I Want to Become the Hero’s Bride

One stone thrown by gossip...

ユノマチでの休息を終え、東に伸びる道なりにあるウィーリーズという街で、何か依頼が上がってないかと冒険者ギルドに立ち寄れば。

「もしお受け頂けるなら…」

と、どこか済まなそうな顔をして、受付嬢はある依頼紙を机に乗せた。

「その、勇者様にこのような依頼を頼むのは気が引けるのですけれど…」

報酬額もそれほど多い訳ではないし、依頼主は名の知れた人物という訳でもない。ただ、この辺りで有力なとある人物からの大切な荷物を預かっているらしい。

「モンスター・フィールドを通る事からも、腕に自信のある方を雇いたいそうなのですが…」

ギルド内を見て頂けると分かる通り、この時期、この辺りの街には高レベル冒険者は滅多に訪れませんから。

受付嬢はそう言って、こちらの出方を伺った。

普通、行商の護衛依頼ではレベル30ほどもあれば十分な域である。忌み地を通る話なら別の話になるのだが、フィールドに湧くモンスターは高い所で20台。アーテル・ホール周辺の地は珍しくも高レベルだが、一般に30ほどもレベルがあれば大陸を一通り旅できる。

冒険者ギルドでもやや担ぎ上げられ気味の“勇者”職は、こうした一般依頼というのを極力回されないように出来ている。それ故の受付嬢(彼女)の態度だが、申し訳なさそうに語った通り、ふとギルド内に視線を配ればレベル30台の冒険者は既に出払ってしまった様子で、それより強そうな人物も失礼ながら居ないと見えた。

少し事情がありそうでもあるし、目的地はここから東のティンブルという中都市だ。指定してある経路は今や使う者も少ない“忘れられた街道”だったが、どうせ同じ方向に行くのなら、と依頼を受ける事にする。

そして翌日。

指定された東門で、依頼主と落ち合えば。

「久しぶり。会いたかったよ、元気にしてた?」

背後に潜む彼女に気付くなり、依頼主の商人は別人では?と思うほど纏う雰囲気を変えていく。

それから直に嬉しそうに寄って行き、何事かを囁いた後、再会の抱擁をして———。

初めはやや困惑気味に、しかし最後にはしっかりと彼の背中に回された、細い腕を遠目に見ながら。

安らぐような緩い笑顔を抱かれた胸で浮かべた彼女を…あぁ、あんな表情は目にした事がなかったな、と。まるで知らない女性のように遠く感じた。

知り合いなのか、とソロルが問えば、幼なじみだと彼等は語る。

出発しようとの掛け声で用意された騎獣に乗れば、御者台に並んで座った彼等二人は、積もる話を分け合うように談笑を始めたようだった。そこに防音魔法が施されたのを気配で知って、世間話にそこまでの配慮はいるか?と訝しくも思ったが、商会の戦略などが語られるのかもしれないと。ふと考えて腑に落ちる。賢い彼女の助言を得るには、それが必要という事なのだろう。

忘れられた街道に進む直前、足場が悪いといけないからと所持する荷馬車に補強の魔法をいくつか掛けてきたのだと、依頼主の青年は告げて来た。いくら補強の魔法が掛かっていても、モンスターからの直接攻撃は当たると損傷が酷いから、出来ればそれは避けて欲しい。そしてこの街道は元々荒れた舗装だろうから、進む道にはそれ以上の被害が現れないように配慮して戦って欲しいのだ、と。

簡単に言ってしまえば荷馬車と道を守りながら戦って欲しいという話だが、護衛依頼の内容に差はあれど、そんなことは基本の範疇だ。そもそも舗装が壊れるほどの力が必要になるモンスターは、この街道には出なかった筈…と考えて。その真意を量れないまま進路を取った。

昼食と休憩時に働いていた彼女の腕は、その日の夜にも生かされた。

依頼の紙の報酬欄に、報酬額の他として三食の食事付きとは書かれていたが、どうせ携帯食だろうと思っていたのを挫かれる。初めの休憩で青年は彼女に対し、好きなだけ使っていいとアイテム袋を手渡した。二言、三言、あれが食べたいと料理名?を語ってみれば、はいはい、と彼女は言って苦笑して。夕食として供されたのは見た事の無い食べ物と、いつだったか訪れた国で食べられていた穀物を柔らかく炊き上げたものだった。

以前、養父と共に食べたのは、黄みがかったものだったという記憶がある。が、皿に盛られたその色は艶のある純白色。領主様しか食べられないと耳にした記憶が戻り、ふと、彼はこうして普通にしているが、実は並の商人ではないんじゃないか?と思い当たった。

