賭場に入り、ミリは周囲を観察しながら呟くように言った。

ちなみに、賭場の入場における年齢制限は存在せず、貴族の間では物心ついたころから賭場で遊ぶ者もいるため、周囲がミリに注目することはあっても、それを注意する者は当然いない。

「へぇ、ここがベラスラの賭場なの……ずいぶんと変わったわね」

前に来たときは、カードゲームができる場所しかなかったはずだ。少なくともルーレットやスロット台は存在しなかった。

まぁ、前といっても百年以上前にお忍びで来ただけで、すぐに出禁になってしまった。

「あれ? ミリちゃん、前にも来た事があるの? 迷い人なのに」

「まぁね……えっと、お金をメダルに交換して遊ぶのは一緒よね。じゃあ早速――」

ミリはメダル交換用のカウンターに行くと、金貨を一枚――1万センスと銀貨100枚をテーブルの上に置いた。

「これを全部メダルに交換してちょうだい」

「かしこまりました」

受け付けの女性は恭しく頭を下げると、金貨を下げ、緑のメダル5枚と赤色のメダル1枚をミリに差し出した。

緑のメダルが1000センス、赤のメダルが10000センス、足らない5000センスは税金ということになる。

「あ、わ、私もこれ、お願いします」

横にいたノルンが銀貨1枚を出した。

白いメダル5枚と青いメダル7枚が渡される。

「ノルンも遊ぶの?」

「う、うん、こういうところ初めてだから緊張するけど」

「そう……そうね。じゃあ、ノルンはあのスロットマシンで遊ぶといいわよ。あと、これ、スロットしながら読んでおきなさい!」

とミリは一枚の紙をノルンに渡し、一階の一台空いているスロットマシンを指さした。

「え? でもあそこ、青いメダルのスロットマシンだよね? あんなところに行ったらすぐにメダルが――」

「つべこべ言わずに行きなさい! メダル全部無くなるか、私が戻ってくるまで回してるのよ!」

「はいぃぃぃっ!」

ノルンはミリに怒鳴られて、涙ながらにスロットマシンに向かった。

ミリは涙ながらにスロットを回すノルンを尻目に、とりあえず周囲の観察を続ける。

あちこちにあるのは魔力検知器。魔法によるイカサマを見抜くための道具だろうと思った。

(まぁ、魔法なんて使わなくても、ルーレットなら私が負ける理由はないわね)

そう思った時、ミリは魔王だったころにいつも一緒にいた白狼族の少女のことを思い出した。

(元気にしてるかしら……一応、あの勇者が約束を反故にするとは思えないけど)

ミリは一瞬だが、とても優しい笑みを浮かべた。

それは、彼女がこの世界に来て初めて見せた本当の笑顔だったのかもしれない。だが、その笑顔に気付いたものは誰もいないが。

そして、ルーレット台に座ったミリの目付きが鋭いものへと変わる。

ちょうど球が投入されようとしていた時だった。

すでに多くのメダルが賭けられていて、球が投入された後もさらにメダルが賭けられていく。

ミリは玉を見ながら、メダルを赤の12に賭けた。

それを見た客はミリと赤メダルを見比べる。

年端のいかない、しかも貴族でもなさそうな少女が、赤メダルを、しかも一点賭けしたのだから。

だが、その視線の多くは憐れみだった。

普通に考えて、一点賭けなどそう当たるものではない。

確率にして1/38。つまり、彼女は37/38の確率で大金を失うのだと思ったから。

だからこそ、次の瞬間――そう、玉が落ちた瞬間、誰もが驚愕した。

「あ……赤の12です」

ディーラーが告げるよりも前に、観客《ギャラリー》が熱狂していた。

ミリに黒メダル3枚と赤メダル6枚が返された。

そして、ここからさらに勝負は続く。

結果は大損だ。

もちろん、親の。

10戦10勝。しかも全て1点賭けで。

ミリの手持ちは黒メダル30枚と赤メダル51枚になっていた。

ディーラーも顔が真っ青だ。

何しろ、どんな手を使ってもミリは確実にその数字に賭けているのだから。

彼女が「そこまで」という直前に賭けるおかげで、他の客がミリに便乗できないことだけが唯一の救いと言ってもいいだろう。

何回か、ミリの賭けるタイミングが遅れたせいで賭けに間に合わなかったこともあったが、その時もミリが賭けようとしていた数字に球が落ちた。つまり、連続正解回数は10回を遥かに超えるのだ。

そして、当然賭場側もこのままではいけないと、ある男を呼んだ。

「中々、運がよろしいようですね」

熟練された動きを見ると50歳ほどだが、見た目は30歳前後の男がやってきて、ミリにそう声をかけた。

「申し遅れました、私、この賭場のオーナーをしております、ゴルザと申します。お楽しみいただけているでしょうか?」

「おかげさまで。とても良い店で助かっているわ。イカサマを見抜く必要がないから」

「これはこれは手厳しい」

ゴルザは笑いながら頬をぽりぽりと掻いた。つまり、ミリは賭場側がイカサマをしなければ100%当てられるし、イカサマがあっても見抜くことができると宣言しているのだ。そして、それは自分はイカサマなどをせずに当てていると暗に言っているようなものである。

「もしよろしければ私ともう一勝負いたしませんか?」

「それは嬉しい申し出ね。ちまちま赤メダルを賭けるのも飽きて来たのよね。当然、青天井……でいいわよね?」

「もちろんでございます」

「……そう。あ、連れがスロットで遊んでいるから合流してからでいいわね」

不敵に笑うミリに対し、ゴルザは満面の笑みで頷く。

そして、二人はスロットコーナーに行き、その光景を目の当たりにした。

「ミリちゃん、どうしよ、メダルが止まらないよっ!」

スロット台がこれまで飲み込んできた物を全て吐き出す勢いでメダルが溢れだしていた。

「お連れ様はジャックポットを引き当てられたようですね」

「……全く、どこにいても騒がしいわね……この子は」

ノルンは最終的に黒メダル14枚分――140万センス分のメダルを引き当てた。

ジャックポットにしては少ないほうだとゴルザから聞かされて、少しショックを受けているようだったが、間違いなく、一階のスロットエリアでの最高の当たりだっただろう。