I want to protect you in this hand.
The night we got to Merrill.
その夜、久しぶりの子羊館の夕食を終え、私は1人でうまやにいた。もう一週間も、セロともウィルとも話していない。正直、何を私は怒っているのだろう。
私は子どもたちを守ると誓った。その子どもたちが、自分で立ち、先に進むという。強くなるという。手放せばいい。喜べばいい。
では、私は?
また1人に?
「アーシュ」
「マル」
「「……」」
「マルはね、何でも覚えてるんだ」
「何でも?」
「そう、小さい頃から全部。おとうさまの顔も、おかあさまの顔も、おかあさまが死んで、新しく来たおかあさまの顔も、全部」
「マル……」
「でもね、何もかも、遠いところから見ているようで、何についても何とも思わなかった。おとうさまが来なくなって、おかあさまの顔がくもり始めて、だんだん私たちを見る目が冷たくなって、やがて捨てられても、何にも。おにいちゃんだけが、ただ、マルをつなぎとめていた」
「……そうなの」
「アーシュに初めてあった日、コハクと黒の、小さくてかわいいひと、なぜか色がついて見えたの。このひとを大事にしたい、守りたいって、思ったんだ」
「あの日にそんなことを」
「そこから世界は変わったの。食べ物はおいしくて、毎日は楽しいんだってわかったの。覚えてたおかあさまの顔が、悲しんでいたとわかったのもアーシュと会ってから。剣が好き、戦うのが好きってわかったのもそう」
「不思議だね」
「だからね、アーシュ。マルはそばにいる。いつか大人になって、アーシュもマルも1人で立つ日が来るかもしれない。その日までは、一緒にいる」
「マル……」
「じゃあ、交代。セロ、マリアたちは許してくれた?」
「何とか抜け出してきた」
「アーシュ、ちゃんと話して」
「マル」
「「あの」」
「アーシュ、ごめん」
「いいの。セロとウィルが前に進むのを、止めるなんてしちゃいけなかった」
「それは違うよ!オレたちが、オレが勝手に決めたから……。お願いだから、関係ないなんて思わないで……オレから離れないで……」
「離れるのは、セロなのに?」
「違う、違うんだ!王都で一緒に夕日を見た日、いつか帝国に、一緒に行こうって約束したよね」
「うん」
すごく前のような気がする。
「その後、思ったんだ。このままだと、一緒にはいけない。行けたとしても、アーシュに連れて行ってもらうことになるって」
「なんで……」
「アーシュはすごいよ。大人ができない事もできる。いつの間にか、成功させてる。ダンの事業も、アーシュがいたからできた」
「そんなことは……」
「事実だよ。オレはね、それがうらやましいわけでもなく、やりたいわけでもなく、ただすごいと思うだけなんだ。できれば隣で、助けられたらって」
「そうしてくれてたよ」
「でも、それじゃ、ダメなんだ。肩を並べて、歩きたいんだ」
「それ、ダンも言ってた」
「あー、やっぱりか。友達だもんな、同じこと考えるよな」
「ふふ」
「で、アーシュが帝国に行くとしたら、必ずしも冒険者じゃない。おじいちゃん先生について、勉強のためとか、学生交流のためとか、もしかしたら政府の文官としてとか、商売とか」
「よく考えたね」
「でも、オレが行くとしたら、冒険者としてでしかない。勉強は好きだけど、文官とか、興味無いんだ。商売もね」
「そうなんだ」
「だから、冒険者として、力をつけたい。オレが行きますって言った時、貴族じゃなくても、あいつの実力なら行かせられるって言われるようにしたかったんだ」
「セロ……」
「一緒の未来のために、がんばらせてくれないか」
守らなければいけないものは、最初からなかったのかもしれない。
「もちろん、アーシュがダメだっていうなら、行かないよ」
「言えなくなっちゃった」
「ほら、後ろを向いて」
「なに?」
「リボン」
「しまってあったのに」
「新しいのだよ。なくすかと思って、何本か買ってあったんだ」
「また赤?」
「アーシュは赤が似合うよ」
「赤しか買っていないんでしょ」
「う、実はそう。でも、なくしても、はずしてもいいけど、この先ずっと、オレがつけてあげるから」
「うん」
閉じた手を広げよう。一緒の未来のために。