鳥の卵を絡めて食べると、一段と美味しく頂けますよ———。

にこやかに言う姿からは想像もできないが。

その深さが測れないという点からすると、腕の良い商人らしいと感心する。

職業柄…というよりは、体が勇者に転化してから、もれなく見える“内容表記”。掬い上げた肉料理には“スキヤキもどき”と銘打たれ、“乙女のささやかな愛情入り”と続けて表記されてある。相手を魅了状態にしてしまう“媚薬”の類いが出された食事に混入される頻度は高いが、大抵は解毒スキルで何とかできる。これもそれの類いかと人知れず体が硬くなったが、どんな効果があるのだろう、と表記への意識を掘り下げて。

【乙女の愛情】効果:想い人の体力回復

と。見た事の無い、あり得ない効果の説明を見て食事の手が暫く止まる。

この世には回復効果が付いた食事がどうやら存在したらしい、と。生まれて初めて目にした表示に驚きながらも、媚薬の類いじゃないのなら、と止めた手を自然に動かした。

——なるほど、彼が言う通り、鳥の卵を絡めると、これまで食した事の無い美味さを感じる事ができるな。

甘辛い味付けは出された穀物と相性が良く、思いのほか食が進んだ。

そして翌日。

馬車に下げられたエンカウント減少アイテムの効果によって平和とも言える街道に、あり得ないモンスターが現れる。

いくら護衛の依頼と言えど、レベル10台のモンスター・フィールドに、エンカウント減少アイテムまで用意してあるのなら。ティンブルまでの行程はほぼ隣を歩くだけ、という予想が描けていただけに、中々の違和感を覚えさせてくれたのだ。

——これが受付嬢が醸した“事情”の一か。

いつか何処かで見たような、けれど知らない大きさを持つモンスターの群れを見てふと思う。

実際に手を下してみれば、問題無く撃破できるレベルだったが…。

その日の夜、彼女の作った夕食を手に取りながら、この料理は何処かの屋敷で出された事があったな、と。“ハンバーグもどき”と銘打たれた肉料理の傍らに、再び“乙女の愛情入り”の表記が並び、効果のうちに【状態異常回復】が追加で記載されているのを、ぼんやりと見送った。

さらに翌日、アーマード・ボアという、一度走り出したなら死ぬまで足を止めないとまで揶揄されるモンスターの群れを見て、違和感は益々募る。ターゲットが“止まらない”という難はあったが、大きな怪我も無く撃破でき、取り逃がした一頭も無事に倒された現場に戻る。

直に消失が始まりそうだったので、倒れたモンスターに手をやれば、思った通り“忘れられた街道”に湧くものではない事が知れたのだ。レプスもソロルも毒を付与する魔法というのを滅多に使わないために、毒状態で死んでいるのが少し気に掛かったが。死体は「もう何も言う事はない」というようにして、呆気なく消失していった。

その日の夕食の“愛情”表記には、前日の効果に続き【魔力回復】が追記されていた。

そして4日目。異常な大きさのモンスターにエンカウントする。

初めて目にするその敵を魔力で補強した大剣で、乗せられるだけの力を乗せて森の方へと切り飛ばす。

そもそも体が巨体であるため、動かれるだけで厄介だ。

硬い外皮に覆われた胴体は一思いに断つ事が出来ないようなので、少しでも足を削ろうと節の脆い部分を突いた。

血の滾りもあまり無く、見た目はこれでも自分たちの方がレベルが上か、と。戦う術も守る術も殆ど持たない彼等の方へ、なるべく被害を出さないように剣を揮った。

ほどなくその戦闘はこちらの勝利で幕を閉じ、彼等の無事を確認するため急ぎその場に戻ったら。表情(かお)を緩めて安堵する彼女の姿が目に入り、不思議と少しも動かない青年の雰囲気に、言い知れぬ思いを抱いた。

それからは異常な敵にエンカウントする事も無く、野営場所を早く決めると、常の夕食風景が辺りに満ちる。

相変わらず仲の良い彼女と青年は、カマドの周りで並び立ち、共に食事を準備していた。何事かの会話の後に、彼は彼女の耳元に小声で何かを囁いて、それを聞いた彼女は少し呆れた顔をした。

並べられた食事を見遣り、誰からともなく口をつければ、いつもの“愛情”表記の中に更に【ステータス上昇(5%)】の追記を見つけて手が止まる。

ステータス上昇を促す食品は、これまでの人生で一度も目にした事が無い。どうやったらこんな食事を作る事ができうるのかと、それでも手を進めて食していれば。傾けた耳の中にソロルの問いが飛び込んだ。

