I Want to Become the Hero’s Bride

The gossip Harlem III is Mermaid.

ベル、という茶色の女が絶叫しながら駆け出して、それを皮切りにするように場の人間が背後へ散った。その様子に一拍遅れで反応した少年は、すぐさま集団を振り返り、この事態の元凶ともいえる彼女を「おいお前ちょっと待て!!」と呼び止めようとしたのだが。

『 ブ ラ ス ト 』

という艶やかな声と。

「貫きなさい!--- The holy arrow ---」

な幼子の声が辺りに響き、次にはその空間に割り込むように飛び出していた。

「っ、くっ…!」

一瞬で魔力を纏わせ補強した愛剣が、圧倒的な風塊と黄金の矢を的から外し、食いしばった歯の隙間から重さに対する空気が漏れる。

軌道をズレたそれらの先には海の眷属が犇めいていて、自分達の方に来ると感じた途端、悲鳴を上げて我先にと海の中へ消えていく。

風塊と光の矢が焦る彼等を掠めていけば、しばし間を置いたのち、それらが消えた水平線で巨大な飛沫が立ち上る。

ドォ オ オ オン !

と、遅れ調子に爆発音が聞こえてきたら。

「……うそ、だろ」

と少年は、血の気が引いた顔で言う。

『何故庇う…?』

「そうよ!どうしてそんな女を庇うのよ…!?」

悲痛な声が聞こえた方になんとか顔を戻したら、声より悲痛な表情をした二人の姿が目に入り。

そこへ。

「まぁ…!フィン、ありがとう」

な、場の状況を理解せぬあからさまな声がして。

ちょっと待ってよ!!違うから!!な、悲鳴が口から出る前に。

「でも、あの程度、特に問題ありませんのよ?」

そう言われて背後に庇われた。

——…あれ。なんか、あれ。何で俺庇われて…いや、それよりもこの構図、どこかで見た配置だな…?

と。

彼の意識がトリップしかけた時に。

「貴女達など、広大な母なる海にのまれてしまえばいい、ですわ」

と。

至極単純な軽い声音が、彼等の間に漂った。

すると、爆発が収まった遥かなる水平線に、まるで太陽を飲み込むように高い潮の瀬が立ち上がり…見る見るとこちらの方に近づいて来るではないか。

あれが岸まで辿り着く頃、如何程の高さになるか。

「………いや。ないでしょ。あれは無い…」

と、彼は現実逃避して。

一度、深い呼吸をすると、涼しい二人に視線を向けた。

——あぁ、うん、確かに。この二人なら、難なく生き残れるからね。

そして、ゴォオ!!と近づいて来た水の壁を振り返り。

「たっ。頼むから、やめろぉおおおおお…!!!!!!」

と。涙の限りに叫んだのである。

その途端、霧散した海洋の壁に、彼女は「あら…」と呟いて。「お気に召しませんでしたのね…」と、やや寂しげに囁いた。

あんなに軽い発動呪文で街一つを呑まんと立った、馬鹿みたいな潮の瀬の残像を脳裏に残し。

どこまでも非力だと、少年勇者は涙した。

人魚の魔法は“災害”魔法———。

後の彼女が語る所の、その部分をつまみ取り。

——あぁ、俺、頑張らないと、この人達止められない……。

取りあえず大型の防御魔法を習得しなきゃ…。

早々に口で喧嘩を始めた女子三人をぼんやり見遣り、頼りなげな少年は遥かな大地に黄昏れた。