火竜かもしれない。
「ブロンズドラゴンですね……」
俺の右下で、キャロがそう呟いた。
なるほど、茶色ではなく、十円玉のような赤銅色ってわけか。
「特殊攻撃もなく、ブレスも吐かないためドラゴンの中では弱い部類に入ります――が、それでもBランク以上の冒険者の6人パーティーが戦うような相手です」
「Bランク……ですか」
ハルが呟くように言った。彼女は現在Eランクの冒険者だ。
「安心しろ。ランクと実力が一致してないのはわかってるだろ。ハルは十分強いさ」
俺はハルの頭を撫で、
「よし、行くぞ、ハル」
「はい、ご主人様」
俺とハルが茂みから飛び出した。
と同時に、後ろから風の矢が飛んできて、竜の眼へと一直線に向かう。
だが――
【グアァァァァァァァァァっ!】
思わず耳を塞いでしまうほどの咆哮が、空気を大きく震わせた。それにより、風の矢が方向を変えてあらぬ方向へと飛んでいく。
弱い部類でもドラゴンってことか。
そんなことを思いながら、俺はハルに合わせて、スラッシュによる剣戟を放った。