さすがに、これだけ異常な敵がありえない場所に出現すれば、誰でも何かしらのシナリオを知る。

原因は商人である彼が持つ預かりものの荷物だと、ほぼ見当はついていた。

そこをストレートに切り込んだソロルの若さを思いつつ、依頼された側としての守秘の姿勢に、仕事への誠実さを垣間みる。

ソロルの事を子供だと態度に出す事もなく、柔らかい物腰を貫く彼は、どこか若さに見合わない熟練の雰囲気を醸し出す。

無言で出された皿を受け取り無言で米を乗せた後、返した彼女と彼の姿に、幼なじみ以上の関係性を勘ぐった数名は。続いた彼等の過去と出自に、数瞬、声を飲んだようだった。

淡々と、何でも無い事のように彼等は口にしていたが…。

——……まさか、孤児だったのか…。

と。

まるで苦労を知らないような、擦れた雰囲気を持たない彼女に。

いつか自分はとんでもなく失礼な推測を立て、ずっとその目で見ていたのではないだろうかと…。

その場の空気が少し沈んでしまった事を気にしたように、何事かを口にしようと動いた彼女は、しかしタイミングを失って気まずそうに俯いた。

五日目の朝、青年は夕食に何かの料理を彼女に依頼した。これまでの朝食や昼食の表記には妙な効果が現れる事がなかったために、夕食を作る手順と何が違うのだろうかと、それとなく気配を辿る。その時間、彼女は肉の下準備をしただけで、すぐに朝食作りへと意識を切り替えた。

昼になり、昼食を手際良く作り終えると、下準備をした肉を取り出し、鍋でそれを煮始めた。ほどなく鍋は沸騰し、すると彼女は丁寧に灰汁を掬うのを繰り返す。真面目な顔で何かをしているそんな姿が新鮮で、妙な行動をとってばかりではないのだと…。見る角度を変えたなら、ごく普通の娘なのだと…そう思う。

そんな彼女の隣に佇む好青年な依頼主は、時折深い眼差しで探るようにこちらを伺い、何か言いたい事があるのかと視線を重ねれば、いつも煙に巻くような掴めない笑みを浮かべる。

彼等二人は孤児出身だと到底思えないほどに、さらに彼に限って言えば、あるいは自分などよりずっと貴族然とした振る舞いが身に付いている事が行動の随所に見て取れて…これまでどんな生き方をしてきたのかと、無粋な事を思ってしまう。

そうしているうちエンカウントした巨大な敵と戦って、援護してくれたらしい彼女等が待つ場所へ戻ってみれば。前日と同じように硬い雰囲気を緩めた彼女と、やはり少しも動かない青年の姿があって…。

“慣れ”とは全く異なる“何かへの確信”を抱く堂々たる雰囲気に、自分は漸く“その事実”を悟ることができたのだ。

その日の夜に供された“ビーフシチューもどき”という名の夕食は、更に“愛情”表記の中に【状態異常耐性付与】が追加で記載されており…。見た目は普通の料理であるのに、日々、恐ろしいほどの恩恵が増えていく…と。

おそらく味を気にしてだろう、ちらちらと食事の進みを伺う“普通の”仕草を見せる彼女に。自分が今表せる最大の誠意をせめて、と。これまでより少し多めに皿に掬ったこちらの様子に、一瞬、ベリルが鋭い視線を向けてきたのを…気付かなかったという風に装うしかなかった自分は。

男って生き物は、な。女には勝てないように出来てるんだよ———。

そんな昔の養父の言葉に、嫌味なく笑みを浮かべた一場面を脳裏に想い。

それに、勇者ってのは大概な、中身はとんでもなく情けなかったりするもんだ。

と。

続いた言葉に心の底から共感したのは。

何の因果か。こうして自分も勇者と呼ばれるものになったから、だろうかと。

目的の街の少し前、怪力スキルを発揮した自分の姿に、驚きを隠せなかったらしい彼女を背後に思い。

着いた先で依頼達成の給金の支払いに立つ、イシュルカという青年に「少しいいか」と声を掛け。

「彼女のスキルの話なんだが…」

他に人の姿が無いと注意深く探った後に、あの時思った事を話せば。

「あぁ」

と彼は静かに返し、薄く口元を緩めて見せて。

「貴方も知ってるんですね。ベルの特殊スキルが何か」

その視線で“他言無用”を厳しくこちらに宣告すると、常の笑みを浮かべてみせて彼は楚々と部屋を出た。

一体何にどれだけの衝撃を受けたのか。

それが全く分からないまま、何故か力が入りきらない己の体を不思議に思い。

しばらくその場に留まるしかなった話は…。

おそらく誰も、これからも、自分しか知らない事になるのだろうと。

投じられた一石は、彼の心に小さな波紋を広げていった———。